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炎の魔王の異世界進軍  作者: 紫木翼
1章
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練習の成果

 ジオミスタが騎兵たちと戦い始めたのと同じ頃、ラシュプスも騎兵たちと戦い始めていた。

 ラシュプスにはジオミスタの四倍の数の騎兵が迫っていたが、エルフの森で二日間ジオミスタ相手に能力の研鑽を積んだラシュプスにとって左右から迫る騎兵たちはただの実験台でしかなかった。


「あっさり全滅なんてしないでくれよ?」


 こう言ってラシュプスが直径三メートル程の火球を二つ創り出して左右から迫る騎兵たちに撃ち出すとそれを見た先頭の騎兵は大声で後ろにいる同僚たちに火球が自分たちに向けて飛来していることを伝えた。

 その後騎兵たちが進路を変えたため火球は彼らの横を通り過ぎ、そのまま彼らはラシュプス目掛けての突撃を続けようとした。


 ラシュプスの炎による攻撃の範囲を聞いていた兵士たちは考えられる限りの対策を用意しており、実際二日前のラシュプスが相手なら勝てるかどうかはともかく兵士たちは槍の間合いにラシュプスを捕えることができただろう。

 しかしラシュプスが少し念じただけで二つの火球は軌道を変え、二つの火球は容赦無く騎兵たちを焼き払った。


「おい!どうした?」


 確実に火球をよけたはずの同僚たちの悲鳴が聞こえてきたことで前方にいた騎兵たちの間に動揺が走り、そんな彼らにラシュプスは楽しそうな表情で話しかけた。


「何があったかは今見せてやるよ!」


 こう言ってラシュプスは再び火球を二つ騎兵たち目掛けて撃ち出し、これをよけようとした騎兵たちの視線の先で二つの火球はこれ見よがしに左右に動きながら騎兵たち目掛けて飛来した。


「まだそんなに速くは動かせないから散らばって逃げれば助かるかも知れないぜ?」

「くっ、できるだけ散らばってそれぞれ魔王を目指せ!仲間たちの死を無駄にするな!」


 ラシュプスの助言を聞き顔をしかめながらも騎兵たちは互いに邪魔にならないように気をつけながら前進を続け、火球により多くの仲間たちを失いながらも百人近くがラシュプスの近くまでたどり着いた。


「おっ、エルフ狩りしかしてなかった割にはなかなかやるじゃねぇか」


 まだラシュプスは火球を同時に二つまでしか遠隔操作できず、その速さと精度もお粗末なものだった。

 それでも自分の創り出した火球の威力を考えると自分の近くにたどり着ける騎兵は精々二、三十騎だと考えていたので、ラシュプスは彼らのがんばりに素直に驚いた。


 しかしまだ騎兵たちの後ろには少なく見積もっても三千人以上の兵士たちがおり、それに加えて魔獣に乗り戦場全体を見下ろしているギオもいた。

 この状況でいつまでも騎兵たちの相手ばかりもしていられなかったので、ラシュプスは軽く腕を振るって炎の壁を創り出して近くにいた騎兵たち百人近くをまとめて焼き払った。


「やっぱこの能力最高だな」


 人や馬がのたうち回りながら焼け死んでいく様を心底楽しそうな表情でしばらく楽しんだ後、ラシュプスは足の裏から炎を噴き出すと上空にいたギオのもとまで一気に飛翔した。


「よお、待たせちまったかな?」

「ずいぶんと楽しそうだね?」


 上空十メートル程から戦場全体を俯瞰していたギオはまさかラシュプスが飛べるとは思っていなかったのでいきなり距離を詰められて驚いた。

 しかしギオも若干十九歳でブファナ王国の将軍に選ばれた少年だったのでこの驚きは表情には出さず目の前の魔王に怒りの込もった視線を向けた。


 強力な『奇跡』を持っている魔王と思われる魔族との戦いを命じれば部下たちが死ぬことはもちろんギオも分かっていた。

 しかしだからといって今も笑みを消していない魔王の態度を容認できるはずも無くギオはラシュプスに鋭い視線を向け、そんなギオの視線を受けてラシュプスは苦笑いを浮かべた。


