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第1章①~④

 横田が汚れたトラックの洗車を終わらせて帰り支度をしているときに、運転手仲間の木田が横田の傍まで来ると「横田」と呼びかけた。

「爺さんの食堂に新しいパートさんが来たんだ。その人なんだけど…」

胸のふくらみを手で表し、にんまりと笑いながら

「これだよ」と、嬉しそうに言った。

「で?」と横田は一言呟く。

説明を促す横田の様子を見て、木田は再び喋り始める。

「若くはないけどさ。けど、お前と同じくらいの歳の人だな。誰かの奥さんだと思うよ。爺さんが奥さん、って呼んでいたから」

肝心の容姿の評価が抜けていた。横田は自分の顔を軽く叩いて木田の感想を求めた。

「大事なのはここじゃないの?」

「顔か……俺は好きだな。今付き合っている女が居なければ仲良くなりたい顔だね」

木田が言うので、横田は男好きのする顔を頭に浮かべた。

 横田と木田は「いい女だ!」と合唱するように声を出し合うことが以前からあり、女の好みが似ている。ちなみに木田は横田より三歳ほど年上だったので三十三歳くらいで、横田は六月に三十歳になったところだ。だから新しいパートさんは三十歳といったところか。



 この時の木田との会話でその女性のイメージが横田にはある程度は浮かんだ。今日の夕食はその店で摂ろうと横田はまっすぐに爺さんの食堂に足を向ける。爺さんの食堂は久しぶりだったが今回はお目当ての奥さんが居るらしいので横田の足は軽い。

 夏場に入っているので夕方と言っても陽は明るいが、店内の照明は外の明るさには負けてはいない。横長の蛍光灯が明るい光を放っている店内に横田は暖簾を分けて入って行った。

 大衆食堂は昼間の食事時間帯で稼ぐ。勤め人が相手なので夜は家庭で食事をする人が大半だから横田が入って行った時間には三人組が居るだけで他は空席ばかり。だから三人の客も含めて、一斉に入ってきた横田に顔を向けた。

「やぁ、横ちゃん、お久しぶりねぇ」

すぐに声を掛けてきたのは以前から働いている五十歳は過ぎている店員の柴田さんだ。

「とりあえず、ビール」

横田はおばさんに告げてから、少し離れて立っているその女性を見た。柴田は横田の関心を察したのか、早口で奥さんを紹介する。

「この人、先週からお店を手伝ってもらっているの。ケイちゃんと呼んで」

それから顔を啓子に向き、

「こちら、横田さん。長距離のトラックの運転手さんでこっちに戻ってきているときはうちによく来るの」と説明した。


横田と啓子の最初の出会いは特に何かがあったわけでもなく、実際、啓子にとっての横田の印象は何もなかった。なにしろ、大衆食堂だから男客の配膳で疲れてひと息がついた帰宅前の出来事なのである。



 だが横田は違った。最初の時から啓子の動きを眼で追っていた。正確には啓子の胸や腰、そして仕事で疲れた顔の表情を熱心に見ていた。ハッとするほどの美人ではないが、眺めれば眺めるほど横田を惹きつける何かが啓子にはあった。

 それにしても彼女は「人妻」だ。変にちょっかいを出したら、この時世、世間から白い眼で見られて慣れた職場から追い出されてしまう。まぁ眺めるだけの関係で終わるだろうと横田は思い、観ているだけなら問題もないし、たまにこの食堂で相手をしてくれたら十分だと自分を納得させていた。

 そういうこともあって独身の横田の夕食は仕事で県外に出ない限り爺さんの食堂に行った。初めて会った日からほぼ毎晩通ったおかげだからなのか、啓子は横田を見ると笑顔を見せるようになった。

 横田の女経験は豊富だったので、女の笑顔でも挨拶程度か、好意を含んだ笑顔なのかの区別は出来る。その区別の確認が出来たところで横田はテーブルの片づけものを洗い場に運ぶ啓子に声を掛けた。

「奥さん!」

柴田のおばさんが言っていた「啓ちゃん」だと馴れ馴れしいからそれは避けた。



 ”奥さん”と呼ぶのは俺はあんたが旦那持ちだと知っているよ、という意味を含んでいる。それを察しつつ啓子が振り返るときにはどういう表情になっているのか……その瞬間の表情を横田は読もうとした。

 横田の呼びかけに対してその人はお馴染みさんに見せる笑いを含んだ顔で振り返った。これは横田には判断ができない。

 それでちょっと強引かな?と横田は思ったが、

「もうじき店は終わるんだから、座りなよ」

と前の席を見せた。啓子はそう言われても所詮はパートだからどうしていいか判らず、店の主人を見た。啓子の様子を横田は見て取ると調理場に向かって声を上げた。

「爺ちゃん!もう客は来ないんだから奥さんと一緒に呑んでもいいだろう ?」

調理場には柴田のおばさんと爺ちゃんが向き合ってどういう話をしているのか笑い声をあげていた。

その笑いを止めて爺ちゃんは

「いいけどさ、もう注文はしないでくれよ」

と、調理場からかすれた声で応えてきた。食堂の経営者でもある爺ちゃんがそう言っているので啓子としても断りづらく、椅子を引き寄せてとりあえずは横田の前に座る。すぐに横田は空いたガラスのコップを啓子に持たせ、ビールを注いだ。

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