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炎の魔王の異世界進軍  作者: 紫木翼
1章
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ジオミスタ

「お出迎えとはありがたいな。せっかくだしこっちも全力で応えてやろうぜ」


 こう言ってラシュプスがジオミスタと兵士たちと共に視線の先にいる軍隊に近づくと翼長四メートルはある大きな鳥に乗った少年がラシュプスたちに近づいて来た。


「魔獣に乗ってるってことはお前が将軍様か?ずいぶん若いんだな」

「魔王に知っていてもらえるとは光栄だね。確かに僕がトリカサを任されている将軍、ギオだ」


 まだ二十歳そこそこにしか見えない男に将軍を名乗られてラシュプスは少し驚いたが、強ければ相手の年齢など関係無いと考え直して話を進めた。


「俺は今からこの先の街に行ってさらわれたエルフを助け出すつもりなんだけど大人しく通してはもらえないみたいだな?」

「ああ、陛下から任されている街に魔族を入れるわけにはいかないからね。後ろにいるささやかな軍隊共々魔王様にはここで死んでもらうよ」


 丁寧な口調とは裏腹に蔑む様な視線でこちらを見下ろしてくるギオを見てラシュプスは内心とても喜んでいた。

 無力な一般人を殺すのも嫌いではないがどうせ殺すなら明確な殺意をこちらに向けてくる敵を打ちのめす方がラシュプスの趣味には合っていたからだ。


「部下が少ないのはまだ魔王始めて一週間も経ってないんで大目に見てくれ。でも俺とこいつはそれなりに強いから退屈させることはないはずだぜ?」

「ふーん。それは楽しみだ。『奇跡』持ちの魔族を殺すのはもったいないけどさすがに部下二百人も殺した相手を見逃すわけにはいかないからね。死んでもらうよ!」


 こう言ってギオが地上の部下に合図を送ると地上のブファナ王国の兵士たちが動き出し、騎兵五百騎がラシュプスたち目掛けて突撃してきた。


「魔族風情が王を名乗るなど片腹痛いわ!軽く蹴散らしてやれ!」


 こう言って鎧袖一触でラシュプスを部下共々殺そうと突撃を始めた騎兵たちだったが、逃げ帰って来た兵たちからラシュプスの能力の範囲の広さは聞いていたので愚直に突撃したりはしなかった。

 騎兵たちは三つの集団に別れてそれぞれにラシュプスを目指し、これを見てラシュプスは不敵な笑みを浮かべた。


「ジオミスタ、左はお前に任せる!その後は後ろの奴らに突っ込め!」

「はっ!」


『騎士団』により召還された兵士たち全員を連れてジオミスタが騎兵百騎に突撃したのを見ても騎兵たちは突撃の速度を落とさず、このまま敵の兵士たちを全て槍で貫き、馬でひき殺してやろうと考えていた。

 死ぬ可能性が高い魔王の方に突撃せずに済んだ幸運を噛み締めていた騎兵たちを前にジオミスタはまるで警戒した様子を見せずにそのまま丸腰で前進を続け、これを見て騎兵たちの先頭にいた兵士は多少警戒した。


 後ろに従えた兵士たちと明らかに違う存在が自分たちをにらんでいたのだからこの兵士の態度は当然のもので、彼はジオミスタも『奇跡』を持っているのではと考えていた。

 しかし二日前の戦いでアークとディカが殺されたことで彼らの部隊に配属されていた『奇跡』持ちはギオだけとなってしまっていた。


『奇跡』持ちの数自体が少ない上にブファナ王国所属の『奇跡』持ちの多くが今も激戦が続くオーガの生息地に派遣されていたからだ。

 こうした事情から目の前の魔族が仮に『奇跡』持ちだったとしても今は通常の兵士たちががんばるしかなかったのだが、国境から離れている上に魔族との争いもほぼ終わっているトリカサの兵士たちは士気、練度共にあまり高くはなかった。


 そのためどうして自分たちがという思いを彼らはぬぐい切れずにいたが、それと同時に自分たちが負けるわけがないとも思っていた。

 一人で戦況を覆せる『奇跡』持ちなど軍にも数える程しかおらず、大抵の『奇跡』持ちは数の暴力の前には無力だったからだ。


 そのため彼らは訓練通りに戦いさえすれば大丈夫だと自分に言い聞かせながらジオミスタに突撃し、すぐにこれが実戦だということを思い知らされた。

 騎兵たちとの距離が五メートルを切った瞬間、ジオミスタが能力を発動したからだ。


 ジオミスタは能力を二つ持っており、その内の一つが剣や槍といった武器の生成だ。

 この能力によって創られる武器は切れ味がいいわけでもなければ頑丈なわけでもなく、人間が普通に作った武器と何ら変わらない武器だ。


 そしてジオミスタは能力で創り出した槍を正面にいた兵士目掛けて思い切り投げ、ただ投げられただけの槍を兵士は手にしていた槍で苦も無く叩き落した。

 この兵士はジオミスタが何も無い空間に槍を創り出す瞬間を見ており、その時は何と他愛も無い『奇跡』なのだと苦笑してしまった。


 しかしこの兵士の苦笑は一秒と持たず、ジオミスタの最初の標的となった兵士は最初に投げられた槍に続いて投げられた槍を何とか叩き落し、その後三投目の槍が胸に突き刺さり落馬した。

