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炎の魔王の異世界進軍  作者: 紫木翼
1章
3/147

把握

 兵士たちが放った無数の矢が迫る中、ラシュプスが全く焦った様子を見せずに魔法を発動するとラシュプスの両手から大量の炎が生み出され、これにより創り出された炎の壁によりラシュプスに迫っていた矢は全て焼き尽くされた。

 幅五メートル、厚さ二メートル程の炎の壁を瞬時に創り上げたラシュプスを前に兵士たちは逃げることも忘れて呆然とし、そんな兵士たちを前にラシュプスは笑みを浮かべながら口を開いた。


「新しい能力なんて紛らわしい言い方するから気づくのが遅れたぜ。どうやら俺の魔法が強化されてるみたいだ」


 以前のラシュプスは直径一メートル程の火球を立て続けに創り出すことなどできなかった。

 しかし今では呼吸する様な気軽さでこの程度の火球なら創り出すことができ、今のラシュプスならもっと強力な攻撃も行えた。


 異世界への転移などという特別な状況下にいたせいか気づくのが遅れたが自分の魔法が強化されていると自覚すればそれが攻撃に反映されるのは早く、ラシュプスは直径十メートル程の巨大な火球を数秒で創り出すと兵士たち目掛けて撃ち出した。


 ラシュプスが巨大な火球を創り出した時点で兵士たちは我先に逃げ出したがすでに手遅れで、ラシュプスが巨大な火球を十発程撃ち出しただけでディカと兵士数人を残してこの場にいたブファナ王国の兵士たちは全滅した。


「逃げるなよ?お前らはわざと殺さなかったんだ。俺の質問に答えたらお前らは無事に帰してやるよ」


 ディカたちにこう忠告するとラシュプスは炎に包まれて絶叫をあげながらのたうち回る兵士たちを見て心底楽しそうに笑い、やがて兵士たちが息絶えると再びディカたちに視線を戻した。


「まさか貴様、魔王か?」


 人間たちに虐げられている魔族の間で噂されていた魔族たちの救世主。

 それが魔王だ。

 もちろんこれまで魔族を殺してきた人間たちは魔王の存在など信じておらず、居もしない救世主にすがる魔族たちを嘲笑っていた。


 しかしこうして他の魔族と比べ物にならない力を持つ存在を目の当たりにしてはディカも魔王の存在を信じるしかなく、部下共々警戒と恐怖が入り混じった視線を自分に向けるディカの発言を聞きラシュプスはディカに質問をした。


「聞きたいことはたくさんあるんだがまずその魔王っていうのは何だ?」

「質問に答えれば本当に私たちを見逃すんだろうな?」

「ああ、そもそも話聞けって言ってるのに攻撃してきたのお前らじゃねぇか。俺は紳士だからむやみに人を殺したりはしねぇよ」


 兵士二百人近くを殺しておきながらよくもぬけぬけととディカはラシュプスに怒りを覚えたが先程見せられた力を考えるとここで自分が意地を張っても意味が無い。

 今は目の前の魔族の脅威を街に帰って上司に伝えることが大事だと考えたディカは怒りを押し殺して自分が知っている魔王についての噂を目の前の魔族に伝えた。


「なるほど、……魔王か。まあ、それはとりあえず置いとくとしてお前らが言ってた『奇跡』っていうのは何だ?」


 このラシュプスの質問を聞きディカはどう答えるべきか悩み、これを受けてラシュプスはディカに助言をした。


「別に俺、お前らを全員殺して街に行って話を聞いてもいいんだぞ?質問に答えない情報源なんて生かしとく必要無いし」

「分かった。答えるから落ち着いてくれ」


 こう言ってディカが始めた説明によると『奇跡』というのはこの世界の人間の一部が使える異能のことで、先程殺されたアークの場合は『どんな物でも固体の様に踏むことができる』という『奇跡』を持っていたらしい。


 ディカの『奇跡』は両腕を刃に変えることで『奇跡』の持ち主は一つの国に百人もいないらしい。

 今後のことを考えるとここでブファナ王国の軍に所属する『奇跡』持ちの情報を聞き出すべきなのだろうが、それをすると今後ブファナ王国と戦うことになった際の楽しみが薄れてしまうのでラシュプスは『奇跡』についての質問はこれで終わりにした。