「ガキみたいって笑われるかも知れねぇけどガキの頃から物が燃えるのを見るのが好きなんだ。ちょっとやり過ぎて殺されたりもしたけどな」


 魔王の発言の最後の部分の意味はギオには理解できなかったが、魔王が心の底から先程の虐殺を楽しんでいることだけは理解できた。


「外道め」

「ん?お前らもあちこちでせっせと魔族狩りしてるんだろ?俺もお前らも似た者同士さ。ま、同族嫌悪っていうならしかたねぇけど」

「不愉快だ。さっさと死んで」


 こう言うとギオは地上にいる兵士たちに手で合図を送りながら乗っていた魔獣に地上に向かう様に指示を出した。

 これに対してすぐにギオを追いかけたかったラシュプスだったが、今のラシュプスはそこまでうまく空を飛ぶことができない。


 先程の飛翔も飛んだというより急上昇しただけというのが正確なところで、ギオのいた高さまで上昇した後は足の裏から炎を噴き出し続けて滞空していたが火球を創り出すのとは比べ物にならない程魔力を消費してしまった。


 そのため地上戦はラシュプスとしても望むところだったが着地についてはかなり不安があり、ラシュプスは少し躊躇ちゅうちょしてしまった。

 しかし敵の目の前で徐々に減速しながらゆっくり降下するなどという無様なことをするのはできれば避けたかったので、ラシュプスはしかたなく全力で地上へと向かった。


 その結果着地というより落下する形で地上に戻ったラシュプスは体を地面で強打し、その後炎が燃え上がるとラシュプスは何事も無かったかの様に立ち上がった。

 そしてラシュプスがギオの姿を探すとギオの乗っている魔獣は兵士たちの頭上におり、それを確認したラシュプスはすぐに兵士たちに目掛けて火球を撃ち出そうとした。


 しかしそれより先に兵士たちがラシュプス目掛けて矢の雨を降らしてきたのでラシュプスはこの攻撃を炎の壁で防ぎ、その直後ラシュプスは後ろからの奇襲を受けた。

 この奇襲はギオの命令で地中に潜んでいた蛇の魔獣によるもので完全に不意を突かれたラシュプスは蛇に押し倒されてそのまま腹部を押し潰された。


 蛇の魔獣はギオが使役している魔獣の中では非力な方だったが、それでもその巨体を使っての押し潰しは人間の体など容易に潰せる威力を持っていた。

 実際蛇の魔獣の頭部はラシュプスの腹部にめり込んでおり、これを見たギオはラシュプスの死を確信した。


 敵が強力な能力を持っているならそれを使わせずに殺す。

 これは強力な『奇跡』持ちと戦う際の基本戦術で『奇跡』にかまけた敵程この方法で簡単に殺せる。

 魔王と思われる存在の出現には驚かされたがこれでこの騒ぎも終わりで、隊の編成が終わり次第再びエルフの森に兵士を差し向けよう。

 こう考えていたギオの前で激しい火柱が立ち上がると蛇の魔獣の首が一瞬で焼失し、まさかの光景に驚いていたギオの前でラシュプスはジオミスタと話していた。


「お手間をかけてすみません」

「いや、気にするな。どっちかって言うと俺の方が謝らないといけないし。悪かったな。初陣がこんな不利な状況で」

「この国での同胞たちの現状を考えるとしかたのない事だと思います。とりあえずは残りを片付けようと思うので失礼します」

「おお、がんばれよ」


 ジオミスタと別れた後、ラシュプスは左右の手のひらから炎を噴き出して加速するとギオと言葉を交わせる距離まで移動した。


「何をしたの?さっきの不意打ちは完全に決まってたはず」

「どうして敵に俺の能力説明しなくちゃいけないんだ?わけも分からないまま死んでいけ」


 こう言ってラシュプスが火球を撃ち出すと兵士たちは次々と焼け死んでいき、この光景を見てギオは歯噛みした。

 どうしてこんな化け物がいきなり現れるのか。


 せめてこの化け物が隣国のソーロンド教国に現れたのなら話に聞くあの女聖騎士の『奇跡』でたやすく打ち破れただろうに。

 自分たちの置かれた現状に頭を抱えたくなったギオだったが、ここで全てを投げ出すわけにはいかない。


 兵士を一人でも多くトリカサに逃がしてその後ソーロンド教国に援軍を頼む。

 この戦場を無事逃れた後でやらなくてはならないことを思い浮かべて何とか闘志を保ったギオは大声で兵士たちに指示を出した。


「全軍今すぐ撤退を!魔王の足止めは僕がする!急いで!」


 こう言うとギオは近くで待機させていた魔獣二体を引き連れてラシュプスに突撃し、これを見てラシュプスは楽しそうに笑った。


「ご立派な覚悟決めたところ悪いけど俺に一騎打ち受ける義理無いぜ?」


 こう言って自分を無視して後ろの兵士たちに火球を撃ち出したラシュプスにギオは怒号を飛ばした。


「止めろ!僕が相手だって言っているだろう!」


 魔獣の一体に火球を受け止めさせながらギオはもう一体の魔獣にラシュプスへの攻撃を命じ、二体の魔獣があっけなく焼け死んだ直後に腰に帯びていた剣をラシュプスに向けて投げた。

