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炎の魔王の異世界進軍  作者: 紫木翼
1章
8/147

帰還

「いや、こいつらを殺す必要は無い。一緒に連れてく」

「は?この死体をですか?」


 敵どころか通行の妨げとしか見ていなかったアンデッドを同行させるというラシュプスの発言を聞きジオミスタは驚き、これはラシュプスの隣で驚いた様な表情を浮かべているキファムたちも同じだった。

 そんなジオミスタたちの反応を見てラシュプスは含みのある笑みを浮かべた。


「そんな酷い言い方するなよ。そいつらも魔族の一人らしいぜ?」

「この死体がですか?」

「ああ、能力が一個増えたから間違いない。能力自体は微妙な能力だけど。お前ら邪魔だからとりあえず道から離れろ」


 ラシュプスがこう命じるとアンデッドたちは一斉に街道から離れ、ラシュプスの発言に加えてこのアンデッドの行動を見せられてはジオミスタも納得するしかなかった。


「アンデッドと一緒にいるのは嫌です」


 見た目もさることながら臭いも死体そのもののアンデッドと今後の道中を一緒にすると言われてキファムは心底嫌そうな表情を浮かべ、そんなキファムにラシュプスはアンデッドを部下にしたことで獲得した能力を伝えた。


「結構便利だろ?お前にも影人形たちの指揮を取ってもらう日が来るかも知れないし人手不足はそう簡単には解消しない。別に一緒に寝ろって言ってるわけじゃないんだから我慢しろ」

「……分かりました。後ろの子たちにこのことを伝えてきます」


 こう言ってキファムが他のハーフエルフのもとに向かった後、ラシュプスは今後の予定を考えていた。

 オーガの生息地の近くにある街、フリコロに着く前にラシュプスたちはノガンという街を通る予定で、この街でのエルフ救出に二日程かける予定だった。


 しかし目の前にいる三十体程のアンデッドを見てラシュプスは兵力不足の解消とトリカサの防衛を兼ねたある策を思いつき、これによるフリコロ到着の遅れを心の中でオーガたちに謝りながらラシュプスはキファムが戻って来るのを待った。


 アンデッドを部下にした翌日、ラシュプスたちが馬車を進めていると兵士数十人に守られて進む数台の馬車が視界に入ってきた。

 そう頻繁にではないが野生動物や魔獣、またはこれらのアンデッドが街道に出てくることがあるのでこの世界のほとんどの国では兵士たちによる街道の見回りを行っており、商人たちで作っている協会に金を収めて所属している商人は兵士たちに道中守ってもらえるとラシュプスはルキドムたちから聞いていた。


 このためいきなり兵士たちの姿を見てもラシュプスは驚かず、こちらに向かって来る兵士たちもまだ距離があったためラシュプスたちの正体に気がついていないようだった。

 しかしお互いの距離が近づきラシュプスの姿を見た兵士たちは瞬時に戦闘態勢に入り、隣にいたハーフエルフの子どもに馬車の中に入る様に指示した後ラシュプスは自分をにらみつける兵士たちに声をかけた。


「そんなに殺気立たないでくれ。大人しく通してくれれば何もしないぜ?」

「貴様、何者だ?」

「魔王だ」


 ラシュプスのこの名乗りを聞き兵士たちは疑いの眼差しをラシュプスに向けてきたが、ラシュプスとしては正体を聞かれたから正直に答えただけだったので兵士たちが自分の発言を信じようが信じまいがどちらでもよかった。


「質問には答えたからもう通っていいか?今からお前らのお仲間に殺されてるオーガを助けに行くつもりだから俺急いでるんだよ。お前らじゃ勝ち目無いぜ?」


 こう言うとラシュプスは馬車の後ろにいた二百体近くの影人形を呼び寄せ、自分たちの三倍以上の数の武装した兵士らしき存在を見て兵士たちは思わず後ずさった。


「トリカサの人間はどうした?」


 この場にいる兵士たちの指揮官を務める男、ボアキークも部下同様初めて見る、しかも魔王を名乗る魔族に少なからず恐怖を感じていたが、少数とはいえ軍勢を従えた魔族が堂々と街道を進んできたのだ。

 この先にあるノガンはもちろん目の前の魔族がすでに顔を出したはずのトリカサについても心配し、そんなボアキークの質問を受けてラシュプスは面倒そうな表情を浮かべた。


「トリカサはちょっと外壁焼いてエルフ全員助け出しただけだぜ。あ、でもその前に兵士何千人か焼いたっけ。こいつらがその生き残り、って言うと変だけどとりあえず残骸みたいな何かだ」


 こう言ってラシュプスが影人形たちの近くにいたアンデッドたちを指し示すとボアキークは部下たちに指示を飛ばした。


「魔獣たちを前に出せ!商人たちは荷物を置いて逃げろ!もたもたしていると命は無いぞ!」


 目の前の得体の知れない自称魔王がどれ程強いかは分からないがさすがにギオを含むトリカサの兵士たち全員を殺したとはボアキークは考えていなかった。

 しかしトリカサの兵士たちがこれだけ目立つ集団に気づかなかったとも考えにくかったので、トリカサに配置されていた軍が目の前の魔族たちを追撃できない程の打撃を受けたのは本当なのだろう。


