【閑話】対等な存在 ※記念SS
過ぎてしまいましたが、先日1月12日は主人公ルカの誕生日。
おめでとうルカちゃん! というコトで、誕生日のお話です。
ぜひヴァルハイトと一緒に祝ってあげてください。
状況はエドと出会う前、王都を散策している最中。
だけど新年を迎えている別の時間軸(ご都合)としてふんわりお読み頂ければ助かります。←
改めて二人の誕生日を近況報告に掲載しているので、そちらもぜひご覧いただけると嬉しいです。
水の女神を信仰する地、メーレンス。
自国とはちがう習慣、風土、気候、催し。
いくら同じ女神信仰が主流だとしても、地域によって信仰の仕方には特色があるらしい。
だが。さまざまな違いはあれど、やはり新しい年を迎えるというのはどの国も気合いが入るものなのだろう。
異国の王都で新年を迎えたオレは、その文化の違いに驚くばかりだ。
「ほうほう、ポーションのふるまい!」
王都セント・メーレンスの中心地である広場。
依頼もそこそこにゆっくりと過ごしていたオレたちは、王都の散策にでかけていた。
女神の教会前では、有志の回復術師と貴族らにより作られたポーションが市民に配られている。
もちろん容器は小さく、店売りの物の四分の一ほどの量ではあるが……それにしたってお得だ。
いや、もしかしてポーションとは名ばかりの……お酒とか?
「値付けされていないからな。効果は均一ではない。
にしてもメーレンス……いや、王都ならではだろうな。元より居を構える回復術師も多いだろうが……。
冒険者が集まる都市には、回復術師も多く集まる。この時期のギルドには、割のいい依頼というものが存在するだろう」
「へぇ~おもしろ! 他には、なんかイベントとかあるの~?」
存分に街を見回しながら、メーレンスについて尋ねる。
「光の月に入る前に、女神聖教の高位の者が王都近郊を流れるメイザース川へと交代で祈りを捧げるな」
「ふーん? 夜通しってコト?」
「そうだ。グランツ領にも同じものがあるんだが、ある場所にアーチ型の橋があってな。水面に映った橋や景色は水の女神が映した未来であり、過去でもある。
つまり、時間の異なる空間。そう考えられ、それが良いものであるようにと祈りを捧げるんだ」
「メーレンスって、ホント水の女神を祀る国なんだなー」
「一年の終わり、一年の始まり。水の女神は『循環』も司る者だからな。
過去があり、今がある。今があり、そして未来がある」
「循環、かぁ~ナルホド」
「まぁ、お前の国は光の女神を信仰している。ということは……つまり、すべての女神を信仰しているということだからな。特定の属性に基づく加護というのは、あまり考えないのかもしれないな」
それはそうかもしれない。
どちらかと言えば、世界でも稀有な存在である光の先天属性。
それを持つ王家への畏敬の念が祭事として執り行われることも多い。
女神への、という意味では。
女神聖教がきちんと執り行っている。
……そう考えると、オレが生まれたことによる王家への権力の集中。
女神聖教の上層部が、王家に対して何らかの思惑を持っているという父上の懸念は当たっているのだろう。
「水……ってコトは、新年を記念したお酒! なぁんてのも~?」
「まぁ、あるにはあるが……」
「やりぃ♪」
「あとは、ふむ……そうだな。この時期は女神の像がよく売れるんじゃないか?」
「へぇー?」
この国の女神の教会に置いてある像と同じ形なのだろうか。
「グランツ領は酒造業が盛んだと言ったが、東北部では陶芸も盛んでな。
土の女神の加護もあるゾルテッツォ山脈の麓の町から土を仕入れるんだ。
水の女神の像は、己に降りかかる怪我から守ってくれるという」
「お守り、テキな~?」
「あぁ。だから、貴族が出資する芸術家にはグランツ領の者が多くいるんだ。
まぁ……、グランツ領というのは王家の庇護がなくとも豊かでな。西のシェーン・メレは物の売買が主だが、グランツ領は生産が主というのか。それもあってグランツ公爵家が王家に次ぐ家柄であるのは間違いない」
