15 変わり果てた召喚獣たち
気付けば、あの対魔物戦術の遠征から何日も経っていた。ハンター協会の公な発表としては異常な強さを持つ魔物が複数体見つかったとのことだが、その原因と思われるものは全くもって公表されていない。
ハンター協会ですらわからないことなのか、はたまた意図的に情報を封鎖しているのか。
どちらにしろ今後の学園の活動に影響が出るのは間違いないだろう。それこそエリンやリュウ、陽にだって危険が及ぶかもしれない。
そうなる前にこちらも手を打っておくとしよう。
「……来い、エインヘリヤル、タナトス!」
俺自身が行動すればどうあっても目立ってしまう。それに学園にいる間は動けないからな。
だが彼女らならばその間も自由に行動できるし、探索に向いている能力も多い。何より、もし何かあったとしても俺に紐づく可能性は少ないだろう。
……そう考えていたのだが。
「おう、久しぶりだなマスター……って、なんだこの姿は!?」
「……どうやら、少々厄介なことになっているようですね」
呼び出された二人は見覚えのある姿とは大きくかけ離れていた。
女性的な魅力のある体つきだったエインヘリヤルは一切の面影が残っていない小さな少女の姿となっており、タナトスも同様にあれほど大人の雰囲気を帯びていたのにも関わらず今は少年の姿へと変わっていた。
「二人共、その姿はどうしたんだ……!?」
「我にもわからねえよ。呼び出されて、気づいたらこうなっていた」
「ふむ、奇妙なものですが……幸い能力にそこまでの弱体化は無いようです」
「そうか、なら良かった。いや良くは無いけども」
と言うかこの二人がこんなことになっているってことは……もしかしてフレイムドラグーンもなのか?
どうする、試してみるか?
こんな一般市街地で呼び出して、もし仮にも元の大きさのままだったら大騒ぎだ。しかしこの辺りには他にあれほど大きなドラゴンを呼びだせそうな場所も無い。
ここは完全に賭けだ。
「……来い、フレイムドラグーン」
一拍遅れて光の中からその姿が見えてくる。
「ギュアッス!」
「やっぱり……お前もなのか」
そうして呼び出されたドラゴンは威厳のある最強種……と言ったものでは到底無かった。
まるで大型犬のように俺の元にダバダバと駆け寄って来る小さく可愛いドラゴン。フレイムドラグーンなんて強そうな名前は正直完全に名前負けしていると言って良い。
「ギュギュア」
「おお、どうしたどうした」
そんなことを一切気にしていない様子のフレイムドラグーンは俺の頬を舐めてくる。元の姿でも甘えんぼで可愛かったが、この姿だとより一層可愛らしさが引き立つな。
というかこうなるともういよいよ大型犬だろこれ。
「やはり召喚自体に影響があるようですね」
その様子を見ていたタナトスは何かに気付いたのか俺に対してそう言って来た。
「タナトス、何か思い当たることでもあるのか?」
「ええ、先ほどから薄々感じてはいたのですが……この世界は空気中の魔力濃度が極端に薄いようです」
「魔力濃度が薄い……か。それとその姿に何か関係があるってことなんだな」
確かに思い返してみればわかるようなわからないような……。
俺自身の持っている魔力が多すぎるせいなのか気づきにくかったが、こっちは向こうの世界に比べて空気中のピリつきが少ないと言うか、エネルギーの濃さのような物を感じない気がする。
「恐らくは魔力濃度が薄いせいで召喚時に体を構築する術式に不具合が発生しているのでしょう。我々の能力自体は召喚者であるマスターに依存していますが、体の構築には世界側の魔力を使用していますので」
「なるほどな! つまり世界が貧弱だから我たちも貧弱な体になっちまったってことか! なんてことだ!!」
「貧弱かどうかはわからないが……まあとりあえず、見た目以外に目立った問題は無いってことで良いんだよな?」
「はい。現状わかる範囲ではありますがね」
はぁ、一時はどうなることかと思ったが、タナトスが言うにはひとまず能力面に影響は無いらしいから心配はいらないか。
それにこんな見た目になってしまってはいるが皆元気そうだった。結局元気なのが一番だ。尻尾をブンブン振り回しているフレイムドラグーンを見ていると何よりもそう思う。
「さて、それでは本題に移りましょう。私共を召喚した理由があるのでしょう?」
「あ、ああ……そうだったな」
危ない、フレイムドラグーンとじゃれ合うのに夢中で忘れかけていた。
「実は、遠征先の森で少し気になることがあってな」
タナトスたちに召喚の理由……遠征先だったあの森の調査について説明した。
「なるほど、確かに怪しい話ではありますね」
「強い奴と戦えるってんなら我は何の問題も無いぜ」
「いや、あまり派手なことは控えて欲しいんだが」
血気盛んと言った様子のエインヘリヤルは今にも駆けだしそうな程に昂っていた。だが派手な戦闘をして目立ちすぎると本末転倒なんだよな……。
「落ち着きなさいエリンヘリヤル。私共の役割はあくまで探索と情報収集。派手なことは極力控えるのですよ」
「チッ……まあマスターの方針がそうなら聞かない訳にはいかねえしな。安心してくれマスター」
タナトスが窘めたこともあってかエインヘリヤルは落ち着きを取り戻していた。
彼女だけだと後先考えずに突っ走りそうな雰囲気があるが、タナトスが上手くブレーキとして機能してくれそうだな。
「しかしまあ……正直残念です」
「……?」
タナトスは俺と変わり果てた自らの姿を交互に見ながらそう言う。
「この姿ではもう貴方様を抱えることは出来ないのですから」
「ん? 出来ねえことは無いだろうよ」
「うぉっ?」
タナトスのその言葉を聞いたエリンヘリヤルはまるで米俵を抱えるかのように、俺を易々と肩に抱えて持ち上げた。
以前までのお姫様抱っこに比べれば精神的な負荷はかなり小さい。少なくともこの状態であればその扱いは女の子では無く荷物のそれだ。
「はぁ……そう言う事では無いのですよ。貴女にはロマンという物がわからないのですか?」
「抱えていることに変わりはねえだろうに」
「違うのです。私は王子様が姫を優しく抱きかかえるように、愛しきマスターをこの手で抱えたい。私はいつもそう考えている。ですがそれはもう叶わないようですね。誠に残念です」
……この姿になっても彼の内心は全く変わっていないようで安心した。
いや、安心してはいけないのかもしれないが。
そうして俺を巡ってわちゃわちゃした後、彼らは森のある方へと向かったのだった。
少なくともこれで何かしらの情報は得られるだろう。この世界についても、この世界に起こっていることについても。