 この剣をラシュプスはあっさりとよけると再び兵士たちへの攻撃を始め、攻撃範囲にいた歩兵三千人以上を焼き殺してからようやくギオに視線を向けた。


「じゃあ、お望み通り一騎打ちといこうぜ?」


 このラシュプスの発言を受けてギオが腰に手を伸ばしたのと同時にラシュプスの後ろから剣が飛来し、この剣の飛来に全く気づいていなかったラシュプスの体を剣はたやすく貫いた。

 その後剣は地面に落ち、自分の腹部に手を伸ばしながらラシュプスは苦笑した。


「やれやれ、不意打ちが好きな野郎だぜ」


 こう言って呆れた様な表情を浮かべたラシュプスの体には傷一つ無く、何が起こったかを逃さず見ていたギオは驚きながら口を開いた。

「体を炎に変えられるのか……」


 先程ラシュプスの体が剣に貫かれた瞬間、傷口とその周囲が燃え上がるのをギオは確かに目撃し、その直後ラシュプスの体が元通りになったことも確認した。

 体そのものを炎に変えて攻撃を無力化できる敵などどうやって倒せばいいのか。


 しかも二度の不意打ちを無効にしたことからおそらくこの炎への変化は自動で発動する能力で、これが正しいならこの魔王を倒す方法は存在しないということになる。

 ここまで考えて絶望しかけたギオだったが、これまでのラシュプスの言動から思い浮かんだ疑問をラシュプスにぶつけてみた。


「確かにすごい能力だけどその能力を最初から使っていれば火の操作なんて面倒なことをする必要は無かったはず。何か制限があるんでしょ?」

「ああ、ご明察だ。これ超疲れるからできれば使いたくないんだよ」


 ラシュプスがこの世界に転移した際に手に入れた能力はあくまでも火の発生と操作で、体を炎に変える能力はこのおまけに過ぎない。

 ラシュプスは能力と同時に能力を使うために十万の魔力を与えられていたのだが、体の炎化は一秒で魔力を百も消費する大変燃費の悪い能力だった。


 体全体を炎に変えても一部だけを炎に変えてもこの消費魔力は一定で、一日に回復する魔力が一万であることを考えると体の炎化はあまり気軽に使える能力ではなかった。

 せめてもの救いはこの能力が自動で発動するのは致命傷を負った時だけという点で、先程の蛇の魔獣の最初の攻撃がこの能力で無効にならなかったのはこれが理由だった。


 ラシュプスはこうした細かい数字こそ把握していなかったが体の炎化を好き勝手に使っていたらあっという間に魔力が底を尽きることは体感から分かっていた。

 しかし例え冥途の土産だとしてもこうした細かい事情までギオに説明する義理はラシュプスには無かったのでとりあえずギオを殺すことにした。


「この能力まで使わされるとは思ってなかったから驚いたぜ。悪いけどこれから忙しくなるから死んでくれ」


 こう言ってラシュプスが撃ち出した火球にギオは火薬の入った袋を投げつけ、その直後周囲に爆音が響き渡った。


「うわっ!何だぁ?」


 突然の爆音にラシュプスは驚いたがこれによるダメージはほとんど無く、爆発が収まった時にはギオとギオを乗せた魔獣の姿は無かった。

 この短時間でそう遠くに行けるはずがないと考えたラシュプスは辺りを見回し、すぐに上空に逃げる魔獣の姿を見つけた。


 それ程距離も無かったためラシュプスが火球を撃ち出すと程無く火球は魔獣に命中し、落ちて来た魔獣の死体を確認してラシュプスは驚いた。

 落ちて来たのは魔獣の死体だけだったからだ。


「……嘘だろ。この短時間で逃げられるはずが……」


 こうつぶやいた直後、ラシュプスは先程蛇の魔獣が地面に開けた穴を見つけてすぐにその穴の中に炎を放った。


「これで生きてたらしょうがないな」


 穴の中にまで入って確認する気が起きなかったラシュプスはこれでギオが生きていたら自分の負けだと考えながらこちらに向かって歩いていたジオミスタと合流した。

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