第七十九話 ゼシュットの宿にて
「んーーーーー! 生き返るぅ~~!」
「うるさいぞ」
「いやぁ、やはりこっちの酒は格別じゃわい!」
御者が手続きを終えると、早速宿の者が夕食を用意してくれた。
陽も暮れた時間に飛び込んだわりに部屋も食事も手際よく用意され、恐らく普段からこういった客が多いのだろうと推測できる。
宿の一階が食堂になっているようで、他の宿泊客だろうか。
僕らと同じような者たちが同様に食事を楽しんでいた。
「おかわりもありますから、ゆっくり食べてくださいね」
女将が料理を並べながら教えてくれる。
「オー! ルカちゃん、おかわりするよね!?」
「い、いや。僕は……」
「なんじゃ、ルカ坊は小食なのか?」
「そういうわけでは……」
四人掛けのテーブルに並べられた料理の数々。
丸揚げされたたくさんの小魚、バジルソース添え。
野菜とピクルスの詰まったパン。
牛ひき肉のクロケットに野菜たっぷり水緑豆のスープ。
それぞれが人数分用意されている。
充分な量だろう。
僕がおかしいのか?
いや、御者も苦笑いしているからこの二人がおかしいに違いない。
「いっただっきまーす♪」
「どれどれ」
「いただきます」
温かな湯気が食欲をそそる。
僕はまず、スープを飲んだ。
「むっ。これは……」
「おいしーーーー!!」
いつかのスムージーと同じ、ほんのり青みがかった緑色のスープはとろっとろだ。
恐らく一度乾燥させていた水緑豆を半分は砕いて煮込み、残り半分と野菜を煮崩れするまでじっくり煮込んだスープ。ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、ソーセージ。
それぞれが邪魔せずも主張し、とろりとしたスープがまとめあげる。
美味しい。
なにより体の内からほっこりと安心感にも似た感覚がこみ上げる。
「こっちは酒のツマミにぴったりじゃワイ!」
「オレも食べるー!」
エドが勧めたのは、牛ひき肉のクロケット。
真ん丸……より少し長めの一口サイズの揚げ物。
さくっとした衣の中からはじわっとした肉汁が溢れ、ここの味付けはやや香辛料でスパイシーに仕上げてあった。
確かにビールとよく合うだろう。
「こちらも美味しいですぞ」
御者が勧めるのは丸揚げされた小魚。
小さ目なそれらは川魚だろうか?
尾をフォークで刺し全体にバジルソースをつけ口へと運べば、御者は満面の笑みを浮かべた。
「ふむ」
そして切れ目の入ったパンに、野菜とピクルスがたっぷり詰まったサンド。
揚げ物を食べた口をさっぱりさせると共に、パンでお腹も膨れるという優れものだ。
「──あっ」
「? どうした」
サンドを食べる僕を、ヴァルハイトが何か思いついた様子で見守る。
「ヤバイ。オレ、知ってはいたけど……。天才かもしれない……ッ」
「ほーう、なんじゃ?」
「どうせまた下らんことだろう」
「イーヤ! これにはルカちゃんもオレにひれ伏すね!」
なんだというんだ……。
「コレをこう」
「ほー?」
ヴァルハイトは自分の分のサンドを目の前に持ってきて、切れ目をさらに広げる。
「そんでもって、コレを──」
「!」
取り出したのはクロケット。
それをサンドの中に投入し、オリジナル料理を編み出した。……らしい。
「な、なッ、なんという!!」
「んまーーーー!!」
わざとらしくエドが驚けば、ヴァルハイトは力作に大満足のようだ。
「……はぁ」
「面白い方ですな」
御者が前向きに評してくれた。
「パンをスープに浸してもいい。野菜とも合いそうなソースなのは、小魚もそのように食べることを想定しているんだろう。お前の功績ではなく、全部を美味しく味わってほしいと願う宿の主人の賜物だ」
左奥のキッチンで作業する主人を見れば、爽やかな笑顔で返された。
「なるほど!? ごしゅじーーん! ありがと~~!」
「~っ、静かにしろ!」