「へぇ~。うまーく国内で産業だの流通だのが循環してんのかー」
「そういうことだな」
ふむふむ。
他国の事情を知ることは、リヒト兄上の治世を手助けすることに他ならない。
にしたって、面白い。
場所が違えば、同じように見えて異なることが多くある。
ルーシェントに居ただけでは、きっと分からなかったことだ。
「でも、『自分の未来がイィものでありますように』って願うのは、結局ドコも一緒だよな~」
「それはそうだろう。他になにかあるか?」
「ンー」
それこそ、見てきたモノの違いだろう。
父上は国と民の未来ばかりを考えてきたし、兄上はこんなオレにも心を砕ける人だった。
栄光、自信、力、尊厳。
あらゆる象徴である、光の王家。
それらは『自分の未来』というものを犠牲にして得る、もろ刃の剣だったに違いない。
オレにとってのソレは、『死』から逃れる手段に過ぎなかった。
「──あ」
「ん?」
ハッと思い出したかのように何かに気付いたルカが、言い辛そうに目線を逸らす。
「……そういえば、忘れていたが」
「うんうん」
「もうすぐ、」
「ほうほう」
ここまで言い淀むのも珍しい。
「──僕の、誕生日だな」
「なるほ……ど……」
誕生日。
…………ルカの?
「んえーーーーーーーー!?
いや、オレも忘れがちだけども!?」
「ふむ。特段、屋敷で師匠と食事する以外大きな出来事もなかったからな。僕も忘れがちだ」
「えー。公爵家ならパーティだのなんだの、ありそうだけど~」
「他人の催しにもそう招かれることはなかったからな。
自ら他人を招くことも、もちろんなかったな」
「そんなー。ルカちゃん、さびしくなかった?」
「寂しい? ……どうだろうな。読書が捗る、とは考えたが」
「る、ルカちゃんらしいね……」
ダメだ。ルカに一般的な考えは通用しないのは重々承知していたが……。
「っ、ただ」
「?」
「その、……誰かと過ごす時間というものが、そう悪いものではないというのは……」
「アレアレアレ~~? もしかして、おニーさんの良さ、気付いちゃった?」
「っ、うるさいぞ」
「ヒドー」
にしても、誕生日……か。
ルカの欲しい物。
うーん。
本? 魔導具? 薬草? 魔石?
やっぱ、なんか魔法に関係するものだよなぁ。
「言っておくが、僕に贈り物は不要だからな」
「デスヨネー」
そう言うとは思っていた。
思っていたが、何かをせずにはいられない。
なにせ、『友人』の誕生日を祝うのは初めての経験だ。
オレの事情に付き合ってきたアコールの誕生日、とはまた話が違う。
「じゃぁさー、ナンかしてほしいコトとか」
「して欲しいこと? ……ふむ」
「あ、痛くないヤツで」
「はぁ? バカか」
「ひどー」
魔法の実験台になれ、とかだったらちょっと迷うからな。
「……そうだな」
「お」
「ならば少し、僕の魔法の実験に付き合ってくれないか?」
「…………マジ?」
◇
光の月、第12の日。
本来「おめでとー!」と言うべき日のオレは、どこか不安に駆られていた。
「あの、……痛くないですヨネ?」
「そう怯えるな」
「不安しかないんですけどぉ~……」
スタスタとローブを翻し先を歩くルカに、大人しく着いて行く。
王都近郊の平原。
街道を外れて、道のない場所をひたすら歩く。
見晴らしは良いが、わざわざ街道を行く者が目線を向けることもない郊外。
足元で生い茂る草は、手入れがされるワケもなく高さが不揃いだ。
振り返り、王都が小さくなるのを見届けるとルカは歩みを止めた。
「よし。この辺りならば邪魔にならないだろう」
「いや、ホント、なにをなさるおつもりで……」
「なに、そう難しいことではない」
「さいですかー。んで、オレはナニすればいいのー?」
「僕に遠慮なく、全力で火の魔法を放ってくれ」
「────え゛!?」
ど、どういうコト!?
