7 初めてのダンジョン演習②
さて、どうしたものか。奴は自らが主犯だと言った訳だが、そう言うからには何か策があるんだろう。
けどそれはそれでこちらとしては好都合だ。
「そんな、どうしてこんなことを……」
「どうして? ははっ、面白いこと聞くね。……この僕が格下に舐められたまま放って置ける訳無いじゃないか」
「ぅ゛っ……!?」
「リュウ、大丈夫か? ……二人共俺の後ろにいろ。少しはマシなはずだ」
奴はあの時と同じように威圧感と殺気を混ぜ込んだような独特なオーラを発し始めた。
それに当てられたのかリュウの顔色がどんどんと悪くなっていく。とは言えこいつはどうやら魔術的な物っぽいからな。俺の魔力を使って遮断すればある程度は相殺できるはずだ。
完全に無効化とは言えなくとも、少なくとも俺の後ろにいれば直接影響を受けることは無いはず。
「すまない、晴翔……」
「くっ……何なの、これ……?」
「へー、これを耐えるんだね。流石は3属性の適性を持つだけはある。……で、何で君は何ともないわけ?」
奴の放つオーラが強くなっていく。それに応じるように目に見えて奴のイライラ度が増しているな。
二人の反応を見るに、ほとんどの人はこのオーラに当てられただけで服従するんだろう。そんな中で全く反応を示さないのがいたらまあそうなるか。
けど仕方ないだろ。この程度、ワイバーンの足元にも及ばないんだから。
俺は向こうでもっととんでもない物に出会ってきたし実際に戦って来た。それらは全て放つオーラの格が違った。
それこそ召喚された勇者としての力があってもなお苦戦を強いられることだって……いやそれはあまり無かったかもしれない。
とは言えそれはそれ。
どちらにしろこいつのオーラがそれら以下だって言う事実は変わらない。
「なあ……お前はワイバーンと戦った事はあるか?」
「……? 何を言うかと思えば、ワイバーンなんて目撃例が少なすぎてもはや伝説みたいな存在だよ。戦った事どころか、会った事だってあるはずが無いだろう」
「そうか。ならわからなくても仕方ないな。……言っておくが、お前なんかよりワイバーンの方が遥かに恐ろしいオーラを放っているぞ」
アーステイルの物とは違うのかもしれないが、一応この世界にもワイバーンがいるらしいことは確認済みだ。教科書に書いてあった。
だが奴の言う通りその存在はあまりにも希少過ぎてほとんどの人は出会った事が無いらしい。
だから奴はそれに会った事が無い。だからもっと恐ろしい物がいると言う事を知らない。
自分の能力が所詮その程度なんだってことを知らないんだ。
「ははっ……何を言ってるのかな。まるでワイバーンに出会った事があるみたいな言い方じゃないか。君みたいなのがワイバーンに出会って生きて帰れるとでも思っているのかい? そもそも出会うことすら容易じゃないのにね」
心底おかしいと言った様子で笑い始めた。思えば奴に会ってから初めてその表情が上辺だけの物では無く奥底から変わったような気がする。
イライラを隠せずにいた状態ですらその表情は不気味過ぎるくらいに笑みを浮かべていたと言うのに。
……今の俺の言葉、そんなに面白いか?
