16 ショッピングへ行こう
今日は陽と一緒にショッピングモールへと来ていた。と言うのもエリンに魔力嵐対策のトリートメントを選んでもらう約束をしていたから、せっかくだからと陽も一緒に来ることになったんだよな。
それにしても、8月も終わると言うのにまだまだ暑いな。この体は汗こそかかないものの、どうやら暑いという感覚はあるらしい。
体温調整は自動でやってくれるから体調面で問題は無いんだろうが、それならいっそのこと暑さや寒さも感じないようにしてくれても良かったんじゃないだろうか。
と、そんなことを考えていたら遠くの方に特徴的な赤い髪が見えた。
「ごめんごめん、待ったかしら」
「いや全然、今来たところだよ」
所謂常套句と言うヤツだが、実際そんなに長いこと待っていた訳でも無いしな。
「うん。私も全然待ってない」
俺に続いて陽もそう言うが、今か今かとソワソワしてずっと待っていたであろうことが見ただけでわかる状態となっていた。
まあ少なくとも、こうなる前の世界において彼女は病院に寝たきりの生活だったんだ。友達とショッピングなんてのは当然したことが無いんだろう。
だからこそ、今日を楽しみにしていたんだろうな。
「ふふっ、そんなに楽しみにしていてくれたなんて、なんだか嬉しいわね。それじゃ早速行きましょうか」
エリンが先導するようにモール内へと歩き始めた。それに付いて行くように俺と陽の二人も歩き始める。
「ふぅぅ……」
建物内に入った瞬間、効き過ぎなんじゃないかと言う程の空調によって火照った体が一気に冷やされる。
それがまた気持ちがいいのなんのって……あ、何も感じなくなった。
まあ、これは仕方ないか。この体の持つ能力として、過度な感覚は抑制されるらしいからな。今みたいな急激な温度差による体へのダメージの軽減のためなんだろう。
考えようによっては便利ではあるが、もう俺は二度とサウナで整ったりは出来ないんだろう。それはそれで寂しいものではある。
「そう言えば、晴翔って最初に会った時に男子用の制服を着ていたじゃない?」
「ああ、そうだったな」
前を歩いていたエリンが突然振り返ったと思えば、唐突にそう言って来た。
「今も男物を着ているし、もしかして晴翔って女の子用の可愛い服とか持ってなかったり?」
「あぁ……まあ、そうだな」
彼女言う通り部屋のクローゼットは男物で埋まっている。確かにこの体で男物を着ているのは違和感があるのだろうが、俺としてはそっちの方がやっぱり性に合うと言うか何と言うか。
「もったいないわ! そんなに可愛いのに! 確かにボーイッシュなのもそれはそれで味があるけど、やっぱり貴方は可愛らしい恰好をするべきよ!」
「そう言われてもな……」
「私もそう思う。晴翔はもっと可愛い恰好をするべき」
何と言う事だ。仲間だと思っていた陽に追撃されてしまうとは。
「陽ちゃんもそう思うわよね? よし! それならこの際、私が選んであげるわ!」
「えっ、ちょっ……」
俺の制止など一切聞かず、エリンは俺と陽を引っ張って明らかに女性用の洋服店へと入って行く。
……男の時は絶対に入れなかった場所。落ち着け、今の俺は誰がどう見ても女の子なんだ。堂々としていれば何も問題は無い。
「晴翔はやっぱりその長い髪を魅せたいわよね。それなら……」
エリンは慣れた手つきで洋服を手に取って行く。これが、女子力……!
「はい、早速試着してみてちょうだい」
「……わかった」
ここまで来て逃げる訳にも行かないし、素直に着てみることにしよう。
まあ、幸いと言うか?
今の俺はハチャメチャに可愛いからな。似合わない服なんか無いんだけどな。
と、そう自らに言い聞かせてみたのは良い物の……。
「……流れに任せて着てしまった」
やはり慣れないものは慣れない。
エリンの選んだ服は俺の髪と同じように眩しい白色のワンピース。丈こそ長いものの、裾が広がっていることもあって下半身の無防備感は普段の制服とそう変わらない気がする。
だが、それはそれとしてだ。
「やっぱり可愛いな」
鏡に映る俺の姿はまさしく天使と言って良いものだった。自画自賛ではあるのだが、それでもこの姿を見て賞賛しなければいつ賞賛するのか。そのレベルの美少女だ。
くるっと回転してみると髪とスカートがふわりと浮き上がる。いつまでも見ていたい。そう感じさせる美しさと可憐さを持ち合わせていた。
「……この格好ならこういうポーズも似合うよな」
なんだか思った以上に気分が良いからか軽率に可愛いポーズもしてみちゃったりする。
顔の近くでピースなんかしてみちゃったりしてな。
しかし、その軽率な判断が命とりとなってしまった。
「着替え終わったかしら……あら……」
試着室の扉を開けてきたエリンと鏡越しに目が合ったのだ。
間違いなく今のこの姿を見られた。
「ま、待ってくれ、これは違うんだ……!」
すぐさま口から出てくる弁明の言葉。それに合わせて身振り手振りも行いどうにか誤解を……いや誤解でも何でもないのだが、解こうとした。
しかしそれらに何の戦術的優位性も無いのは火を見るよりも明らか。
「ふふっ、可愛い。すっごく可愛いわよ晴翔♡」
「ぁっ……」
面と向かってそう言われた際の火力に俺はまだ慣れていない。
声が出ない。顔が熱くなっていくのを感じる。きっと今の俺は耳まで真っ赤になっていることだろう。
感覚に抑制が入るのなら感情にも抑制を入れてくれよ……!
「そうそう、せっかくだから陽ちゃんと色違いでお揃いにするっていうのもどうかしら」
エリンはそう言うと別の試着室で着替えていたであろう陽を連れてきた。
「どうかな……?」
現れた陽は俺とは正反対の黒いワンピースを着ていた。彼女のリアルでの姿はアバターとしての見た目とそこまで大きく違わないため、似合わないはずが無かった。
「ああ、凄く似合っているよ」
「うん、ありがとう晴翔。晴翔のその恰好も凄く可愛い」
「可愛い……か。いや、ありがとうな」
陽にそう言われてしまっては否定も出来ない。いやまあ元より否定する必要が無い程に似合っていることは理解している。理解はしているんだがな。
理解しているのと真正面から受け入れられるのはまた別の話だ。
「それじゃあ次は……」
「えっ、まだあるのか……!?」
「当たり前じゃない! 二人共こんなに素材が良いのだから、出来るだけ色々試してみるべきよ!」
「ははっ……」
どうやらこれで終わりでは無いらしい。頼むからもってくれよ俺の精神。
……結局その後、俺と陽の二人はエリンの着せ替え人形と化した訳だが、少なくとも彼女の目は本物だった。
選んだ洋服はそのどれもが俺と陽の二人にばっちりと似合っていた。改めて感じる圧倒的な女子力……ああ、これが女子力ってやつなのか。
ガワだけが美少女な俺では絶対に到達できない領域だった。