 ジオミスタの創れる武器の数に制限は無く、百騎もの敵があちらから近づいてくれるのだからジオミスタに狙いをつける必要など無かった。

 ただひたすら槍を創っては投げるだけで騎兵たちは次々と死亡、落馬していき、ジオミスタが騎兵たちの間合いに入るまでに二十人近くの兵士が殺されていた。


「よくも仲間たちを!」


 こう言って騎兵二人がそれぞれ左右からジオミスタを槍で貫こうとしたが、彼らの繰り出した槍はジオミスタの体に傷一つつけることはできなかった。

 ジオミスタの二つ目の能力は鋼の体で、ジオミスタの体は剣や槍はもちろん破城槌をまともに食らっても傷一つつかない硬度を持つ。


 その上ジオミスタは体重を五百キロまで増やすことができるので、兵士たちは思わぬ反動を受けて馬上で体勢を崩してしまった。

 その隙を逃さずにジオミスタは兵士二人に剣を投げつけ、彼らの死を確認することすらせず騎兵たちの中心に突撃した。


「私に続いて突撃しろ!馬は殺すなよ!」


 さすがに騎兵たちの中心に突撃して乱戦となったらジオミスタにも兵士たちを正確に狙う余裕など無く、何も考えずに動く物全てを剣で斬りつけるのがやっとだった。

 それでも見た目からは想像もつかない重さの存在が進路上にいるのだからジオミスタとぶつかるだけで騎兵たちは次々と落馬していき、あっという間に騎兵たちは戦線を維持できなくなった。


 そしてジオミスタに傷を負わされ、あるいは落馬して隙を作った兵士たちにとどめを刺すぐらいなら『騎士団』で召還された兵士たちでも可能で、ジオミスタが最初の騎兵を殺してから二分と経たない内にジオミスタが担当した騎兵たちは全滅した。


「まったく、馬は殺すなと言っているのに……」


『騎士団』で召還された兵士たちの知能はあまり高くなく大雑把な命令しか理解できない。

 このため『騎士団』で召喚された兵士たちは馬を殺すなと命令されているにも関わらず兵士を殺す時に勢い余って剣で馬を傷つけてしまっていた。


 ラシュプスからは馬はとりあえず五頭もいれば十分だと言われていたのでわざわざ止める程ではなかったが、それでもラシュプスから借りた兵士たちの頭の悪さをジオミスタは嘆かずにはいられなかった。

 しかし自分の主から借り受けているものに表立って文句を言うわけにもいかなかったので、ジオミスタはすぐに意識をまだ千人近く残っている歩兵たちに向けた。


 ギオと戦闘中のラシュプスが遠く離れた場所からついでの様に撃ち出している火球だけで歩兵たちは全滅しそうになっていたので、正直な話これ以上自分が動く必要は無いだろうとジオミスタは考えていた。

 しかし主に全てを任せるなど部下にあるまじき行為だったのでジオミスタは前進を続け、そんなジオミスタにギオが使役する魔獣二体が襲い掛かってきた。


 ラシュプスが兵士やエルフたちから聞いた話によると魔獣というのは巨大な獣や虫の総称で、魔獣が巨大になる原因は今も分かっておらずその体には大なり小なり毒性があるので食用には適していないらしい。


 今ジオミスタに襲い掛かろうとしている魔獣は巨大なムカデと猪で、いずれも体長が三メートルを超えているこの二体の魔獣を相手にしたら並の『奇跡』持ちでは苦戦は免れないだろう。

 しかしギオの『奇跡』についてあらかじめラシュプスから聞いていたためジオミスタは魔獣二体を相手にすることになっても全く動じず、比較的近くにいたムカデから殺すことにした。


 ジオミスタの左肩を食い千切ろうと噛みついたムカデだったが巨大とはいえムカデのあごの力程度でジオミスタの鋼の体に傷がつくわけもなく、何とか牙を食い込ませようとしているムカデを自由にさせたままジオミスタは創り出した槍をムカデの頭部に突き刺した。


