6 初めてのダンジョン演習①
あれから数日が経ったが、あの時の牽制が効いたのか大豊の手の者が襲ってくることは無かった。
もっとも何者かが俺たちを見ている気配はあったから完全に諦めたと言う訳では無いんだろう。
安心して気が抜けた頃が一番危ないからな。警戒しておくに越したことはない。
それはそれとして、今日は初めてのダンジョン演習がある日だった。
地下ダンジョンを使って魔物との戦闘経験を積むための授業だと言うのは事前に知っているが、それ以外の細かいことはわからないんだよな。
まあ言っても学生用の演習な訳だし、そこまで難易度の高いものでも無いだろうが。
ただ一つ気がかりなのが、今回のダンジョン演習は大学クラスとの合同だと言う事だな。
大学クラスとなるとあの大豊がいる訳だが、ダンジョン内と言うある種何でもありの場所で出くわすのは避けたい所だ。
流石に他の人が見ている場所で事を起こしはしないだろうが、ダンジョン内は常に人の目があるものでも無い。
何か仕掛けてくるとしたら今日このタイミングであってもおかしくは無いんだ。
……とか何とか考えていたら時は過ぎ、実際にその時が来た。
「よろしくな晴翔、エリン」
「二人共、今日はよろしくね!」
「ああ、よろしく」
同じパーティになったリュウとエリンに挨拶をし、ダンジョンの入口へと向かう。
1パーティは基本的に3~4人で構成されているようで、なるべく幅広く対応できるように違う適性同士で組むことを推奨されていた。
実際、俺の適性は火属性ということになっているし、リュウは水属性だ。それにエリンは火と光と風の3属性に適性を持っていた。
そう考えるとあの大豊と言う奴が彼女に執着していたのも頷けるな。見た目だけで選んでいたと言う訳でも無いんだろう。
「全員準備は済んだようだな。ではダンジョンへの入り口を開ける」
そう言うと教師は目の前の大きな扉にかかっている魔術的な封印を解いて、ゆっくりとその扉を開け始めた。
その後、扉のすぐ前に待機していた生徒たちが中へと入り始めたので俺たちもそれに続いてダンジョンの内部へと侵入した。
「外に魔物が漏れ出さないように全員入り終わったら一度閉じる。外に出たい場合は私にすぐに報告するように。では演習開始だ」
教師のその声と共に他のパーティが動き始める。本格的にダンジョン演習の始まりと言う訳だ。
それにしても俺にとってこれが初めてのダンジョン演習となるわけだが……ぶっちゃけこれに関しても特に目新しさとかは無いな。
アーステイルのダンジョンとは何かしらが違うのかと思っていたが、そんなことは無かった。ただひたすらに続く迷路のような洞窟だ。
それこそダンジョン都市には似たような物が腐る程あった。
「随分落ち着いてるんだな晴翔は」
「ん? まあそうだな」
どこか不安げな声でそう言って来たリュウは緊張している様子だった。
それもそうだろう。ここは魔物が蔓延るダンジョンなんだ。いつどこから襲われてもおかしくは無い。
なんなら俺みたいに慣れ過ぎて緊張しなさすぎる方が危ないのかもしれない。
「リュウ、緊張してるの? この学園ならもう何度もダンジョン演習はしているでしょう?」
「そうだけどさ。本格的に少人数パーティで行動するのは今回が初めてなんだよ」
「そう言うことだったのね。でも心配はいらないわ。私たちは将来有望な東都魔法学園の生徒なのよ。それが3人もいればきっと大丈夫」
リュウはエリンのその言葉を聞いて、確かにそうかもしれないと言った表情になっていた。
こういう時エリンの勇敢さと言うか無鉄砲さと言うか、そういった物が励みになるのかもしれないな。
結局何事も精神的に負けてしまった時点で負けと言う訳だ。
っと、会話を楽しむのもこれまでだな。
「二人共、止まってくれ」
「……どうした? 何かいたのか?」
「前方に魔物の気配がする。数は……3体だな」
「そうなのか? 警戒はしていたんだけど全然気づけなかったな……流石は晴翔だ」
リュウはそう言うがそれも仕方ない。前方にいる魔物らは巧妙に気配を消しているんだからな。
決して二人の感知能力が低い訳でも、集中していなかった訳でも無い。純粋に魔物の能力が高すぎるんだ。
……だが普通に考えてそれはおかしい。
