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10 思わぬ再会

 ……朝か。また普通の今日が始まった……ら良いな。

 って、これが希望的観測になるのはなんか嫌だな。せっかくこの安全な世界に戻ってきたって言うのに。

 向こうだと「朝起きたら街が襲われていた」みたいなのが何回かあったし、俺自身は大丈夫でも街のために気を張ることは多かった。


 とりあえず当たり前の平和に感謝しつつ、いつもの朝を送ろう。

 そうだ、休日だし朝の身支度のついでに溜まったゴミも出しておくか。


「よいしょっと……あぁ、クソッ」


 相変わらず微妙に身長が足りないせいでゴミ袋を入れるのが難しい。

 こんなことになるならもう少し年齢の高いキャラにするべきだったかもしれない。


「あれ……」


 背伸びやジャンプを駆使しながら四苦八苦してマンションに設置されたごみ箱にゴミ袋を入れ終わると同時に、後ろから声が聞こえてきた。

 けどこの声どこかで……。


「HARU……?」

「……!」


 声の主は間違いなく俺の事をHARUと呼んだ。

 だがそれは普通に考えておかしい。HARUは俺のアーステイルにおけるキャラ名だ。この世界でその名前を知る者は3人しかいない。

 しかし逆に言えばその3人であれば、俺の事を知っているということになる。


「……やっぱり」


 ゆっくりと振り向く。するとそこにはあの時、空間の歪みに飛び込んだ後に出会ったクリムゾン……須見桜がいた。


「クリムゾン……なのか?」

「やっぱりHARUなんですね……!」

「うぉぁっ!?」

 

