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炎の魔王の異世界進軍  作者: 紫木翼
1章
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ノガン攻略

 トリカサを出発してから五日後の昼下がり、ラシュプスたちはようやくノガンを囲む外壁を視界に捉えることができた。

 このまま街に入り捕らわれているエルフたちの救出を行いたいところだったが、あいにくこのまますんなりノガンには入れそうにはなかった。

 外壁の前には布陣を終えてこちらをにらみつけている多数の兵士たちがいたからだ。


「また人質取ってやがる。めんどくせぇな」


 最前列にいる兵士たちはエルフ十人程を人質にしてラシュプスたちを待ち構えており、これを見てラシュプスはキファムにここで待っているように指示を出した。


「俺とジオミスタで軽く掃除してくるからお前らはここにいろ。大丈夫だと思ったら『念話テレパシー』するから影人形たちと一緒に来い。一応『念話』は繋ぎっぱなしにしておくから何かあったら知らせろ」


『念話』はアンデッドを部下にした時に獲得した能力で一度会ったことがある相手とならどれだけ離れていても連絡を取ることができる能力だ。

 会話をラシュプスの方からしか始められず『念話』を獲得する前に会った人間は能力の対象外など制限もあったが、まだ少人数で活動している現在はともかく勢力が大きくなったら役に立ちそうな能力だった。

 簡単な確認を終えた後、ラシュプスは足の裏から火炎を噴き出して飛び上がり、その後兵士たちの最前列の近くに落下した。


「動くな!動くとこのエルフを、」


 兵士たちの脅しの言葉に耳を貸さずにラシュプスは次々に火球を撃ち出して近くにいた兵士たちを焼き殺していった。

 これに対して兵士たちは人質にしていたエルフを盾にして火球を防ごうとしたが、ラシュプスの意思を受けて軌道を変えた火球がエルフたちを傷つけることはなかった。


「俺は魔王だ!後ろに俺の部下がいるから急いで逃げろ!」


 このラシュプスの指示を受けて解放されたエルフたちは一斉にキファムたちのもとに向かったが、そんなエルフたちの一人の背中に矢が突き刺さりそのエルフは死亡した。


「は?まさかあそこからか?」


 地上の兵士たちの『奇跡』や弓による遠距離攻撃には十分気を払っていたのでエルフを殺した矢は外壁の上から放たれたと考えるのが自然だったが、ここから外壁までの距離を考えるとラシュプスは自分の予想をにわかには信じられなかった。


 しかし敵が自分が知らない何らかの『奇跡』を使ったのだとしたら今回の狙撃の方法を考えるだけ無駄だったので、すぐにラシュプスは力で正体不明の狙撃手をねじ伏せることにした。

 自分の近くにいた兵士たちを炎の壁で焼き殺して時間を作ったラシュプスは数秒かけて直径十メートルの火球を五つ創り出して等間隔で外壁の上へと撃ち出した。


「……余計な魔力使わせやがって」


 ラシュプスが炎を生み出す際に消費する魔力は炎が大きくなるにつれて加速度的に大きくなり、この戦いの後に先日のトリカサの様に街全体を炎の壁で囲むつもりだったラシュプスにとって巨大な火球五つの生成に消費した魔力は予想外の出費だった。


 なおラシュプスがこの攻撃の準備をしている間にもまた一人エルフが矢を受けて死んでおり、ラシュプスは自分の見込みの甘さに舌打ちをした。

 だが特大の火球五発によりここから見える範囲の外壁の上部全てを焼き払った後は矢による狙撃は行われず、ようやくラシュプスは目の前の敵に集中することができた。


 しかし自分たちの常識ではあり得ない攻撃を繰り出してきたラシュプスを前に兵士たちの間に動揺が走り、そこに影人形四百体近くを率いたジオミスタが突入したことでノガンの前に布陣していた五千人の兵の内、三分の一近くが逃げ出した。


「待ち構えてた割には根性が無ぇな。しかたねぇ。少し気合入れてやるか」


 こう言うとラシュプスは自分たちとキファムたちの間に炎の壁を創り、その後飛び上がるとブファナ王国の兵士たちの左右の退路を遮る形で炎の壁を創った。

 この炎の壁は数日前にトリカサを囲んだ際の炎の壁の様にラシュプスが炎を供給し続けているわけではなく最初に巨大な炎の壁を創っただけだった。


 このためこの炎の壁の高さは精々二メートル程で水をかければ簡単に消えるものだった。

 今回兵士たちはラシュプス対策に大量の水を用意していたのだが上官や同僚を見捨てて逃げ出した兵士たちが水の入った重い樽など持っているわけもなく、逃げ場を失い動揺しているところをジオミスタや影人形に殺された。