リュウの言葉通りなら今回のダンジョン演習は少人数パーティでの動き方を学ぶという事になるはず。どう考えたってあんなに強い魔物がいて良いはずが無い。
もちろんダンジョンである以上イレギュラーは発生するだろう。だがその場合教師がすぐにでも反応して対策するはずだ。
だが今その気配は無い。恐らく教師ですら気付いていない何かがこのダンジョンで起こっていることになる。
となると一般的な学生には荷が重い事態かもしれない。
「二人は俺の後ろにいてくれ」
「……そんなにヤバイ魔物なの?」
「ああ、恐らくはな」
「けど、それなら晴翔はどうなっちまうんだよ。俺たちだって戦える。晴翔だけに背負わせる訳にはいかねえよ……!」
リュウの心配もわかる。
傍から見れば幼女の後ろに隠れることになる訳だし、それを抜きにしても同じ学年の生徒一人に押し付けることになるんだから抵抗もするだろう。
けど……あれは駄目だ。
「心配は嬉しいが、あれは多分……今のリュウとエリンでは歯が立たない」
「そんなにヤバイ魔物がどうしてこんな表層に……」
「わからないが俺なら大丈夫。あの時の俺の魔法を見ただろ? ……俺は強い」
ああ、言ってしまった。自分でそう言うのはやはり恥ずかしい。
他の冒険者相手に言っていた向こうでならともかく、学生相手に言うのはなんか違うだろ流石に。
けどそれくらい言いきらないと二人共下がってくれ無さそうだからな……。
「幸いにも向こうから近づいてくる気配は無いから、こっちから奇襲出来るはずだ」
「それは良いけど、頼むから気を付けてくれよ……?」
両手に魔力を集め、いつでもファイアーボールを発動できる状態を維持しながら気配の元へと近づいて行く。
……今だ。
「グォォッ!!」
「ファイアーボール」
突き当りを曲がった瞬間に飛び掛かって来た魔物二体にファイボールを放つ。
そしてそれが着弾すると共に爆発を引き起こし、すぐさま魔物の体を吹き飛ばした。
「す、すげえ……」
「まだ終わってないから離れるなよ。最後の一体は……そこか」
曲がった先、十メートル程前方にもう一体の魔物がいた。
「キシァァッ!!」
巧妙に気配を消せることもあってか、その能力は高かった。移動速度はとても早く、壁を跳ねながらあっという間に俺たちの元へと近づいてくる。
だがそれでも俺にとっては遅い。
「ファイアボール」
手の平から放った、たった一発の火球。それを真正面から受けた魔物は木っ端微塵に吹き飛んだ。
相変わらず威力が高すぎるが、撃ち漏らすよりかはマシなのかもしれないな。
「さて、これでもうこの辺りには魔物はいないか……」
「終わった……んだな?」
「ああ、少なくとも今この辺りは安全だ」
「良かった……」
リュウはそう言うと途端に緊張が抜けたかのようにその場にしゃがみ込んでしまった。
「最初に魔物が飛び掛かって来た時、俺死ぬかと思ったぜ……」
「私も目で追う事すら出来なかった……晴翔がいなかったら今頃私たちどうなってたのかしらね」
エリンは平静を装いつつそう言っているが、肩で息をしているのがバレバレだった。
明らかに二人共疲労している。それだけ精神力をすり減らすんだ……格上との接触は。俺はもうとっくの昔に忘れてしまった感覚だが、そのせいで足をすくわれないようにしないとな。
「へえ……君、思ったよりもやるんだね」
そこで聞き覚えのある声が辺りに響いた。
「お前か……大豊」
前方から歩いてきたのは大豊とかいうあの男だった。
今このタイミングで出てきたって言うのは、もうそう言う事として考えて良いんだよな?
「うーん、一応先輩なんだからもう少し敬ってくれても良いんじゃないかな」
「先輩……か。あんな別れ方をして尊敬しようとは思えないね」
一瞬、俺の方が年上なんだと言いそうになったが……色々とややこしくなるから踏みとどまった。俺えらい。
もっとも勇者としてのこの体のせいなのか、ずっと冒険者として戦い続けていたせいなのか、向こうへの転移時からあまり精神が成長した気はしないんだけどな。
「まあ良いよ。もともと君にはこの学園から消えてもらうつもりだし。けど、あの魔物がやられちゃったのは想定外だね。もっと強いのを用意すれば良かったかな?」
「大豊先輩、それって……」
「うん? ああ、そうだよ。あの魔物に君たちを襲わせたのは僕さ」
……これはまた随分大胆なカミングアウトだな。