35 求婚
狂夜との一件の後、活発化していた闇に飲まれしモンスターを討伐しつつ空間の歪みについても捜索を続けていた。
そんな中、一通の手紙がギルド経由で俺に届いたのだった。
「マジか……」
それは一国の王子からのものだった。一体俺に何の用があると言うのか。もちろん何かをした覚えはない。
しかし流石に王子からの招集となれば無視するというのも不味いだろう。それこそ白姫としての活動に影響が出る。
「行くしかない……か」
仕方がないので王子の元に向かうことにした。
目的地はオールアールからかなり離れた遠方の国、ニシハージ帝国だ。まあ転移用のワープ設定はされているから転移アイテムでひとっ飛びだけどな。
ということであっという間にやってきた帝国。ゲームにおいてはこれと言って何かあると言ったものでは無かったか。
一応周辺にいくつかダンジョンがあったりするが、レイドボスとかもいないしここらのモンスターがドロップするアイテムにもそこまでの価値は無かった。
完全に別の街へ行くまでの中間拠点のような扱いだったな。
まあそんな訳であまり思い入れの無い街ではある。だからこそここの王子が俺に用があるってのは謎なんだよなぁ。とりあえず王城に行ってみればわかるだろ。
と思ったものの、当然だが直前で衛兵に止められた。
「何だ貴様。今王城では大事な会合が行われている。一般人が入ることは許されていないぞ」
……ってことは会合が無ければ入って良いのか?
ああ、そういえば一階にある大図書館は市民でも使えるんだったっけ。ゲームではあくまでフレーバーテキスト的なもので実際入ることは出来なかったけど、この世界だとしっかり反映されてるんだなぁ。
「俺は、王子様から呼び出されている者です」
「む、これは失礼した。こちらへどうぞ」
届いた手紙を見せると顔パスレベルでそのまま中に入ることが出来た。どうやら手紙に押されているハンコが王子にしか使えないものであるようだ。
要は今俺は王子が直々に呼び出した最大限に丁重に扱わなければならないお客様と言う訳だ。なんだか不思議な気分だが悪くはないな。
「王子様、客人を連れてまいりました!」
「ああそうか。入れてくれ」
煌びやかな装飾が施された長い廊下を抜けた先にある一室。そこが王子の部屋らしい。そしてその扉が開くとそこは……。
想像していたものとは少し違った。
「突然飛び出してすまない」
「いえ、俺……私にいかなる用でお呼びされたのでしょうか」
部屋の中には廊下のような煌びやかな装飾はほとんどなく、執務に必要な最低限の物で溢れている。さらには壁際にある本棚には難しそうな本が所狭しと並んでいた。
王族や貴族と言えばその権利や金を使ってやりたい放題をしているものだと思っていたが……この人は違う。
前者のような王族を愚者の王とするのなら、間違いなくこの人は賢王と呼ばれる者だろう。
そもそも知識の集大成と言える図書館を一般市民に分け与えている時点でそれは明白だ。人々を抑圧して支配することを選んでいない。
「さて、突然だが本題に入ろう。……白姫殿。私と、結婚してはくれないだろうか」
……??????
いや、不味いだろそれは。今の俺は幼女だぞ。事案だ事案。
はあ、見込み違いだったかもしれない。何が賢王だ。ただの変態じゃないか。
「貴殿のお噂は聞いている。多くのモンスターを討伐し何度も人々を救ったその力には目を見張るものがある。我が帝国と組めば、いつかは大陸からモンスターの脅威を滅することだって出来るはずだ!」
あ、ああそうかそういうことか。あくまで政略結婚ってやつね。
そうだよな。一国の王子がこんな一般冒険者幼女と結婚なんて不味過ぎるのにも程がある。しかしその相手が一般冒険者で無ければ話は違う。
ゴールドランクの冒険者ともなれば救国の英雄とされてもおかしくはない程の存在。それを取り込むことが出来れば国力が一気に増大するんだ。
ああ納得した。良かった。彼は変態などでは無かっ……た?
ひとまず安心して視線を部屋の中に回していた時、それを発見してしまった。
「ぇ……」
つい声が漏れてしまう。
「ど、どうかしたのだろうか白姫殿」
「王子様、あ、あれは……?」
指差した先にあったのは、俺を精巧に模した人形だった。間違いなくその概念を俺は知っている。
そう、美少女フィギュアだ。しかし何故それがこの世界にある……それも俺のものが?
俺自身が何かをした訳では無い。誰かに頼んだ訳でも無いはずだ。
それにあんなものを作れる技術はこの世界には無いはずだ……どうなっている……?
「ああ、これか。これは街の商店で売られていたのを見つけたのだ。あまりにも精巧過ぎる芸術品なので、つい手にとってしまってね。それからというもの、私は白姫殿に心を奪われてしまったようだ」
あ、駄目だ。その顔と目は駄目だ。結局この男は俺に対して劣情を……。
仕方がない。王族を相手にはしたくないが、この人物とこれ以上関係を持ってしまったら俺の貞操が危ないかもしれない。
「王子様、お気持ちは嬉しいのですが、私は貴方と共に歩むことは出来ません。ですので結婚のお話は低調にお断りさせていただきます」
「……そうか。それは残念だ」
「な、何を言っているのだ貴様!!」
その時突然部屋の扉が開き、一人の男性が入って来た。
「我が主の要求を断ると言うのか!? な、なんたる不敬!!」
「良いんだ。なによりも彼女の意思が重要なのだ」
「あ、主よ……くっ、反論をお許しください。我が帝国は今、数を増やしている闇に飲まれしモンスターによって徐々に疲弊していっているのです。今すぐにでも戦力が必要なのは貴方が何よりも理解しているはずです!」
「それは、そうだ……だがしかし!」
王子は部下と思われる男からの言葉を飲みこみ、そのうえで悩んでいた。
そんな状況でも俺の意思を優先してくれるのだから、性愛対象以外は完璧な人物なのだろう。性愛対象以外は。
「王子! 現実を見るのです! もうわが国には後が無いのですよ!」
「ええい、それはわかっている! しかしだからと言って我が国の信用を切り売りするような方法では今は良くても数年後、数十年後に反動が訪れるのだ! ……すまない白姫殿、変な物を見せてしまったな。気分を害されたのなら謝ろう」
「いえいえ、謝らないでください。王子様が国のためを思っているのはわかっていますから」
いわば八方ふさがりというものなのだろう。それこそ彼が言ったように今をギリギリで乗り越えたところで、それは事態の解決を先延ばしにしているのに過ぎない。
この国も、彼も、大変な状態なのだろう。とは言っても俺が彼と婚約するのは……無理だ。俺にはそんな覚悟は……無い。
「本当にすまなかった。……白姫殿にはもう帰っていただこう。これ以上我々が痴態を晒す前に。衛兵、いるか?」
「ハッ、ここにおります」
「彼女を城の外まで送っていってくれ」
「承りました!」
そうしてなんだかんだあって城の外まで案内され、最終的に求婚の話は無かったことになった。
これで良かった。良かったはずなんだ。
「……」
しかしモヤモヤが残る。王子の覚悟を無下にしたまま帰って良いのだろうか。いや良くない。
俺には王女になる覚悟は無い。だがモンスターを狩る覚悟なら、闇に飲まれしモンスターを狩る覚悟ならある。
この国がそれらに困っているのなら、俺がその不安材料を消してしまえば良い。
「ナビ、この辺りにいる闇に飲まれしモンスターをマッピングしてくれ」
[了解。……マッピング完了。全部で50体程が確認出来ました]
50体か。多くはあるが、それでも俺はこの街のために出来ることをするだけだ。
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