「さあ、これで気合が入っただろ?俺たちに勝つか、俺たちに殺されるか、二つに一つだ!人質まで取ってけんか売っといて情けないまねするんじゃねぇよ!」


 兵士たちを挑発した後、ラシュプスはせめてもの情けで地上で戦ってやることにし、兵士たちの一部は二人一組で大きな木製の樽を持ち樽の中に入っていた水をラシュプスにかけようとした。

 兵士たちがラシュプスにかけようとした水の内いくつかをラシュプスはよけられそうになかった。


 このためラシュプスは自分にかかろうとしていた水に火球を撃ち出したのだが、これにより高温の水蒸気が発生してラシュプスはもちろん周囲の兵士たちも驚いた。

 この水蒸気を浴びてもラシュプスは体の炎化が発動したので驚くだけで済んだが、兵士たちの方は悲惨なものだった。

 百度近い高熱を帯びた水蒸気を眼に浴びた兵士たちは絶叫しながら顔を押さえて倒れ込み、水蒸気を吸い込んだ兵士たちは声すら出せずに肺がただれて死んでいった。


「やべぇ、やべぇ。さすがにもう水ぐらいは相手も用意してるか」


 最初から多用する気は無かったとはいえ大抵の攻撃は無効にできる体の炎化への対策を敵がしっかり取っていたことにラシュプスは慌てながらも喜んだ。

 かといってまだ敵が大勢残っている上に戦いの後も忙しいことを考えるといつまでも遊んではいられなかったので、ラシュプスは高温の水蒸気のせいでこちらに踏み込めずにいた近くの兵士たちに次々に火球を叩き込んでいった。


「まったく、後ろから炎だけ撃っていて下さればいいものを……」


 敵がラシュプスに対抗するために水を用意すること自体は予想できていたので、ジオミスタとしてはそろそろラシュプスには後方支援に回って欲しいと考えていた。

 ラシュプスは確かに強くここまで順調に事を運べていたが、ラシュプスが死んだ時点でこの世界の魔族の将来は終わってしまうからだ。


 こう考えていたジオミスタはノガンまでの道中で何度もラシュプスに前線には出ないように頼んだのだが、ラシュプスは決してこのジオミスタの頼みを聞き入れようとはしなかった。

 しかもラシュプス、正確に言うなら魔王は自分の意思で眷属を自分の体に取り込め、ジオミスタのしつこさにうんざりしたラシュプスがこのことをちらつかせてきたのでジオミスタも引き下がるしかなかった。


 高い戦闘力を持ち今後のための戦力増強まで考えている主に自分は高望みし過ぎているのだろうかと悩みながらジオミスタは刃渡り五メートル程の剣を振るって兵士二十人程を一振りで斬り裂いた。

 ノガンまでの道中でラシュプスたちは街道を巡回していた兵士たちと数回戦い、それ以外にも時間を見つけては模擬戦などを行い能力の研鑽を行っていた。


 この結果ジオミスタはこれまでとは比べ物にならない程巨大な武器を創り出せるようになっており、この剣の前では剣や盾での防御などまるで意味が無かった。

 仮にジオミスタの剣を受けて即死しなかったとしても骨折は免れず、こうなったら後は影人形たちにとどめを刺されるだけだった。


「おい、話が違うぞ!体が硬いだけじゃなかったのかよ!」

「油だ!油持って来い!」


 ギオの持ち帰ったラシュプスたちの情報はこの場にいる兵士たちにも伝わっており、兵士たちはどんな攻撃も効かないという魔王の部下を鎖で縛り上げて無力化するつもりだった。

 しかし全く聞いていなかった巨大な剣の前に兵士たちは一人としてジオミスタに近づけず、炎の壁によって逃げることもできなかった兵士の一人が油の入った容器をジオミスタに投げつけた。


 ジオミスタは基本的に敵の攻撃をよけないため兵士の投げた容器を体に受けて油まみれになり、そこに別の兵士が火矢を放った。

 これによりジオミスタは全身を炎に包まれたが、その直後何事も無かったかの様に兵士たちへの攻撃を続けた。


「ふん。魔王様の部下の私にこんな子ども騙しが通用すると思っているのか?」


 厳密に言うとジオミスタの体は破壊不可能というわけではなかったので熱によりダメージを与えること自体は可能だった。

 しかしジオミスタの体に熱でダメージを与えようと思ったら活火山の火口に投げ込むぐらいのことはしなくてはならなかったので、ジオミスタを火だるまにしても兵士たちがジオミスタに近づきづらくなるだけだった。