「じゃあ、後は魔族についてか。この魔族っていうのは総称だろ?えーっと、今お前らが捕まえてるエルフの他に、後はオーガとラミアだったか?他にはどんな魔族がいるんだ?」

「お前はこの国の出身ではないのか?お前がどこ出身かで説明も変わってくる」

「あー、そうだな。ついさっき魔王として生まれたばかりだから強いて言うならこの森出身だけどこの辺りの地理とかは全然知らないと思ってくれ」


 神の部下に言われて別の世界から来たなどと正直に話しても話の腰を折るだけだと考えてラシュプスは適当に嘘をつくことにし、ラシュプスの事情など知る由も無いディカはこのラシュプスの説明を信じたようだった。


「この国にはお前の言うオーガとラミア、そしてエルフ以外の魔族はいない」

「その説明が嘘だった場合、俺次に見つけた街の人間意味無く皆殺しにするけど大丈夫か?」

「問題無い。何も嘘などついていないからな」


 ディカは自分が知っている近隣諸国の魔族の情報などをラシュプスに話していなかったが、ブファナ王国に生息している魔族がエルフ、オーガ、ラミアの三種類だけというのは本当のことだった。

 このためディカはラシュプスの質問に即答でき、そんなディカを見てラシュプスは少し考え込んだ。


 おそらく他にも聞かなくてはならないことはたくさんあるのだろうがこの世界に来たばかりのラシュプスではどんな質問をすればいいのかがまず分からなかった。

 このためラシュプスは最後にある質問をしてからディカたちを解放することにした。


「お前らの檻の中にエルフの他にでかい動物とか虫がいたけどあれ食うのか?」


 この時点ではラシュプスはまだ人間と魔族どちらの側につくか決めかねており、人間側につく方向で動こうとしていたラシュプスの考えを変えたのがこの檻の中身だった。

 檻の中にいた動物や虫はいずれも体長三メートルを優に超えており、ラシュプスの常識からすれば大き過ぎたが魔族という存在がいる世界なのだからそれ自体は別に構わない。


 問題はこれらを食用として彼らが捕えていた場合だ。

 ラシュプスはこの世界でも戦いや破壊を楽しむつもりだったがそれらをある程度我慢してでも何らかの勢力に属そうと考えていた。


 その最大の理由の一つが衣食住の確保で最悪の場合衣と住は妥協してもいいが食に関しては最低ラインというものがあった。

 もしこの世界の人間が巨大な虫を常食しているというのなら魔族側につくことも選択肢に入れようとラシュプスは考えておりこの質問をしたのだが、ラシュプスのこの質問に対するディカの反応が鈍かったのでラシュプスは火球を創り出してディカの上半身を焼き尽くした。


「はあ、後この質問に答えてくれりゃ解放するって時にどうしてうぜぇことするかな。後一回しか聞かねぇぞ?あの虫は食うのか?」


『奇跡』持ちの上官二人があっさり殺されたことで兵士たちの心は完全に折れており、兵士の一人はすぐにラシュプスに魔獣を捕えていた理由を説明した。


「違います!私たちの上司が魔獣を操る『奇跡』を持っているのでそのために捕らえました」

「ああ、なるほど。……こんなこと隠そうとして殺されたのか。馬鹿な奴。……もう行っていいぞ。ちゃんと俺が話が通じる魔族だってことお前らの上司や同僚に伝えといてくれよ?」


 こう言ってラシュプスが兵士たちから視線を外すと生き残っていた兵士たちは一目散にこの場から逃げ出し、そんな兵士たちに目もくれずにラシュプスはエルフたちが捕まっている檻へと向かった。


「魔王様、この度は私たちを助けて下さりありがとうございました」

「……ああ、気にするな。むしろ悪かったな。助けに来るのが遅くなって」


 捕えられていたエルフを代表して一人のエルフがラシュプスに礼を述べた瞬間、ラシュプスの体内である変化が起き、このため返事が一瞬遅れたもののラシュプスは心底エルフたちに同情している魔王という仮面を被りながらエルフたちとの話を進めた。


 この時点でラシュプスは魔族側につくことをほぼ決めており、エルフたちにいくつか質問をしてエルフの食生活が人間と大差無いことを確認して完全に魔族側につくことを決めた。

