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関西じ(か)ん

作者: 職員M

「俺と……付き合ってくれや!」

「……ごめん」

「夏生……。なん、なんでや……俺はずっとお前のこと」

「だってトウ君、関西人だから……」



■■■■■


『おい青やろが。()よ行かんかい!』

『お姉ちゃん! 生中(なま)はもうちょい急いでくれんか? マグロは今獲りに行っとるんやろ? 知っとるで』

『あいつまだ来んな。もう行こか』

『タケシ! あんた()よ準備しなさい!』

『あー今日も阪神あかんわ。電車混まんうちに帰ろや』


 プツンとビデオが止まる。


「今諸君らに見てもらったのはダイジェストにまとめた関西人の様子だ。もしかしたら彼らの独特な口調から察した者もいるかもしれない」


 某関東国立大学の大講義室にて、丸眼鏡をかけた女教授は暗くなっていた照明を付けながらプロジェクターを指し示す。


()()()()に、口調以外での特徴を捉えられた者は?」


 教授の質問で講義室はややざわついた。関西人と我々関東人で生物学的差異などあるものか。そもそも同じ日本人ではないか。

 そんな中、前方の席に座っていた一人の学生がひっそりと挙手する。教授の指名と共に学生は発言した。



「関西人は皆、せっかちです」

「結構。よく見抜いた」


 女教授は少し微笑みながら講義の続きをしようとした。と同時に講義室では笑い混じりのざわめきが起こる。


()西()()()()()()()()()()()


 若干ハウリング気味のマイクから通された透き通る声で再度講義室は静寂に包まれる。わざわざ静粛を学生に促さない技術は、彼女がまだ若い研究者であろうとも国立大学で教壇に立つべき存在の証明とも言えた。



「論文にまとまったばかりだから諸君らのテキストには載っていないが、驚くべき研究結果が明らかになった」

「そろそろ結論を言おう、関西人は────」



■■■■■


「ふっざけんなボケが!」


 関西人を理由に恋人候補に振られたやるせなさと、先程の心底関西人を馬鹿にした講義への憤りが沸点に達し、俺は教室棟間の広間で叫んだ。


 周りの学生が俺を遠巻きに眺めながらヒソヒソと話し始める。

 お前らが奇異の目で見つめる関西人がここにはおんねん。見せもんとちゃうぞコラ。


「トウヤぴりぴりし過ぎー。ヤンキーじゃん」


 周りが距離を置く中現れたのは、ゴスロリファッションに身を包み眼帯をした完全地雷の権化、メロンパン女だった。本名は俺も知らん。


「食堂の席確保したんか? メロンパン女」

「え? 私のメロンパンが食べたいの? しょうがないねぃ」

「あーもうええわ」


 昼食以外常にメロンパンばかり食べているからそう名付けたこいつは、大学で知り合った関東人だった。隙を見せた瞬間すぐに脱衣しようとしてくる悪癖を除けばそれなりに話せる奴だった。


「ほいで! 今日はなんでそんな怒ってるんや? なぁ」

「そのエセ関西弁が今一番イラつくんじゃ!」


 俺が凄んでもびくともしない。それどころかニマニマと貼り付けた笑みに殺意さえ覚える。

 さっきの講義を思い出しながら女教授もろともグーパンをかましたくなった。




()()()()()関西人がせっかちなんは寿命が短いからや言われたら誰でもキレるやろがい!」

「あながち間違ってないかもよー。そんなすぐ怒ってたら血圧上がるし」

「じゃかぁしぃわ!」


 寿命が短いから一緒にいられない? 同じ時を過ごせないなら貴方とは恋人になれない?

 関西人やから付き合えん? ふざけんな!


