異世界転移
初めましての方もそうでない方もこの作品を読んで下さりありがとうございます。
この作品は主人公が気軽に人を殺す作品ですのでご注意下さい。
初めて書くタイプの主人公なのでブレーキの踏みどころを間違って不快にさせてしまったらすみません。
タギュマ王国に雇われて敵国の街や村を次々に攻め落としてきた傭兵団の団長、ラシュプスは後ろ手に縄で縛られ、これまで共に進軍してきた隊を率いる将軍のいる天幕で兵士二人がかりで押さえ込まれていた。
「お前のやり方は目に余る。降伏した兵まで焼き殺すお前のやり方には味方からも多くの批判が出ていてこれ以上は見過ごせないと我々は判断した。二時間後にフミーダ王国にお前の身柄を引き渡す」
この将軍の説明を聞きラシュプスは嘲笑を浮かべた。
フミーダ王国というのはタギュマ王国が三年近く戦争を行ってきた国で、この戦争は二日前にタギュマ王国の勝利で終わっていた。
この戦争におけるラシュプスの活躍は自他共に認めるものだったが腕の立つ傭兵、しかも敵国の兵士を不要に殺した傭兵など戦争が終わったら用済みという事で、勝ったと言え辛勝だったタギュマ王国としてはフミーダ王国に手土産の一つでも差し出したいという事だろうとラシュプスは怒りと共に納得した。
よそ者を用済みだからとあっさり切り捨てたタギュマ王国の軍にラシュプスは怒りを覚えたが、いくらラシュプスが腕に覚えがあるといってもこの状況ではさすがにどうしようもない。
ラシュプスは既に自分の生存は諦めていたが一つだけ気になったことがあった。
「俺の部下はどうなる?」
お世辞にも品行方正とは言えない部下たちだったが長年共にやってきた彼らが自分の巻き添えで殺されるとなるとラシュプスもさすがに気がとがめ、そんなラシュプスの質問に将軍はつまらなそうな表情で答えた。
「フミーダ王国への手土産はお前だけで十分だ。お前の部下は今頃殺されているだろう」
貴族の次男か三男だったと聞いた覚えがある痩せぎすの将軍の蔑む様な表情を受けてラシュプスは獰猛な笑みを浮かべた。
「そうかい。それを聞いて安心したぜ。……じゃあ、後は俺がお前を殺して終わりだな!」
こう言うとラシュプスは魔法で手のひらに火球を創り出すと左腕の先ごと縄を焼き切り、ラシュプスがこの様な方法で束縛から逃れると思っていなかった兵士たちは突然の火球に驚いてラシュプスから距離を取ってしまった。
いざとなったら兵士たちを蹴飛ばしてやろうと考えていたラシュプスは兵士たちの根性の無さに呆れながら左手と背中に負った火傷など気にも留めずに将軍との距離を詰めた。
将軍の隣にいた軍の幹部たちが驚きながらも腰に帯びていた剣を抜く中、実戦経験など皆無の将軍は突然のできごとに何もできずにただ顔を青ざめていた。
こんな男と刺し違えないといけないことに不快感を覚えながらもラシュプスは前に進み続け、予定通り将軍の顔に新たに創った火球を叩き込んでやった。
ラシュプスの全力の火球を顔にまともに食らった将軍は二秒も持たずに死に、その直後ラシュプスは目の前にいた軍の幹部二人の振るう剣を回避すると幹部の一人を殴り飛ばして剣を奪った。
そしてその剣でその場にいた四人を殺したラシュプスが天幕から出ると外には武装した兵士五十人程がいた。
「やれやれ、俺もここで終わりか」
さすがにこれだけの数の兵士を正面から相手にしては勝ち目は無く、こうなったら派手に暴れて死んでやろう。
こう考えながらラシュプスは剣を手にして兵士たちへと突撃し、兵士を何人か斬り殺した後体中に痛みを感じて死を迎えた。
そして死を迎えた直後、ラシュプスは見たこともない場所におり、自分で焼いた左腕や背中も含めて傷一つ無い自分の体を見て驚いた。
壁も床も等間隔で設置されている柱も全て純白のこの場所はラシュプスの知っている言葉で表すなら城や宮殿という言葉がふさわしい場所だった。
もっとも多少名が売れていたとはいえ一傭兵に過ぎないラシュプスに城や宮殿に行った経験など無く、何の根拠も無い感想を抱きながらラシュプスが視線を動かしていると一人の少女の姿が視界に飛び込んできた。
「誰だ、お前?」
死んだと思ったらまるで見覚えのない場所におり、その上十歳になっているかも疑わしい少女がこちらを見ているという状況に混乱しながらラシュプスはとりあえず目の前の少女の正体を尋ねた。
このラシュプスの質問に少女は先程から浮かべていた笑みを崩すことなく答えた。
「私は神々に仕える者の一人です。名前はありません。ご不便かも知れませんがそれ程長い付き合いにはならないと思いますので我慢してもらえると助かります」
「ふーん。神の部下ねぇ、俺って死んだんだよな?」
自分を神の部下と名乗る少女の戯言をラシュプスは全く信じておらず、とりあえず一番気になっていたことを尋ねた。
「はい。ラシュプス様は上司を含む二十三人を殺した後残っていた兵士に殺されてちゃんと死にました」
「ふーん。じゃあここはあの世ってわけだ。本当にあるとは思わなかったぜ」
信仰心などかけらも持ち合わせていないラシュプスは天国や地獄の存在を信じていなかったが実際に体験した以上信じるしかなかった。
といってもどう考えても自分は地獄行きだとラシュプスは考えていたので今後のことにはあまり興味が無く、どちらかというと少女の発言の自分が天幕から出た後に二十人近くの兵士を殺したという部分に関心を持っていた。
天幕から出た後は後先考えずに暴れただけなのだがその状況でさらにそれだけの兵士を殺すなんてさすがは俺だ、とラシュプスが自画自賛していると少女は真面目な表情で話を進めた。