 ここでエルフが虫や人間の丸焼きを食べていますなどと答えていたらラシュプスはエルフを殺しこそしないまでも見捨てていたので、双方共に満足できるやり取りを終えた後ラシュプスは今後についての話し合いをエルフたち相手に続けた。


「お前ら見たところ人間と大差無いみたいだけどどうして魔族なんて呼ばれてるんだ?」


 ラシュプスからすればエルフは耳が長いこと以外は人間と大差無く、そのためエルフが人間から迫害されているのをラシュプスは不思議に思った。

 そんなラシュプスの質問を受けて目の前のエルフは怒りに顔を歪めた。


「人間たちが考えていることなんて分かりません。私たちが生まれるずっと前から人間たちはこの森に来て私たちを殺してさらっていくのです」


 ブファナ王国がエルフを魔族扱いしているのはそうしないと商品として売れないという人間側の都合によるものだったのでエルフたちに分かるはずもなかった。

 こうした事情を知る由も無いラシュプスだったが、エルフたちが近くの街の名前や他の魔族の生息地も知らないことからエルフたちがこの世界についての情報源としては不合格だということにはすぐに気づいた。

 これ以上の情報は人間の街に行って手に入れるしかないだろうと考え、ラシュプスは今後のことを落ち着いて話すために助け出したエルフたちと共に森へと入っていった。


 ブファナ王国の兵士と戦った二日後、ラシュプスは武装した兵士二百人を従えて街道沿いを進んでいた。

 この兵士たちは形こそ人に近かったが全身黒ずくめの人型の物体が剣と盾を持っているだけの存在で、これらの兵士はラシュプスがエルフを助けた際に獲得した能力、『騎士団ナイツ』で召還した兵士たちだった。


『騎士団』は一日に百体の兵士を召還する能力で最大で五千体までしか召還できないという制限こそあったが兵力が足りていない今のラシュプスにはありがたい能力だった。

『騎士団』で召還した兵士を助けたエルフたちの護衛として百体も残してきたことをラシュプスは少しだけ後悔していたが、今さら迎えに行くのも面倒だったので諦めるしかなかった。


 この世界に来た際にラシュプスの体に起こった変化は神の部下を名乗っていた少女の仕業ではなく、また魔王という存在も単なる魔族間の噂話というわけでもなかった。

 人間に虐げられてきた魔族の負の感情が集まって生まれたのが魔王という存在で、本来なら魔王という存在が単独でこの世に生まれるところだったのだがこの時期とラシュプスのこの世界への転移の時期が重なったためラシュプスに魔王の能力だけが発現するという形で魔王が生まれた。


 こういった事情をラシュプスは知らなかったが特に考えや性格に変化が出た様子も無かったので異世界人としての能力とは別に魔王の能力も獲得したことをラシュプスは素直に喜んだ。

『騎士団』獲得時に手に入れた知識によると助けた魔族の種族が増える度に能力が増えるらしいので精々頼れる魔王様を演じながらこの世界を楽しもうとラシュプスは考えていた。

 そしてエルフを助けた際に手に入れたものはもう一つあり、それは今ラシュプスの隣を歩いていた。


「多分街に行ったらそのまま戦いになるだろうからよろしく頼むぜ」

「はい!少しでも魔王様のお力になれるようがんばります!」


 意気込んだ様子でラシュプスに返事をしたのは魔王の眷属のジオミスタで、ジオミスタは肌や髪が銀色という点を除けば人間の成人男子と大差無い見た目をしていた。

 しかしジオミスタの戦闘能力はなかなか高く『騎士団』で召還した兵士たちの戦闘力があまり高くないこともありラシュプスはジオミスタにそれなりに期待していた。


 兵士たちから聞き出した街の位置から考えると街に着くまでには後三日はかかるとラシュプスは考えており、こんなことならあの時馬を何頭か奪っておくのだったなと後悔しながら街道を進んでいた。

 しかし幸いと言っていいかは分からないがラシュプスたちがブファナ王国の軍と二度目の戦いをするために後三日も歩く必要は無かった。

 ラシュプスたちの進路上に近くの街、トリカサから出陣してきたブファナ王国の兵士五千人が待ち構えていたからだ。

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