「ん?しぶといな」


 槍が頭部を貫通したにも関わらずまだ動き続けるムカデを見てジオミスタはわずかながら面倒そうな表情を浮かべ、ムカデに刺さったままの槍を力任せに動かした。

 これよりようやくムカデは息絶え、ジオミスタがムカデに刺さっていた槍を消したのとほぼ同時に猪がジオミスタに激突してきた。


 単純な重さだけならジオミスタにも負けていなかった猪だったがそれでもジオミスタを吹き飛ばすまでには至らず、普通の人間なら原形も留めずに吹き飛ばされる程の衝撃を受けたジオミスタは落ち着いた様子で剣を創り出して猪の左眼に突き刺した。

 ジオミスタの腕力は人間と大差が無いため巨大な猪に深々と剣を刺すとまではいかず、ジオミスタは猪に押されながら自分の腕を金づち代わりにして剣を猪に打ちつけていった。


 ここまでされたら通常の魔獣なら一目散に逃げていただろうがギオに使役されている魔獣に自分の意思は無く、ギオが新たに指示を出さない限りは最初の指示に従い続ける。

 このため猪は左眼から流血しながらもジオミスタを押し潰そうとし、そんな猪を見てジオミスタは憐れむ様な表情を浮かべた。


「主が無能だと苦労するな」


 この点に関しては魔獣に心底同情しながらジオミスタは新たに槍を創り出し、この槍を猪の額に突き刺して猪を殺した。

 そして魔獣が倒されるのと同時にジオミスタと兵士たちにブファナ王国の兵士たちは矢の雨を降らせ始め、これを受けてジオミスタは兵士たちに後退を指示した。


「そのままそこで待機して私が敵と戦い始めて一分経ってから突撃しろ!」


 ラシュプスからは『騎士団』で召還した兵士は全て使い潰していいと言われていたがこれから先のことを考えると人材を無駄に消耗する訳にもいかず、この矢による攻撃で兵士が四十体近く倒されたのはジオミスタにとっては致命的な失敗だった。


 幸い敵の兵士の強さはそれ程でもないので自分ががんばって少しでもこちら側の兵士の損耗を減らさなくてはならない。

 こう考えながらジオミスタは矢が降り注ぐ中を涼しい顔で前進し続けた。


「武器が効かないぞ!」

「押し倒して取り押さえろ!」


 後方に控えていた歩兵たちとジオミスタが戦い始めてしばらくの内は兵士たちはジオミスタの鋼の体に手も足も出ずに殺されていった。

 しかし『奇跡』が存在する世界の兵士たちにとって異能を持った敵への対応など極当然の心得で、ジオミスタが兵士を二十人も殺さない内にすぐに情報は共有されて兵士たちはジオミスタを取り押さえようとした。


 自分の命と引き換えにジオミスタを押し倒して後続に繋ごうという勇敢な兵士も何人かいたのだが、体重が百キロにも満たない人間の突進などジオミスタにとってはそよ風の様なもので彼らは無防備な背中を剣で貫かれるだけに終わった。


「これならどうだ!」


 ジオミスタを押し倒すことすらできないと知った兵士の何人かが鎖を持ち出してジオミスタを束縛しようとし、兵士数十人の命と引き換えに稼がれた時間を使い彼らは二本の鎖でジオミスタを縛り上げることに成功した。


「なるほど、異能持ちとの戦いに慣れているな」


 無理に引き倒そうとせずに足止めに徹しようとしている兵士たちをジオミスタは素直に称賛したが、このまま棒立ちしているわけにもいかなかったのでラシュプスに連絡を取った。

 ラシュプスと魔王の眷属はどれだけ離れていても交信を行え、ラシュプスがその気になれば眷属を瞬時に手元に呼び出すことができた。

 これにより束縛から逃れたジオミスタはラシュプスに礼を述べると近くにいた馬に乗りすぐに元いた場所に戻り兵士たちに声をかけた。


「同胞たちを虐げていたお前たちをほめるのはしゃくだがなかなかやるじゃないか。だがこれ以上初陣で恥をさらすわけにはいかない。もう油断はしないぞ!」


 兵士たちはジオミスタがどうやって束縛を逃れたのか理解していなかった。

 このため武器の生成、鋼の体、その上転移までできるジオミスタを前に兵士たちは戦意を保てなくなり、ラシュプスが降らせてくる特大の火球や『騎士団』の兵士の存在、そしてギオの劣勢もありジオミスタが担当していた右翼側の兵士たちは逃走を始めた。

 逃走する兵士たちを前にしたジオミスタは敵の兵士が逃げ出したら深追いはしなくていいとあらかじめラシュプスから言われていたため兵士たちを引き連れてラシュプスのもとに向かった。

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