「あなたは地獄には行きません。このまま別の世界に行ってもらいます」
「別の世界?」
少女の発言を聞き名前しか知らない遠くの国の名前をいくつか思い浮かべていたラシュプスだったが少女はこのラシュプスの予想を否定した。
「先程までラシュプス様がいた世界に戻すわけではなく全く別の世界に行ってもらうつもりです。ですから自分を裏切った国に復讐したいと思っているならそれは諦めて下さい」
「ふーん。さすが神の部下。俺の考えてることぐらいお見通しってわけだ」
先程もそうだったが完全に自分の考えを読み取っているとしか思えない発言をした少女にラシュプスは驚いた様な表情を向け、その後当たり前の様に少女に向けて火球を二発撃ち出した。
ラシュプスの撃ち出した火球は二発とも少女に命中したが、火が収まった後には服すら焼けていない無傷の少女の姿があった。
「話を続けてもいいですか?」
「ああ、頼む」
ラシュプスが少女に火球を放ったのは少女が超常的な存在かを確認するためでラシュプスに少女への敵意はほとんど無く、これを少女は理解していたのでラシュプスの攻撃を受けても全く表情を変えることはなかった。
「先程も言いましたがラシュプス様にはこれから別の世界に行ってもらいます。別の世界という言い方が分かりにくければ船で千年かけてもたどり着けない程遠くの大陸だと考えて下さい」
「……どうしてわざわざそんなことするんだ?もしかして死んだ人間って全員別の世界とやらに送られるのか?」
ラシュプスは自分が傭兵としては優秀な部類に入ると自負していたが、自分が神の部下に特別扱いされるような存在だとまでは思っていなかった。
そんなラシュプスの疑問を受けて少女は再び笑みを浮かべた。
「死んだ人間全員を異世界に送っているわけではありません。送り込む世界との相性や送り込む人間の性格などを考慮して選ばれた人間だけを私たちは送り込んでいます」
「俺、戦争ぐらいでしか役に立たねぇぞ?」
何やら妙な方向に話が進みそうになり思わずラシュプスは少女の話に口を挟んだが、少女はそんなラシュプスに安心するように伝えた。
「それは問題ありません。今からラシュプス様が行く世界でも人間同士が戦争をしていますからきっとラシュプス様が退屈することはないと思います」
「……なるほど、じゃあ、いいや。さっさと別の世界とやらに送ってくれ」
考えてみれば一度死んだところを蘇らせてもらった時点でラシュプスとしてはもうけもので、これで目の前の少女に感謝する程ラシュプスは素直な性格ではなかったがこれ以上ここで話を続けても無意味だと考え始めていたので話を終わらせに入った。
このラシュプスの考えを少女は読み取っていたが少女にラシュプスの都合に合わせる義理は無かったのでそのまま話を進めた。
「後二点説明が残っていますのでもう少しお待ち下さい。まず私たちは異世界に送り込む方たちには能力を贈ることにしています」
「能力?お前の相手の考えてることが分かるみたいな感じのか?」
「どういう能力になるかはラシュプス様の素質や送り込まれた世界により決まるので異世界に行くまで分かりません」
こう言うと少女は手のひらに蒼い光球を創り出し、この光球はゆっくりとラシュプスの体に吸い込まれていった。
光球が中に入った後もラシュプスの体には何の変化も無かったが、少女の説明通りなら異世界とやらに行ったら何かしらの変化があるのだろうと考えてラシュプスはとりあえず能力とやらのことは忘れることにした。
「最後に今からラシュプス様が行く世界について簡単にですが説明させていただきます。これからラシュプス様が行く世界は人間の他にオーガやラミアといった人間以外の種族が存在していて彼らの多くが人間たちによって滅ぼされようとしています」
「まさかそのオーガとかいう連中助けろって言うんじゃねぇだろうな?」
目の前の少女が完全な善意で自分を助けたとはラシュプスも思ってはいなかったが人助けなど冗談ではない。
もしそれが条件なら異世界行きを断ろう。
こう考えていたラシュプスが口を開くより先に少女がラシュプスに話しかけてきた。
「私はラシュプス様を異世界に送って以降は一切の干渉をしません。ですから現地の人間と手を組むのも他の種族と手を組むのもラシュプス様の自由です。もちろん誰とも手を組みたくないというのならそれでも構いません」
これから異世界に送り込む人間のやる気をあえて奪うこともなかったので少女は言わなかったが、どれだけ強力な能力を与えられたとしても一人の人間が世界に与える影響など神々からすれば誤差に過ぎない。
そのためラシュプスが誰からも尊敬される英雄になろうが残虐非道な悪人になろうが少女としてはどうでもよかった。
ラシュプスの行動があまりに目に余るようなら別の人間を追加で送り込んで調整するだけだったからだ。
こうした考えをおくびにも出さず少女は笑顔をラシュプスに向け、これに対してラシュプスも何も言わなかったため二人の話は終わりラシュプスは異世界へと送られた。
ラシュプスが異世界に転移してラシュプスの能力が確定した瞬間、少女はわずかながら驚いた様な表情を浮かべた。
今回ラシュプスが獲得した能力はある意味ラシュプスらしい能力だったが、それとは別に予想外のことが起きたからだ。
こちらが同じ時期を狙って送り込んだとはいえできれば別々に存在して欲しかったのだが、こうなった以上少女としては何の干渉もできない。
後はなるようになるだろうと考えて少女はいざという時に新たに送り込む人間の選定を始めた。