 その後『奇跡』持ち数人による連携攻撃、兵士数十人による特攻、魔獣数体の突撃など兵士たちはできる限りの攻撃をジオミスタに加えたが、誰一人ジオミスタの体に触れることすらできずに大剣の攻撃の前に沈んだ。

 

 いくらラシュプスとジオミスタが強いとはいえノガンに配置されていた兵士たちとの兵力差は十倍近くだった。

 兵士たちから逃げ場を奪っていたため比較的短時間で済んだとはいえ、それでもラシュプスたちが兵士たちを全滅させるまでに三十分近くかかった。


 そして兵士たちの劣勢を受けてノガンの住民の一部が戦場から離れている門から逃げ出そうとし、これを見たラシュプスは三百人を切った残りの兵士たちの始末をジオミスタに任せて逃げようとしている住民たちを足止めした。


「さっさと街に戻れ!街の中に戻らないと殺すぞ!」


 こう言ってラシュプスが逃げ出した住民たちの先頭にいた数人を焼き殺すと住民たちは慌てて街に戻り、生き残った住民たちを追い立てながら門まで行くとラシュプスは門に火をつけた。

 門に使われていた厚い木製の扉は一時間を持たずに燃え尽きるだろうが、そこまで時間をかけるつもりも無かったのでラシュプスは燃え続ける門をそのままにして別の門へと向かった。

 戦場から離れていた門全てを塞いだ後、唯一無事だった門からラシュプスがジオミスタを連れてノガンに入ると領主らしき男が部下を引き連れてラシュプスの前でひざをついた。


「金でも食料でも何でも差し上げます!どうか命だけはお助けを!」


 領主たちの心の込もった土下座を受けてラシュプスは穏やかな笑みを領主たちに向けた。


「安心してくれ。むやみやたらに殺す気は無い。この街にはオーガたち助けに行く途中で寄っただけだ。欲しい物手に入れたらさっさと出て行く」


 こう言ってラシュプスは食料や日用品、それにキファムたちから要望があった書物などの用意とノガンに捕らわれているエルフたちの解放を領主に命じた。

 こちらの命令をノガンの人間が実行している間、ラシュプスは先程助け出した直後に矢で射殺されたエルフの死体を調べていた。


「これをあの距離から当ててきたのか……」


 先程射殺されたエルフたちの体に刺さっていた矢は矢じりだけでなく全てが鉄でできており、これを使っての長距離狙撃を純粋な技術だけで実現できるはずがないと考えたラシュプスは『奇跡』の面倒さを痛感した。


「俺狙ってくれる分には大歓迎なんだけどな」

「歓迎はしませんけど影人形やキファムたちを狙われるよりはましですね。助け出したエルフの中に『奇跡』持ちがいればいいんですが」

「まあな。言っとくけどむりやり戦わせるつもりは無いからな?」

「もちろんです。同胞相手にそんな無体なことをするつもりはありません」


 ノガンでの用事を終わらせた後のラシュプスたちはフリコロに向かいその近辺でオーガ狩りをしているブファナ王国の兵士たちからオーガを助け、その後ラミアがいるというヨアズマという街に向かうつもりだった。


 これまで戦ったブファナ王国の兵士たちの強さからラシュプスはフリコロやヨアズマでの戦いについての心配はほとんどしていなかったが、一つだけ悩んでいることがあった。

 フリコロからヨアズマまで最短距離で行こうとしたらブファナ王国の首都、シマカザを通らなくてはならず、配置されている兵士が少ない南部と違い首都にいる精鋭の『奇跡』持ちと大軍を相手にするとなると魔力が持たないかも知れない。


 こう考えていたラシュプスはジオミスタやキファムたちを残して単身ヨアズマに行くことも考えていたが、この場合高確率でキファムたちは付近の街から派遣されたブファナ王国の兵士たちに殺されるだろう。

 仮にも一度部下にしたキファムたちを見捨てる気はラシュプスにも無く、ラシュプスの頭の中では今後についての計画がいくつも浮かんでは消えていた。


 死んだエルフたちの処理をキファムたちに任せて今後の計画を立てていたラシュプスはとりあえず今後の計画はフリコロにいるという将軍の強さを確認してから考えようと決定を先延ばしにした。

 そして死んだエルフの埋葬を終えたキファムたちが戻って来るとラシュプスは荷物の引き取りと今後の戦力確保のためにある実験をするためにジオミスタと共にノガンへと戻った。

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