「寿命が短いからせっかちなのか。せっかちだから寿命が短いのか。ふーむ、鶏と卵のジレンマが形を変えて再び論戦の場になるとは何ともですなぁ」

「これ以上煽ったらメロンパン没収するで」

「あーんご無体なぁ」


 メロンパン女が俺の腕に縋り付き、そのまま身体を反転させたと思うと、俺が前方に踏み出した足につまずき、真っ直ぐ天井を見つめる形でゆっくりと倒れゆく。


「あっ……」

「クッソ、あほんだらが……」


 舌打ち一つ。


■■■■■



「あれぇっ! 頭ぶつけてない……?」

「よぉ前見て歩き」

「トウヤ……? 今何か……?」

「は? たまたま立て直したんやろ」




──4秒弱。どうでもええことに遣ってしもた。




「ほら、()よ行かんと食堂の席無くなんで」

「うん……」


 どこか釈然としない表情を浮かべながらもメロンパン女は付いてきた。そんなしきりとクルクルしても何も分からんて。




 黄色信号と歩行者用青信号の点滅では突っ切る。

 ダンジョンのように広がる地下道では最短距離を歩けるよう(尚且つ雨を避けられるよう)ルートを暗記する。

 オーダーの通りが悪い店は二度と使わず、迅速に提供してくれるマクドに安住する。

 任せるより自分でやった方が速いときはぶつくさ言いながらもやる。

 負け濃厚な試合は電車が混まんうちに退散する。

 極めつけは、0.1秒でも短く伝わるよう発達した独自の言語。


 

 これが、生粋の関西人ならば誰もが身に付けているスキル。"時間の節約(タイムセーバー)"だった。




■■■■■



 そうして貯めた時間は、こうして大勢の中で一人息をつきたい時に遣う。

 財布を忘れたメロンパン女に昼飯を奢らされてから、食堂を後にした俺は数分間を遣って喫煙所を独り占めしようとしていた。


「……今日はイライラするなぁしかし」


 静止した、いや()()()()()時の中で、俺は煙と一緒に独り言を吐き出す。


「私の講義が不満だったかね?」


 唐突に聞こえてきた声の方を見ると、さっきの女教授が立っていた。

 思わず俺は呆然と見遣る。


「センセ……? ()()()()()()()()()()()

「驚いたかね? 生物学の教授を甘く見てもらっちゃあ困るよ」

「......あなたは()西()()じゃあ無いでしょう?」

「きみは確か、ニノミヤトウヤ君……だね」


 女教授は微笑を浮かべながらおもむろに丸眼鏡を外し、俺から視線を外さずにじっくりと告げた。




「──けったいな標準語使うんは止めてくれへんか?」

「お前……!」


 俺は今度こそ何らかの偶然を疑うのを止めた。咥えた煙草を落としそうになるのをかみ直し何とか堪える。

 発言のイントネーションも完璧。何よりも、この空間に存在し続けられることが関西人の証と言えた。


「隠れ関西人やと……? さっきはよくも大勢の前で関西人ディスってくれたな! なんでや!」

「落ち着けや若者(わかもん)。ああでもせんと、そろそろ他の日本人が気付きよる。キミ、さっきもつるんどる女助けたやろ」

「それはやな……」

「見とったでぇ。あんなもんで無駄にしたらあかんし、何より秘密がバレる。さっきの講義は与太話や。ほれ、ニュースにもなっとる」


 女教授はスマホに写るネットニュースを提示する。


『関西人の秘密暴かれる! 寿命が短い理由は"せっかち"!』


「まぁこれで世間の笑いもんになって忘れてくれるやろあいつらは。ドカンと踏んでやったら一斉にぴょんや」

「そんなダチョウ倶楽部みたいにいくかいな……」

「お笑いにされてもやな、"時間の節約(タイムセーバー)"とその活用に気付かれるよりマシや。キミも気ぃ付けや。そろそろお暇するで。ほな」


 言うやいなや俺ごと固定解除(ターンオーバー)し、再び眼鏡をかけるとそそくさと去っていった。


 あの女が、何故あれほどの若さで教授にまで上り詰めていたのかが分かった。時間の節約を極め、本来の年齢すら捻じ曲げているということやろう。


……一体なんぼほど鯖読んどるんや。


 それよりもなんで俺に接触してきたのか。


──関西人同士は惹かれ合う──


 いつしかそんな格言を聞いたような気がする。



 関西人は寿命が短い。



 傍から見ればそれは正しいように映る。だが、実際はほとんどの関西人が節約した時間を任意に、どこかで遣っている。


 故に、従来より若くして死に至るように見えているだけなのだ。


 国民も、政府もまだこの事実に気が付いてはいなかった。


■■■■■


 