「ふぅむ、面白いのぉ」
「ゾゾはどんな料理なんだ?」
さきほどから感心しきったエドは、髭を撫で答えた。
「そうじゃなぁ。どちらかと言えば、趣向を凝らしたものより、素材そのものを活かす調理法が多いのかの。最近は他国の影響も多く入ってきたが、元は土地の恵みそのものへの恩恵を大切にしとったからな」
「なるほど。色んな組み合わせを考える、というよりは素材の味をどう生かすか……と言ったところか」
「まぁ、ゾゾっちゅーのはいろんな種族が住んどる。ドワーフ以外のこともワシぁ詳しくないが……。なんじゃ、まるで料理はルカにとっての魔法のようじゃな!」
「つい最近、同様のことを考えたところだ」
エドとセンの森に入った時のことを思い出す。
調合、魔法、料理。
おそらく他にも同様に思えることはたくさん溢れている。
僕がたまたま一番に興味を持ったのが魔法であって、エドにとってはそれが鍛冶。
ヴァルハイトにとっては…………。
…………。
……。
まぁ、人それぞれだろう。
「グランツ領は、初めてですか?」
エド用の酒を持った女将が、僕たちに話しかける。
「いや、初めてなのはこいつだけだ。僕も久しぶりに訪れるが」
「ハイ! オレ、初心者! なーんでも教えてください!」
「うるさいぞ」
「うふふ。そうですねぇ……。水神祭のことはご存知ですか?」
「ちょうどその件で訪れるところでの」
「あら、そうでしたか」
空のグラスと交換すると、女将は水神祭にまつわる話をしてくれた。
「赤髪の剣士さん以外はご存知かもしれないけれど……。メーレンスが祀る水の女神というのは、循環。それから調和、命の輪廻ってのを司っているの」
「へぇ~」
「簡単に言えば生と死だな」
「水のご加護もあってか、わたしたちメーレンスの民は比較的健康で過ごせるの。水が不足しないのも、女神の眷属であらせられる水の双龍が、その身を大河と変えてこの地に豊かさをもたらしてくれたとされていてね」
「川?」
「王都側を流れるメイザース川、グランツ領側を流れるメルゼウス川だ」
「あー、なんかルカちゃんが言ってたような、言ってなかったような」
御者は疲れからか、うとうととしながら聞いている。
「二つの川はゾルテッツォの麓でわかれ、メーレンス中の生命を育んで海で再び巡り合うの。ロマンチックよね。雌雄同体の双龍は、例え一度離れても再びまた一つとなって、わたしたちに恵みをもたらす。女神の忠実な僕なの」
「ほうほう。水神祭というのは、女神にだけ感謝! じゃないんだね~」
「ふふ。まぁ、水の恵みすべてに感謝、かしら。その筆頭が女神だから」
「なるほど。オレってば、また一つ賢くなってしまった……」
「はぁ」
「さっき言ってくれた、食べ物の組み合わせもそう。
隣国には土のご加護もあるからね。世界からの資源も循環させて、残さず美味しく食べれますようにってこと」
「なるほどのぉ」
それは僕にとっても初耳だった。
もしかすれば屋敷の料理人たちもその想いで作ってくれていたのだろうか。
「……とはいえ、昨今は資源も豊富だし。いろんな娯楽も増えて、循環がおざなりになることも増えたわよね。だからこうして、定期的に行われる祭事というのは大切なことだと思うの」
「リマインド!」
「そうそう」
「それには同意する。やはり僕も、ふだんから気を付けているようなことがあっても、どうしても忘れてしまう瞬間はあるからな」
「だから剣士さんも、よかったら水のご加護への感謝。この機会に、祈りを捧げてね」
女将が笑顔で言うと、ヴァルハイトは感心した様子で頷いた。
騒がないのは珍しいな。
「あら」
お酒も入り、とうとう寝落ちした御者。
女将は「お部屋はもう準備できてますよ、ごゆっくり」と言い残してキッチンへと帰って行った。
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