 こう考えたボアキークはトリカサの現状と目の前の魔族の強さが分からない今無理をする必要は無いと考えて即時撤退を決めた。

 そして撤退の時間を稼ぐためにボアキークは部下が『奇跡』で従えていた魔獣二体を目の前の魔族に差し向けたのだが、魔獣たちが二秒とかからず目の前の魔族の創り出した炎で焼かれたのを見てボアキークは目を見開いた。


「これで最後だぞ?今すぐどいて道開けるか俺に殺されるか好きな方を選べ」

「道を開ければ殺さないか?」

「殺すつもりならもうとっくに殺してる」

「……分かった。少し待ってくれ」


 当然の様に『奇跡』を使った正体不明の魔族とこの場で戦っても勝算は薄いと考えてボアキークは部下や商人たちに道を開けるように指示を出した。

 そして数分後、道が開いたことを確認したラシュプスは上空に飛び上がると地上の兵士たちや商人たち目掛けて火球を撃ち出した。


「何をする!話が違うじゃないか!」


 叫び声をあげながら次々に焼け死んでいく部下たちを見ながらボアキークはラシュプスに怒号を飛ばし、そんなボアキークを気にも留めずにラシュプスは周囲の人間たちを焼き殺していった。


「……貴様あぁ!」


 ボアキーク以外の人間を全て殺したラシュプスが地上に降りるなりボアキークはラシュプスに斬りかかり、それを止めようとするジオミスタを手で制してラシュプスは腰に帯びていた剣を抜いた。


「どうして部下たちを殺した!」

「誰も見てない約束なんて守る必要無いだろ?」


 ラシュプスが最初に会った時点でボアキークたちを殺さなかったのは街道が死体や馬車の残骸で塞がれるのが嫌だったからで、街道が開いた時点でラシュプスに彼らを生かしておく理由は無かった。

 数合ボアキーク相手に切り結んだ後、ラシュプスはボアキークの剣を弾くとボアキークを斬り裂いた。


「わざわざ剣で勝負してやったんだ。感謝しろよ。……もしアンデッドになれたらこき使ってやる」


 悔し気な表情を浮かべてくれれば最高だったのだが気の強い敵も嫌いではない。

 最後まで自分をにらみつけてきたボアキークの気の強さに満足しながらラシュプスはキファムたちに指示を出した。


「あいつらの荷物に酒があったら全部もらっとけ。荷物に欲しいのがあったら好きにしていいぞ」

「馬車はどうしますか?」

「お前らが運転できるなら二台ぐらいもらっておきたいところだけどどうだ?」

「……多分大丈夫だと思いますけどもし駄目だったら馬車捨てていいですか?」

「ああ、いいぜ。馬車ぐらいこれから先いくらでも手に入るだろうし」


 今後戦闘以外の事柄はほぼキファムたちに任せるつもりだったのでラシュプスは主にキファムと馬車とその積み荷について話し合い、ラシュプスとの話し合いを終えたキファムは周囲に転がる焼死体を特に気にした様子も見せずに他の子どもたちや影人形と共に馬車へと向かった。


 ラシュプスがノガンまでの道中で商人を殺した翌日の未明、ブファナ王国の首都、シマカザにある王城の前に騎乗したギオが姿を見せた。

 途中ノガンに寄って兵士たちに指示を出した以外ほぼ休み無しでトリカサからシマカザまで来たギオの顔にははっきりと疲労の色が浮かんでいたが、今のギオに休んでいるひまなど無かった。


 トリカサが魔王を名乗る魔族に攻め落とされたというギオの報告を受け、まだ日も登っていないにも関わらずシマカザにある王城の一室には王の他に多数の大臣や貴族、そして軍関係者が顔を揃えていた。

 現在シマカザにいる国や軍の幹部全員が集まって早々、ギオは自分が見た魔王を名乗る魔族についての情報を彼らに伝え、その後今回出した犠牲について謝罪した。


「すでにトリカサは魔族の手に落ち、もしかするとノガンも危ないかも知れません。一応ノガンの兵には異変があればすぐに早馬を飛ばすように指示は出し、マキオン将軍とエカシュラ将軍にはすでに早馬を出しています」


 マキオンとエカシュラはギオ同様ブファナ王国に四人しかいない将軍で、現在マキオンはオーガ、エカシュラはラミア相手の掃討作戦の指揮を取っていた。


「トリカサと兵たちを守れなかった以上、いかなる罰も受けるつもりです」


 これだけ言うとギオは国王、マシュクの発言を待ち、少し考え込んでからマシュクは口を開いた。


「仮にその魔族が魔王だとしたらギオ将軍に降格や謹慎の罰などを与えている余裕は無いと思うのだがどうだ?」


 こう言ってマシュクが視線を向けた男は将軍の一人、ソミカで、ソミカはマシュクの発言を肯定した。


「おっしゃる通りです。こう言っては何ですがいきなりの魔王の出現とあっては守っていた将軍が誰でも無事では済まなかったでしょう。将軍の立場で言わせていただければ魔王相手に必勝を期すためにギオ将軍には寛大な処罰を願います」

