33 最悪の邂逅
最悪なタイミングだ。アイツらはエランが生きていることを知らない。なのに今ここにいるはずの無い彼女を見つけてしまったらどうなることか……。
「こんなところで堂々と買い物とはまた随分と良いご身分だな人殺し」
「ハッ、勝手に言っとけ」
「おいおい、こちらにはいつでもお前を陥れられる準備があるんだ。こちらの方が有利だと言う事を忘れるな」
相も変わらず最悪な性格だなコイツは。まあそんなすぐに改心することも無いだろうけども。
「くっ……てめぇ……」
「さて、ではこの際だ。もう一度聞くぞ。俺たちに力を貸せキョーヤ。そうすれば面倒事は起こらない」
「誰がてめぇの言う事なんか聞くかよ」
「そうか? そこにいる少女がどんな目に遭っても知らんぞ?」
「コイツは関係ねえだろうが!」
狂夜は今にも手が出そうな状態だが、今ここで手を出したらそれこそこちらが不利になる。この状況では客観的に見て先に手を出した方が異常者になってしまう。
「それにしても中々可愛らしいじゃないか……どれ、顔を見せ……は? ど、どういうことだ? お前、エランなのか……?」
時間の問題だとは思っていたがとうとう気付かれてしまった。
「どうして生きている……? お前はあの時死んだはず……そうかこれも全部キョーヤが……。は、はは……」
勝手に納得したのかケインは不気味な笑みを浮かべて笑い始めた。
間違いなく良からぬ事を考えているだろうなこの顔は……。
「それにしてもお前女だったのか? そうかそうか。なら話が速い。おいエラン、俺と共に来い」
「ぁ゛? てめぇこの期に及んで何言ってやがる」
「黙っていろ人殺し。俺は彼女と話している。なあ、戻ってこいエラン。こんな人殺しと一緒にいたらお前まで不幸になってしまうぞ?」
「い、いや……」
エランは恐怖に染まった表情ながらもなんとか声を絞り出そうとしていた。
「僕はキョーヤと一緒に居たい。だからケインの所には戻れない……」
「そ、そいつはじきに指名手配される! そうなればお前だってただでは済まないんだぞ!」
じきに指名手配される……?
おかしいな。とっくのとうにギルドに報告しているものだと思っていた。今すぐにでも憲兵らを呼んで狂夜を拘束することだって出来たはずだ。なのになぜまだ動きが無い?
思えば最初からおかしな話だ。
それほどのことをしでかしておいて、ローブで姿を隠しているくらいで冒険者を続けていられるなんておかしいんだ。
「ああそうかわかった。それならこうしよう。お前が戻ってきてくれるのなら、キョーヤの犯した罪を一切無かったことにしようじゃないか。お前が生きているのならギルドも撤回を認めてくれるだろう。そうすればキョーヤも晴れて無実の冒険者。どうだ? 悪くはない取引だろう」
「それは……」
「おい、まともに聞くな」
狂夜はエランを抱きかかえてその耳を塞ぐ。
「おい何をしている。邪魔をするなと言ったはずだが?」
「エランが生きているってんならそれをギルドに報告すれば俺たちの罪は無かったことになる。それをしなかったのは、こいつが生きていることを知ったらてめぇらが何をしてくるかわからなかったからだ」
「そうか。賢明な判断じゃないか」
「だがよぉ、それももう終わりだ」
狂夜は殺意を体から発しながらそう言い放った。
不味い、今この場でおっぱじめたら確実に不味い!
「てめぇらを今ここでやっちまえば関係ねえんだからなぁ!! 来い、ハティ・スコル!!」
「待て狂夜、それは駄目だ!」
狂夜が呼び出した召喚獣がケインの首元に噛みつこうと地を蹴る。
そこになんとかギリギリで彼を守るように割り込むことが出来た。
「ぐっ……!」
近接戦闘能力がそれなりにあるとはいえ、トップナインの呼び出す召喚獣の攻撃をもろに受けたせいで腕が痺れてしまって動かない。
「邪魔すんじゃねえHARU!」
「冷静になれ狂夜! 今ここでこいつらを殺したらそれこそ人殺しになってしまうんだぞ!」
「それがどうした! 俺はエランのためならどうなったって……」
「お前がいなくなったらエランはどうするんだよ!!」
「ッ……!?」
事の重大さに気付いたのか狂夜は召喚獣をひっこめた。
「クソッ、クソがァ!! じゃあどうしろってんだよ!」
「はぁ……はぁ……な、なんだ今の……は」
「ケ、ケイン様ご無事ですか!?」
召喚獣がすぐ目の前にまで迫っていたためかケインは今にも気を失ってしまいそうな程に顔面蒼白となっていた。
恐らく今までに出会ったことの無いレベルの召喚獣だったのだろう。
「ふぅ、ふぅ、こ、コイツの言う通りだぞキョーヤ! 俺たちを殺せばどうなるかわかっているんだろう?」
「チッ……」
「お前も獣人と言えどそこまで馬鹿では無いはずだ。今ここでの最善の選択はエランを引き渡すこと。それしか無いんだ」
「獣人? 何を言っているんだてめぇは……」
そう言うと狂夜は空中に視線を泳がせ始めた。恐らく装備アクセサリーを操作し始めたのだろう。
「俺は人間だ。この耳は付け耳なんだよ。そんなことにも気づかなかったのか?」
「ぁ……? な、なんだ何がどうなっている? どうやったんだ! い、いやそうじゃない……獣人じゃない……だと?」
狂夜が獣人では無いことに何か関係があるのか、ケインは酷くうろたえているようだった。
一体何で急に……。狂夜が獣人で無ければならない理由があるのか?