「いやぁ笑わせてもらったよ。まさかこの期に及んでそんな与太話をするなんてね」
「ねえ、本当なの……?」
「本当って?」
「ワイバーンに会ったことがあるって話よ」
エリンも疑いの目を向けている。
……ああ、しまった。やらかした。そうだよな。よく考えたらワイバーンに出会った経験自体が珍しいんだよな。
せっかくここ数日は普通の学生として生活出来ていたのに、ここにきて盛大にやらかしてしまったのかもしれない。
「まあいいよ。君が何を言おうがここで消えて貰うことに変わりはないからね」
「それってどういう意味かしら……?」
「こう言う事だよ」
奴はそう言った瞬間、片方の手に魔力を集め始めた。
恐らく爆発魔法を放つつもりなんだろう。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! ここでそんな魔法を使ったら私たちも巻き込まれるじゃない!」
「……? 巻き込まれると言うか、君たちを狙っているんだよ」
「えっ……? いや、でも……そんなことしたら退学どころか魔術法に違反して……」
魔術法は確か魔法の扱いに関する法律だったな。
内容としては普通に他の法律と同じように、魔法を使ってやってはいけないことやその罰則などが決められていた。
だがエリンよ。今このタイミングで奴に魔術法がどうだとか言っても意味は無いと思うぞ。
「魔術法には違反しない。何故なら君たちは魔物に襲われ、それを助けようとして僕は爆発魔法を使うだけだからね。けど残念ながらあと一歩間に合わず、君たちは亡くなってしまうんだ」
「そ、そんなの誰が信じるんだよ……。それに教師だって巡回しているんだぞ。どうしたってすぐにバレて……」
「残念だけどね。教師は来ないよ」
奴はその言葉を待っていたとばかりに食い気味に答えた。
「巡回ルートは完全に把握しているし、僕の部下がそこら中の魔物の配置を滅茶苦茶にして教師の足止めをしているんだ。この辺りに来るのにはあと数十分はかかるんじゃないかな」
「そんな……」
「ああ、その顔だよ。格下を絶望させるのはどうしてこう気持ちが良いんだろうね。……あぁ、また君か。どうしてこの状況で絶望しない? 君の爆発魔法では相殺することも出来ないはずだ。情報では光属性も使えるらしいけど、だとしてもだ。僕の爆発魔法には勝てない」
こいつ、言わなくても良いことを……!
俺の適性が二つ以上あることが知られたらどうするんだよ。
「ど、どうするんだ晴翔!?」
「あー、こうなりゃ仕方ない。二人共、大丈夫だとは思うが一応もっと俺に近づいておいてくれ」
「うぉっ」
「ちょっと、何か策でもあるの!?」
二人を引っ張って無理やりにでも俺の後ろに近づけさせる。
多分大丈夫だとは思うが、この世界でアーステイルの魔法がどれくらい元のまま発動するのかもわからないからな。
「何をしたって無駄だよ。僕の爆発魔法は国家魔術師にも匹敵する威力を持っているんだから」
「なら、やってみれば良い」
「……最初から最後まで僕を舐めやがって。わかった。ならあの世で後悔すると良いよ。……エクスプロージョン」
奴が手に集めていた魔力を一気に圧縮し、こちらへと放ってきた。
「マジックプロテクション」
それに合わせて俺の周囲に魔法ダメージを軽減するバリアを張る。
この魔法は固定値の減算と除算でダメージを減らす仕様があり、その数値は発動者の能力値に依存する。
そして実際の効果量はアーステイルで把握済みだ。奴程度の魔力量なら問題なく完全に無効化できる。
「ははっ……だから言ったんだ。後悔するよってね」
煙が辺りに充満する中、奴の高らかな笑い声が響いている。
けどそれもすぐに終わる。
「ははっ……はっ? 何で……嘘だ……」
煙が晴れ、俺たちが無傷で立っていることに気付いた奴は笑うのを止めてその表情を強張らせていった。
ならここでもう一発後押しを。
「後悔……ねぇ。残念ながら俺たちが後悔することは無さそうだ」
奴のプライドの高さなら絶対に反応してくる。
「ああ、嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ。そうに決まっている。そうでなければおかしい! きっと何か小細工をしているんだ……ならそれごと焼き尽くせる火力で全てを吹き飛ばせばいいだけだよなぁっ!!」
半分自暴自棄のようになった奴はその後も何度も何度もエクスプロージョンを……恐らく俺の知る物とは違う爆発魔法を放ち続けていた。
「なんだ!? 何事だ!」
そうして奴が悠長に魔法を撃っているのを眺めていたら、突然俺たちの背後からダンジョン演習の担当教師の声が聞こえてきた。
「……何故だ。どうしてこの時間に来るんだ!? あまりにも、早すぎる……!」
予想よりも遥かに速い教師の登場に、奴はかなり焦っているようだ。
まあ仕方ないよな。本来ならまだ十分以上の余裕があるはずなんだから。
けどそれこそが奴の慢心に繋がった。