 大学からの帰り道の途中で出会したのは遮断器の降りた踏切と、線路に挟まったシルバーカーを後ろから必死で押そうとする老婆、そしてその老婆を何とか助けようとするのは、俺を振った夏生やった。


 この能力はこの瞬間の為に与えられたんやろうか。


 瞬時に時を止め、シルバーカーに駆け寄るが完全に車輪は線路に嵌りきっていた。横を見ればほんの数メートル先まで電車が迫ってきている。運の悪いことに通過列車らしかった。


「落ち着けや……」


 俺は自分に言い聞かせるように呟きながら、一旦彼女をどかそうとして、すぐには無理であることに気が付いた。

 夏生と老婆があらゆる箇所で繋がっている。腕を絡めていることに始め、靴紐とローラー、ツインテールの片割れと老婆の三つ編みの一片、鞄同士までもが絡まっていた。


 額から落ちる汗が手に落ちる。


 不意に空間に亀裂が入る。時間切れ(タイムリミット)が近いことを表していた。


「うせやろ?」


 なんでこのタイミングで。オチにはまだ早いやろがい。

 死なば諸共。俺は二人を抱きかかえるようにして電車に背を向けて線路の外側へ引っ張るが、所詮無駄な足掻きだった。その時である。





「あんちゃん、若いのにえらい貯めとるやんけ」

「一回くらいこういう時に遣いたかったんよなぁ」

「飴ちゃん、食べる?」

「ギャラリー少ないけど、しゃあないなぁ……」


 一瞬で修正される空間、そしてその空間でうごめくのは見渡す限りの老若男女の関西人だった。


「あ、あんたら……」

「トウヤ君」


 そこにしれっと現れているのは先程対峙した女教授。




「関西人は皆仲間や。京都は除くけどな」

「センセも……。皆ええんか?」

「関西人の魅力。彼女にも伝えたれや」



 もはや言葉は不要だった。



■■■■■


「えっ……?」

「ありがとうね。助かったよ」


 おばあさんを助けようとして、鳴っている踏切に気付かなかった私はてっきり死んだのかと思った。

 慌てておばあさんの無事を確認する。どこにも怪我は無いようだった。


「良かった」

「誰か見なかったかい? 何人も踏切の周りに居たような気がするんだけど」

「私には見えませんでした」


 そう言い合って笑い合う彼女らを俺は遠巻きに見つめていた。





「良かったんか? トウヤ君」


 ええんや。とりあえず、生きてりゃええんや。

 そして独り言つ。




「やれやれやで……」

今日からあなたも関西人。関西弁マスターコーナー


※早よ:早くを意味します。主におかんがよく使います。

※ほいで:ほいで→ほんで→そんで→そして

※じゃかぁしぃ:やかましい。うるさいを意味します。

※けったいな:変な、おかしいを意味します。

※隠れ関西人:主に関西地方以外に潜む関西人を意味します。そこで会う関西人同士はたいてい仲良くなります。

若者(わかもん):~者と付ける語は「~もん」と呼ぶことが多いです。ええもんわるもん。

※与太話:馬鹿話、冗談

※なんぼ:いくら、いくつを複合した語です。関西で使う時はTPOに応じて意味を解釈する必要がありますが、よく考えてみれば複数の意を持つ癖に異議語ですら無いこの言葉は日本語として欠陥を孕んでいる気がします。

※うせやろ:嘘だろを意味します。関西人はエ段が強く出る傾向にあります。しらんけど

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