「勘違いするなよ。僕も『水の盾』をきちんと展開する」
「い、いや。だって、ホラ。危ないじゃーん……」
いくら天才最強魔術師サマでも、オレの炎は……どうだろう。
防げるものなんだろうか。
原初の龍の炎を賜った一族。
その血が入るオレの炎は、彼の水魔法を凌駕するんだろうか?
「! そうだ! 魔導具! 魔導具にしよう、ネ!?」
「はぁ? それだと意味がないんだが……」
「だ、だって万が一ってコトがあったらオレ、夢見わるいって~!」
ルカだって、その可能性には気付いているハズだ。
オレの炎は、ちょっと普通じゃないかも……ということに。
「というか、して欲しいコトがそれって、……ルカちゃんもしかして」
「おい、変な想像はするんじゃないぞ」
「……いや、もしかしなくても魔法バカだった……ね?」
「……」
「スイマセン、調子にノリました」
「……はぁ」
もう何度目かも分からないため息は、呆れというよりは『仕方ない』という諦めに思えてきた。
「僕は、お前を見ていて一つの仮説を立てていてな」
「ほうほう」
「全属性とは、四つの属性を持つ者。すなわち、そこから特定の属性の魔法を使用するのであれば、魔力に『一つの属性を絞る』よう……単属性の者にはない工程を強いる訳だ。
感覚でやってはいるが魔力量が多ければ……、尚更な。
だから、単属性の火魔法と、全属性の火魔法。場合によっては単属性の者が上回ることもあり得る。これは術者による、としか言えないが……特にお前は光属性も持つ変わった奴だ。なんなら、僕の水魔法をも貫くかもしれん。通説ではあり得ないことだが、可能性はゼロではない」
「あー、今日はルカちゃんの検証タイム! ってこと~?」
「そういうことだ」
「……それが、やりたいコト?」
「? そうだが?」
あ、コレはほんとうにやりたいコトなんだな。
ってことは無下にできない。
かと言って、怪我させないとも限らないからなぁ。
なーんか、イイ方法はないものか……。
「──あ、そぉーだ!」
「?」
「『一つの属性を絞る』工程が及ぼす影響ってんなら、風の魔石の力借りてさ。オレが、ルカちゃんに風魔法撃てばヨくない? んで、ルカちゃんは全く同じ魔法で迎え撃てば威力の検証! コレができる!」
「はぁ? 風の魔石? どこにそんな物を買う余裕が──」
「え? お互い、持ってるじゃん」
「?」
「……? ほら、ルカちゃんが魔法を付与しているとはいえ、魔石ってのは元々魔力の塊みたいなもんだし……。
この前ルカちゃんが魔力補充してくれたから、詠唱すればオレも風魔法使える……よね?」
あれ、もしかして……。
「ルカちゃん、自分が全属性だからって魔導具の魔石を活用できるっての……忘れてた?」
「う、うるさいっ。うっかりしていただけだ!」
そうだよなぁ。魔石だの魔道具がなくても、本来自分だけならバンバン使えるんだもんな~。
オレのために魔道具用意したようなもんだし……。
魔石や魔道具を活用する。
それに思い至らないのが、彼にとっての『普通』なのかもしれない。
「はぁ。なら、やってみるか?」
「やったー♪」
風の魔法ならルカが最も得意な魔法だし、問題ないだろう。
むしろオレが発動できるかの方が心配だ。
「お前はあまり風魔法を使ったことがないからな……おさらいだ。魔法の詠唱は、己が名、属性、事象の順だ」
「えーっと、まだ魔名だけを唱えるには早いカンジ?」
「当たり前だ。最初から範囲も威力も、自分の思い通りになると思うな」
なんだか、魔法学校で授業を受けているような感覚に陥る。
「うーん。詠唱ってそんなにしたことがないからなぁ……」
「自身の名で魔力に己を認識してもらい、そこから今度は己から魔力にイメージを伝達する。と考えればいい」
「えーっと、つまりぃ……。最初は自己紹介!! 大事!!」
「ま、まぁ間違いではない」
お墨付きをもらったところで、自己紹介。
「えーっと。……風の魔石さん、ハジメまして! ……ではないか?