 俺の言葉を聞くなり桜は抱き着いてきた。


「もう会えないのかと思ってました……!」

「俺も、どうやって探そうかと思ってたよ。けど、まさかこんなにすぐに会えるとは……」


 泣き始めてしまった桜を慰めるように、やさしく彼女の頭を撫でる。

 しばらくの間そのままでいると、落ち着いてきたのかゆっくりと俺から離れたのだった。


「その、いきなりすみません」

「いえいえ、こうなっても仕方ないような状況ではあるから」

「それでどうしてHARU……いえ、晴翔はその姿なんですか?」


 ああ、そうだった。彼女に出会えたことに完全に意識を持っていかれていたが、よく考えたら彼女の方は元の姿になっているんだよな。

 でもそれに対して俺はキャラとしてのHARUの姿だ。一体何が違うのだろうか。


「それについては俺もわからないんだ。こっちに戻ってきた時にはもうこの姿だったとしか言えないな」

「そうなんですか……ここで立ち話もあれですし、私の部屋に来ますか?」

「それはありがたいけど、こんな姿でも俺の中身は男なんだぞ……?」

「構いませんよ。元より向こうの世界でも晴翔のことは男としても意識していましたし」


 ……まあ彼女がそう言うのならそれでいいか。


 そうして桜に案内されるがままに部屋まで付いて行くと、これまた驚いてしまった。

 何しろ俺の住んでいる部屋と同じ階だったんだからな。


 そうか。そうだった。

 須見と言う苗字にどこか見覚えがあったのは当然か。集合ポストにあったんだから。

 偶然にも彼女とすれ違ったことは無かったからここまで気付けなかったのか。せめて一度会っていればなぁ……。

 まあ今こうして出会えた訳だし、今さら考えても仕方ないことではあるんだよな。


「どうぞ」

「……お邪魔します」


 桜に促されるままに彼女の部屋へと入る。

 部屋の間取りこそ俺の部屋と変わらないが、オシャレなインテリアで要所要所が飾られているからか全く別物に感じる。

 それ以上に女性の部屋に上がるのが初めてなせいで心臓が……。


「晴翔? どうかしましたか?」

「あ、いや、何でもない」


 こういう時はとりあえず部屋を褒めてみよう。


「い、良い部屋だね」

「ふふっ、ありがとうございます。飲み物はコーヒーで良いですか?」

「はっ、はい」


 部屋に上げてもらうだけでは無く、コーヒーまでいただいてしまって良いのだろうか。


 その後少ししてコーヒーカップを二つ持った桜がやってきた。


「どうぞ」

「ありがとうございます。いただきます」

「なんだか緊張してます?」

「それは、まあ……はい」


 流石に挙動不審過ぎたのか速攻でバレてしまった。

 この魔物を相手にするのとはまた違う緊張感には俺は弱いみたいだ。


「あまり緊張しなくても良いんですよ? 私たち結構昔からの仲じゃないですか」

「それは……そうだね」


 向こうにいた期間だけでも数年間は一緒にいたし、ゲーム時代の関わりも含めたらかなり長いこと彼女と関わっているのは確かだ。

 けどそれとこれとは別な気がする。


「こうして会えたわけですし、色々と話したいことはありますが……何から話しましょうか」

「じゃあまず俺から、こっちに帰って来てからの事を話しておくよ」

 

 こっちで生き返ってから魔法学園に通うことになったこと、そこであった事などを桜に話した。

 すると先程の俺と入れ替わるように、今度は桜の方が驚いていた。


「東都魔法学園……ですか。確か有名な魔法大学でしたっけ。実は今度魔物ハンターとして授業のお手伝いをすることになっているんです」

「……え?」


 耳を疑った。あの桜が魔物ハンターとして……?

 向こうでも魔物と戦うことはあまり無かったはずだが、一体どうしてなんだ?


「魔物ハンターって、あの魔物ハンターなのか?」

「ええ、でも前線で戦う方とは違って私はサポートを行う後衛なんです。どういう訳かこっちに来てからも能力はそのままだったんですけど、それを知ったハンター協会の方にお誘いを受けまして」


 ハンター協会か。魔物ハンターを束ねる組織であり、魔物を狩るためにハンターや他の組織に色々な協力を行っていたはずだ。

 確かにそんな組織が勇者としての俺たちの力を知ったら……まあまず放ってはおかないだろうな。


「けど、後方とは言え桜が魔物ハンターになるなんてな」

「私も魔物は怖いですし、戦うのも得意では無いですけど……それでも一人でも私の力で救えるのなら、私はこの力を使って助けたいんです」


 桜の顔は本気のそれだった。

 少なくとも流されて仕方なくとか、誰かに脅されているとかでは無かった。間違いなく自らの意思で戦うことを選んでいる。そんな顔だった。

 

 であれば俺が否定する訳にもいかないだろう。


「そうだったのか。それなら俺も応援するよ」

「ありがとうございます。それで、あの……」

「うん?」


 桜は視線を泳がせながら何かを言いたそうにしていた。


「どうしたんだ?」

「えっと、実はこっちに来てからずっとHARU成分が足りていないって言うんですかね。そんな状態でして」

「HARU成分」


 HARU成分。


「ああ、もう我慢できません!」

「んぉぁっ!?」 


 それは一瞬のことだった。気付けば俺は彼女に抱きかかえられていた。

 桜の言う通り、向こうでの能力がこっちでもそのままなのは間違いが無い。そんな身体能力を感じさせる速度で俺は抱きかかえられてしまっていたんだから。


「はぁぁっ! これ、これです。この柔らかさと温かさからしか得られない栄養素があるんです!」

「ちょ、ちょっと待っ」


 ヤバイ、近い!

 クリムゾンとはまた違う系統の美人さを感じる桜の顔が目の前に……!


「はぁっはぁっ晴翔には悪いですけど、この姿のままで私は嬉しいですよ……!」


 この状況で言われても素直に喜べない……!

 ああ、さっきとは逆に俺が桜に撫でまわされている。けど状況が違い過ぎる……!

 俺は慰めようとしていたが今の桜の手は何かこう、良くないものを感じる……。


「あっ、待て待ってくれそこは……」

「大丈夫です晴翔、小さくても触り心地は良い物ですよ」

「だ、駄目だっ。あっぁぁっ……!」


 ……俺は今後桜と接していくうえで、果たして男としての尊厳を保てるのだろうか。

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