22 ドラゴン襲来
「なんだあれ……?」
「鳥じゃねーの? いや、でも取りにしては形が……」
他の生徒はあれが何なのかはわかっていないようだった。
当然か……ドラゴンとかそう言うのは人の前に現れること自体が少ないらしく、見たことが無い人がほとんどのようだからな。
それこそ魔物ハンターになっても生涯一度も出会わない人の方が圧倒的に多いんだったか。
「皆!! 落ち着いて話を聞くんだ!!」
そんな時、学園長の声が突然アリーナ内に響いた。
「学園長……?」
明らかに普通じゃない様子の学園長が現れたためか一瞬アリーナ中が静まり返る。
「信じられないかもしれないが、今このアリーナの遥か上空にドラゴンがいる。アリーナは防御魔法に守られているから中にいれば問題は無いが、万が一と言う事もある。速やかに避難が出来るように各々準備をしておいてくれ」
「なっ……!? ドッ、ドラゴン……!?」
「嘘だろ、ドラゴンってあの……? 人の前にはまず姿を現さないっていう話じゃ……それもこんな市街地に……」
生徒たちが目に見えて動揺しているのが見て取れた。
当たり前だ。伝説上の存在と言って良いようなものがすぐ上空にいるなんて、普通は信じられない。
だがその情報源が学園長であれば話は別だった。国家魔術師である彼女がこの場でしょうもない嘘などを言うはずが無いからな。
「学園長! 私も戦います……!」
「オレも……お願いします! この力を、こういった時のために磨いて来ましたから……!」
アリーナの中心に下りてきた学園長の元に試合中だった二人が向かっていく。だがその足取りは重い。
あれだけの戦いをしたばかりでかなり消耗しているんだ。無理もないだろう。
「足立君……それに黛君も。……いや、今の君たちでは無理だ」
彼女は共に戦うと言ってきた二人に対して、少し悩んだ後にそう返した。
……まあ、そうなるだろう。確かにあの二人は強かった。少なくともこれまでの試合で見てきた他の生徒に比べて段違いに強い。
この世界のドラゴンがどれほどの脅威なのかはわからないが、少なくとも向こうの世界のワイバーン程度ならば軽く一捻りに出来るくらいの実力を持っていた。
だが今の彼女らは別だ。
あの消耗した状態ではかえって足手纏いになりかねない。
「どうして……ですか!」
「それは君たち自身が誰よりもわかっているはずだよ」
「ぐっ……」
学園長にそう言われるも、足立と黛は言い返せないようだった。
彼女ら程の実力を持っていれば自分の能力を完璧に把握できているものだ。そうなればもちろん自身の消耗具合も把握可能だろう。
「君たちは万が一の事があった時に、他の生徒たちを守って欲しい」
「……わかりました! 学園長も、どうかご無事で……!」
「はい、オレが……いえ、オレたちが絶対に皆を守って見せます。なので学園長さんはドラゴンに集中してください」
そう言うと二人は他の生徒の元に向かって移動し始めた。
そしてそんな二人と入れ替わるように剣術学校側の校長が彼女の元へと走って来た。
「どうやら少々……いえ、かなり厄介なことになっているようですな」
「ええ、ドラゴンなんて前に戦ったのは十年近く前のことだよ。それもかなり弱い個体だった。……正直、貴方と私の力を合わせても勝てるのかどうか」
……え、マジ?
この世界のドラゴン、そんなにヤバイのか。向こうでもかなり強い存在ではあったけど、シルバーランクの上澄みの冒険者が複数人いれば何とか勝てるくらいではあったよな……。
いや、シルバーランクの上澄みって普通にヤバイわ。
「……ッ! 魔力が高まっている! 攻撃されるぞ!」
学園長のその言葉のすぐ後、空が赤く染まった。
「お、おい晴翔! これ本当に大丈夫なのか……!?」
「学園長も言っていただろ? このアリーナには防御魔法がかけられているって。大丈夫……大丈夫だ」
今にも泣き叫びそうな状態になっているリュウを落ち着けながら、上空を確認する。
すると遥か上空から火球が飛んできていた。あれが空が赤くなった原因だろう。
けどあれも学園長が言うなら防御魔法で十分防げ……。
「不味い、あれは……無理だ」
……。
学園長がそう言うのとほぼ同時にアリーナ内を轟音が襲った。
「うわあ゛ぁ゛っぁぁぁ゛っぁ゛!! 死ぬ、死んじまうぅ゛ぅ゛っ!!」
「大丈夫だリュウ、俺がいるから」
この世の終わりみたいな叫び……と言うかまあ、実際この世の終わりみたいな状況ではある。そんな叫び声をあげながらガクガクと震えるリュウを固く抱きしめてなだめる。
今ここで冷静さを失うのが一番不味いからな。これで少しでも収まってくれると良いが……。
それにしても学園長のあの言葉……穏やかじゃないな。
あのドラゴンには勝てないと言うだけならまだいい。最悪の場合、このアリーナを覆う防御魔法が壊れるなんてことにもなりかねない。
「なんてことだ……防御魔法が、たった一度の攻撃で剥がされてしまったのか……?」
……考えられうる最悪の状況を考えていたが、その最悪の状況になってしまったようだ。
「アリーナを覆っていた防御魔法はかなりの性能を持つマジックアイテムを使ったものだ……それが一発破られた。これが何を示すのか……それがわからない程に私たちは愚かでは無い……だが!!」
学園長は持っていた杖をドラゴンに向けて叫んだ。
「例え勝利の可能性が薄くとも、私たちは戦い続けなければならない……! それが国家魔術師としての……いや、学園長としての責務だ!!」
学園長の持つ杖から発せられる魔力が高まって行く。
恐らくこの一撃に全てを賭けるようだ。彼女のさっきの言葉を聞く限り、そうでも無ければあのドラゴンは倒せないんだろう。
俺も手助けしたい所ではあるが、かえって邪魔になるかもしれないから下手に手は出せない……か。
「レッド・エクスプロージョン!!」
その瞬間、ついさっきの空と同じように辺りが赤く染まった。
そして間髪入れずに、轟音と共に極大の炎の球が遥か上空にいるドラゴンへと向かって飛んで行った。
「やったのか……!?」
遥か上空へと飛んでいった炎の球はドラゴンに着弾し、とてつもなく大きな爆発を起こした。
普通であればこの威力を耐えられる者などまずいない。そう感じさせるような文字通り最大級の一撃だった。
「……ッ!? そんな、今のは……私が生きてきた中でも最高の一撃だったはずだ……!!」
けど、そんな常識なんて関係ないと……そう誇示するかのように、あのドラゴンは無傷な姿を俺たちに見せつけたのだった。