オレはヴァルハイト。26歳、独身。好きなタイプは特にありません!」
「っ!? そ、そんな情報はいらん!!」
「お見合い風かなーって」
「頭がいたい……」
魔力に己を認識してもらう、か。
意外と難しいのか?
「てかさー。高いとはいえ、魔石とか魔道具とかって大量に持っておけば、もしかしなくても最強なんじゃ?」
「お前は死にたいのか。そんなことをすれば、魔力の枯渇に気付くのが遅れるぞ。
たしかに魔力を発動する分には魔石が補うだろう。だが、イメージを伝達するにも多少の魔力は伴う。……それも、自分が持たない属性の魔法を具現化するんだ。消費量は普通の比ではないぞ」
「ふーん?」
そういう、ものなんだろうか。
「考えてもみろ。元々自分の中にある魔力へ己を認識してもらうことと、全く別の存在である魔力へ己を認識してもらうこと……同義ではないはずだ」
「た、たしかに! 自分のお父さんに紹介するのと、他人のお父さんに自分を売り込むのじゃワケがちがう!」
「~っ、なんの話だ!」
分かりやすくイメージしたものの、ちがったらしい。
「はぁ……バカを言っていないで、やってみるといい。お前もふだん使っていてイメージがしやすい、風の剣でいいんじゃないか?」
「おー、なるほど!」
魔法はイメージが大事。ってことは、剣士のオレに『風の剣』はピッタリだ。
うーん。
風の剣。風が、刃の如く斬りつけるってコトだよな。
風って掴みどころがないし、数を数えるのもムズかしい存在だ。
そうだなぁ。剣……ってよりは、短剣か?
『我が名はヴァルハイト、風を従えし者。切り裂く様は、疾風の如く──風の剣!』
そうイメージして唱えれば、まさに描いた通りの魔法が繰り出された。
思ったより多いけど、ルカなら大丈夫だろう──
「!!?? か、数が────【土の盾】!」
ちょ、土魔法じゃ意味ないのでは!?
短剣を模した無数の風の刃は、しっかりとルカが放った土の壁にぶつかり掻き消えた。
さすがはルカ。危なげない。
「あ、……」
「あ?」
「危ないだろう!!??」
「えー? なんか、デキたんだもーん」
「はぁ……なにがもーん、だ。本当に、お前は……規格外だ」
うーん。いつも焔の剣使ってるからか、剣系の魔法ってよく分からないんだよなぁ。
ふつうはあんなに数を出さないのか。
「ま、まぁお前が持っていない属性は今後も僕に任せるといい……、いや。そうしてくれ」
「あ、コイツに魔法使わせたら危ない! って思ってるでしょ~」
「っ当たり前だ!」
◇
「けっきょく、成果得られず……」
「い、いや。その、……助かった。成果はどうあれ、『試す』という行為は僕にとってとても重要なんだ」
「そりゃー、ヨかったけど。でも──」
誕生日、という特別な日に。
せめて何かルカが求めているものの答え。
あるいはその手掛かりが見付かれば、よかったんだけどなぁ。
「僕は、魔法に関して多くのことを学んだし、考えてきた。自分で実証できることは進んで実験もした。
そのほとんどは、魔術師の間においても常識の範囲内だった。
でも、お前の……その。通説通りにはいかない、特異な。単属性や二属性の持つ可能性については、どう足掻いても僕では試しようがないんだ」
「ルカちゃんって、基本。なんでも一人でやるもんねー」
「だから、そのっ。お、お前がいてくれて……助かるというか……」
「ルカちゃん……っ!」
おお、やっと認めるのか?
素直にオレが、相棒だって──認めるのか!?
「────実験対象は、多いに越したことはないというか」
「こわっ!?」
いや、ルカらしいと言えばそうだが……。
「なんか……コレ。誕生日プレゼントになってるかよくわかんないんだけどー」
「いいんだ」
そう言うと、ルカはそれはそれは柔らかい。
ほんの少しだけ笑んだ顔をする。
「僕は、魔法に関することは何でも興味の対象なんだ」
まぁ、その顔が見れただけで、……良しとするか!
ルカちゃん、おめでとう!