「分かった。ではギオ将軍への処罰は魔王の件が片付いてからにしよう。トリカサの民や兵に申し訳無いと思っているなら今後の働きで償え。よいな?」

「はっ!寛大な処置に感謝いたしします!」


 国王の決定を受けてギオが頭を下げると二人の話が終わるのを待っていたソミカが口を開いた。


「魔王がここシマカザを狙うか他の魔族を助けることを優先するかは分かりませんが、最悪の場合数日中にもここに魔王が来る可能性もあります。魔王の能力を聞く限りソーロンドのラトラ様のお力を借りられれば戦いがかなり楽になると思います。援軍要請は出していただけるのでしょうか?」

「もちろんだ。魔王の危険性を知らせてすぐに援軍を送ってもらえるようにする」


 ブファナ王国の隣国、ソーロンド教国は北の大国、ラオラス帝国との戦争中でブファナ王国に兵士を送る余裕など無いが、ソミカが名前を出した『奇跡』持ち、ラトラは能力が戦闘向きではないため前線には出ていなかった。

 このため兵士こそ送っていなかったがソーロンド教国に資金や物資の支援を行ってきたブファナ王国が頼めばラトラ個人を派遣してもらうことは可能だろうとこの場にいるほとんどの者が考えていた。


「ラトラ殿が来て下さるにしても時間がかかる。それまでは我が国だけで魔族の侵攻を防がなくてはならない。諸君の奮闘に期待する!」


 このマシュクの発言に対して室内の面々が威勢のいい掛け声をあげて会議は終了となった。


 会議後、ギオは自分をかばってくれたソミカに礼を述べた。


「かばってくれてありがとうございます」

「気にするな。お前がいなくなれば俺たちの仕事が増えるからかばっただけで、魔王に不意打ちをされては俺も負けないにしても街や兵たちまで守れるかは分からないからな。……そんなに強いのか?」

「エカシュラさんには悪いですけどエカシュラさんの能力とは比べ物にならない大きさの炎でした。エカシュラさんの能力を想像しているなら止めた方がいいです」


 炎を生み出して操る『奇跡』を持つ同僚のことを思い浮かべながらギオはソミカに改めて魔王の恐ろしさを伝えた。


「炎の攻撃はともかく体を炎に変えるのが面倒だな。何かしらの制限があるというのもお前の希望的観測だろう?」

「でも炎での攻撃と比べてあまり使っていませんでしたし、私たちの『奇跡』と同じ様な能力なら体力の限界はあるはずです。魔族が『奇跡』を使えるというのは今も信じられませんが」

「あり得ない話ではないだろう。人間とエルフの間に生まれたエルフが『奇跡』を使えたらしいからな」

「その子は今どこに?」


 自分が知らなかった情報を聞かされて驚いたギオの質問にソミカは表情を全く変えることなく答えた。


「もちろん殺した。今後生まれてくる混血も全員殺すことになった。持って生まれた『奇跡』次第では子どもでも危険だからな。本当なら今頃トリカサにもこの知らせが行くはずだったんだがな」

「そうですか」

「お前の見た魔王はエルフでもオーガでもなかったんだよな?」

「はい。可能性としては上級アンデッドの可能性が一番高いと思います」


 自分が見た魔王は異形ではあったものの人間に近い見た目をしていた。

 こう考えてのギオの答えを聞きソミカは首をかしげるしかなかった。


「しかしあの辺りで大量の死人など出ていないだろう?」

「エルフを殺す時に死体を適当に処理してしまったのかも知れません」

「……正直エルフも根絶やしにした方がいいと思うんだがな」

「でもそれをすると奴隷商人などが反発するでしょうし兵士の訓練用の相手もいなくなりますからね。生かさず殺さずで管理するしかないんじゃないですか?さすがに娼婦の代わりまで用意するのは面倒なのでさらってくる数を減らして欲しいとは思いますけど。普通に人間の娼婦買えばいいと思うんですけどね」

「ベルヒュース様に聞いた話だがさすがに人間を殺すわけにはいかないってことらしい」

「……雇われはつらいですね」


 好色かつ残虐なことで有名な大臣の名をソミカから聞かされてギオは思わず顔をしかめ、そんなギオに同情するようにソミカは苦笑いを浮かべた。


「まったくだ。まあ、文句を言っても始まらん。とりあえずは魔王を殺すことに集中しよう」

「はい。がんばります」


 こう言ってギオはソミカと別れて来たる決戦のために魔獣の用意に向かった。

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