獣人か……。異世界ものとかだとだいたいカーストが低い種族だよな。
実際にこの世界でも獣人奴隷とかは何度か見かけたことがある。
基本的に虐げられていることが多い種族な気はするが、だからと言って今この状況において何の関係が……。
いや待て。コイツは今の時点で狂夜の人殺しの事を恐らくギルドに報告していない。街の中を普通に出歩いても問題が無いのがその証拠だ。
そして彼が獣人でなければ都合が悪いと言う状況。いや、そもそも獣人である必要はないんだ。きっとカースト的に虐げられている種族であればなんでも良かった。
それに龍の谷での話からするとコイツらは徐々に没落して行っているらしい。
これらから導き出せる答え。それは……。
「なあ、アンタら……狂夜のこと、ギルドに報告していないんじゃないんだろ?」
「な、何を言って……」
「報告していないのでは無く、報告できない。そうじゃないか?」
「ッ!?」
図星と言った表情を浮かべるケイン。わかりやすくて助かる。
「おかしいとは思ったんだ。狂夜が人殺しだと言うのなら、それをギルドに報告したら必然的に彼は指名手配されるはずだ。本来なら龍の谷から戻った時点で捕まってもおかしくはないんだよ。だが現にされていない。それは何故か」
「な、何が言いたいんだ……!」
察しが悪いのはあれだが、まあいい。どうせ俺が全て言ってしまうんだからな。
「アンタら、そもそも狂夜を陥れる準備なんて無いんだろ」
「そいつはどういうことだHARU」
「そもそも最初に狂夜がボス戦を強要したという時点で、ギルドはその話を受け入れていないんです」
「で、でたらめを言うな! 俺たちは狂夜によって陥れられた悲劇のパーティなんだ!」
確かに彼の言い分をそのままギルドが信じればそうなるだろう。
だがそうはならなかった……ならなかったんだ。
「よく考えればそれはありえないんだよ。事件が起こった時、狂夜はシルバーランクだったんですよね?」
「確かにそれはそうだったが……それがどうしたって言うんだ……?」
「考えても見てください。シルバーランクの冒険者と言えばこの世界では凄腕の冒険者なんです。自分の力を過信して強引に進み続けるミスをそう簡単にすると思います?」
「んなっ……確かにそうじゃねえか」
狂夜も気付いたようだった。
これは彼自身プレイヤーだから気付けなかったことだ。勇者として召喚された俺たちは元々持っているその能力の高さゆえに、この世界の平均の強さがわからなかった。
だからシルバーランクをなんでもないことのように勘違いしてしまっていたんだ。
だが実際は違う。シルバーランクはこの世界においてほとんどの冒険者にとっての最終地点なんだ。
だからこそ、シルバーランクの冒険者が初歩的なミスをするなんてギルドもそう簡単には信じない。
しかしケインたちはそれでは困るんだ。何しろ自分たちの言い分を通さないと狂夜を脅せないからだ。
そこで彼が獣人だと言う事を利用することにした。
獣人がこの世界においてもカーストが低いのは奴隷の数からして間違いない。そしてカーストが低いと言うのが重要になって来る。
「獣人のようにカーストが低い種族は必然的に扱いが悪くなりがちだ。だから狂夜も獣人である以上はそのカーストから逃れられない。そう考えたアンタは実際に報告はしなくとも、脅しとして使えると踏んだ。そうだろう?」
「……」
ケインは一切口を開かなかった。どうやらだんまりを決め込むようだな。
なら続けさせてもらうぞ。
「実際に報告なんてしなくても、獣人であれば自分が陥れられる可能性が高いと考えてしまう。だから事実無根のブラフでも容易に騙せるだろうと考えた。そうだな? そして実際にそれは成功した。……もっとも、それは彼が獣人だったからでは無いけどな」
狂夜が獣人だったから、何かあった時に自分が不利になるのがわかっているから、ケインの言う事を簡単に信じてしまった。
と、ケインは思っているのだろう。けどそれは違う。これは単純に狂夜が騙されやすかっただけだ。
いや、俺たちも騙されていたけども。仕方ないじゃんこの世界の常識とかまだそんなに知らなかったし。
まあそのせいで狂夜はケインに振り回されることになったんだ。
けど、それももう終わりだ。
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