39 魔導AIと感情
「魔導……AI……?」
聞いたことも無い言葉だった。いや、AIは普通に元の世界で聞いたことがある。魔導関連の道具もこの世界ではいくつも見てきた。
しかしそれらを組み合わせた「魔導AI」というものは完全に初耳であった。
「そうだな、話せば長くなるが……」
アルスの説明によれば、彼は勇者召喚のための儀式魔法で作られた存在なのだと言う。
ゲームにおいてサービス開始から常に1位を死守し続けた、絶対的最強のプレイヤーであるアルス・イーテ。その正体は強力な勇者を生み出すためにプレイヤーを鼓舞するための魔導AIだと言うのだった。
確かにそれならば彼が人間離れした思考をしているのも納得出来る。この世界において異常な強さを持っているのも、ゲームに最適化されたそう言う存在だと考えれば理解できる。
「まさか、そもそも人間ですらないとは……」
「ああ、俺は儀式魔法によって生み出された魔導AIであり、人間では無い。しかし、今こうしてこの世界にいるのはイレギュラーが発生したからだ」
「イレギュラー?」
アルスはそう言うとプレイヤー一覧を表示するように促してきた。
「俺は本来勇者としてこの世界に召喚されることは無かった。その証拠に、プレイヤー一覧において今でも俺はログアウト状態となっている」
「あ、本当だ!」
完全に気付かなかった。
と言うかそもそもプレイヤー一覧などと言う機能があること自体を知らなかった。
けど思い返してみると、そう言えばアルスとの会話で節々に違和感があったような……。
プレイヤーのことを何故か8人でひとくくりにしてたり、アーステイル以前の過去は無いとか、自分をプレイヤーから除外しているような口ぶりはそう言うことだったのか。
「本来なら勇者をこの世界に召喚して俺の役目は終了するはずだった。あくまで魔導AIの役割はプレイヤーを強くするための広告塔でしかないのだからな。だが召喚の瞬間、何故か膨大な量の魔力が儀式魔法の方に逆流してきたんだ」
「膨大な量の魔力ですか?」
「ああ、だがその原因はわからない。結果、その溢れんばかりの魔力によって俺は消えることなくこの世界に受肉することとなった」
なるほど、そもそも人として生きることを想定していないから受肉したところで歪な存在にしかならないのか。
何というか少し……いや、かなり残酷な話じゃないか?
想定されていないからって、彼はたった一人頼れる人も無くこの世界を当ても無く漂いながら、ただただ闇に飲まれしモンスターを狩り続ける機械になってたってか?
「偶然かもしれないが、その時溢れてきた魔力とHARUの魔力が似ているんだ。あくまで似ているだけだとは思うがな」
「ああ、それで……」
アルスがスターティアにやって来た時に感じた妙な感覚。彼から俺と同じ魔力を感じたのはそのせいか。
……いや、ここまで来るともう一切関係ないとは思えなくないか?
もしかしたら俺の魔法が異常に強い理由とも関係しているのかもしれない。
どちらにせよ、ただの偶然として考えるにはちょっと……。
「っ!?」
なんだ、めまいが……。
「これは……なんだ……?」
どういう訳か知らない映像が脳内に流れ込んで来る。
これは、アルスと共に食事を……いや、それはおかしい。今ここで彼と食事をしているのが初めてのはずだ。こんな記憶は俺には無いはずだ……!
ああ、何がどうなっているのかはわからない……けど、嫌な感覚じゃない……。
まるで初めから兄弟だったかのような妙な感覚が……。
「はっ……! い、今のは……」
気付けば元に戻っていた。
「アルスさん……ッ!?」
「今のは何だ……それに何だこの感覚は……俺はこんなものは知らないはずだ……」
どうやら彼も俺と同じように謎の映像を見せられていたようだ。
……だが気になったのはそこじゃない。
彼の顔を見ると、その目からは涙が零れ落ちていた。それまで一切の感情と言うものが読み取れなかった彼の表情が、徐々に悲しみのそれに染まっていく。
「大丈夫ですか、アルスさん……?」
「そうか、寂しい……とは、こういう感覚なのだな」
「寂しい……のですか?」
アルスはポツリポツリと呟き続ける。
「俺には家族と呼べる者がいない。それは最初からわかっていた。だが今何故か、家族とはどういったものなのか、それが存在しないことの寂しさを、悲しみを、理解してしまったようだ……」
「……それって」
俺と同じように彼の中に流れた映像。状況からしてそれが彼に大きな影響を与えていることは間違いが無いだろう。
そして彼の言葉からすると、彼は今最初から存在しない家族を求めてしまっている。
……駄目だろそんなこと。あまりにも……酷すぎる。
「大丈夫ですアルスさん」
「HARU……?」
気付けば咄嗟に彼を抱きしめていた。
まるで兄が泣いている弟を慰めるように、強く強く抱きしめていた。
「貴方には俺が……俺たちがいます」
「そうか……。俺は……HARUを、君たちを家族だと思って良いのだな……」
アルスが強く抱き返してくる。プレイヤーでも人間でも無いなんて、そんなことどうだっていい。
今ここに彼が存在している。それだけでいいじゃないか。
「えっ、HARUどうしたの!?」
「HARUさん!? それにアルスさんも!?」
どうやらRIZEとクリムゾンが異変に気付いて厨房から出てきたようだ。
「まあ、その、色々とありまして……」
それ以外に言う事も見つからない。けど今はそれでいい。説明は後でも出来るんだから。
「すまない、取り乱してしまった」
「いえ、それならそれで良いんですけど……アルスさん、なんだかさっきと変わりましたね」
クリムゾンは穏やかに微笑みながらそう言う。
彼女が言うように、アルスはもうさっきまでのような無表情では無かった。その奥には確かに感情と呼べるものがあった。
「HARUに救われた……と言えば良いのだろうか」
「うん、やっぱりHARUは凄いね」
「いやいや俺なんて何も……」
「そんなことは無い。俺は確かにHARUに救われたんだ」
アルスは俺を固く抱きしめたままそう言う。
というかこの状況、よく考えたら普通に不味いのでは?
……主に彼の方が。
「うぉっ、昼間から何事だい!?」
「あっ」
入って来た客はアルスと俺を見てそう叫ぶ。そう、今この状況を周りから見ると「涙の跡を残しながらロリっ子に抱き着く男性」と言う中々香ばしい状況となってしまっている。
「と、とりあえず離れましょうか」
「……そうだな」
見るとアルスの顔が耳まで真っ赤に染まっている。どうやら悲しみだけじゃ無く色々な他の感情も生まれたようだ。
まあ良くも悪くも人間らしくなったと言うことで……結果オーライだよな。
「じゃ……じゃあ、お会計頼むよクリムゾン」
「いや、ここは俺に払わせてくれ。恩人のHARUに払わせる訳にはいかない」
「それこそアルスを半ば無理やり連れてきたのは俺なんだ。俺に払わせ……」
「これで足りるか?」
「ひょえっ、だっ大金貨!?」
アルスは何の躊躇い疑いも無く大金貨を取り出してクリムゾンに渡した。
ああ、そうか……そう言えば彼はまともに飲食店に行ったことは無いんだったな。
「そ、そんな値段はしませんよ……!?」
「なにっ、あの美味しさでか……?」
……これは色々と教えてやらないといけないことも多そうだ。
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