第七十一話 センの森、再び
「イエーイ、Cランク!」
「やるなぁ、ヴァルっ子」
「はぁ」
元気なのはいいのだが、どうもそのはしゃぎ様は年上に思えないのは気のせいだろうか。
「ルカ坊はDのままか?」
「あぁ。Bランク相当の主をこいつ一人で倒したからな」
「ほう! そりゃスゴイ!」
「まぁね~♪」
エドとの談義を終え、そのまま受付にてランクアップの手続きを終えた僕たちは、ダンジョンへ入るための準備をしていた。
ギルドには帰還目安を二日で申請しておく。
平常時であればすぐ帰るのだが、センの森の魔物の多くは東の森に魔術で召喚された経緯もあり、すぐに素材が入手できるとは限らないからだ。
後程、宿で延泊の手続きもしに戻らねば。
「ソイツの素材も見たかったもんだ」
「加減ってムズかしいよね~」
「ヴァルっ子は、髪色からして……火の魔法を使えるのか?」
「ん? まぁね~♪」
「魔法剣士か! 益々気に入った!」
やはりこの二人は気が合いそうだ。
二人のやり取りを横目に、僕は涙草の納品依頼書がないかを探す。
「──ふむ、やはりあったか」
「あったー?」
「あぁ。受託してくるから、ここで待っていろ」
「ハーイ」
「おう」
受付には少し列が出来ていたが、そこまで混雑はしていない。
列に並び、自分の番になると金策として涙草の納品依頼を受託した。
◇
「久々ー!」
「それほど前でもないが……」
「ほーぉ? 周辺にも小規模の湖や池が点在してるのか」
宿での手続きも終え、一泊できるよう荷物も整理しセンの森へと入る。
やはりどこか空気は清々しく、濃い緑は水が生命を育んでいることを物語る。
「僕らが採取する涙草は、見付けるのにそう苦労しない。エドの思う様に行くといい」
「いーのか? ワシに合わせると……かっ飛ばすかもしれんぞ?」
「イっちゃえー!」
「うるさいぞ」
主がいない森は静か……というより、僕らが知るこの森は元より静かであった。
魔物が居たとして、リューゲンたちの策略に掛かっていない臆病な魔物たちだと思うが……はたして。
「ん?」
「おっ?」
「どうした?」
先行する二人の後に続く。
変化のない森を注意深く見ていると、二人の歩みが止まった。
「いるなぁ」
「いるねぇ?」
(本当に息ぴったりだな……)
どうやら魔物を見付けたようだ。
恐らく主が居なくなり、まだそれほど冒険者も来ていないため臆病な魔物も表に出てきているのだろう。
「よぉし、ここはーワシの見せ場じゃな!」
「オー!」
「ふむ」
正直、楽しみではある。
そもそも僕には、ドワーフという種族に対しての見識があまりない。
二人の前方には、池に水を飲みに来たであろう狼のような魔物が二体。
深い青色の毛には黒の斑点があり、まるでヘレウルフと対になるような魔物だ。
「メイルウルフか」
水属性を持つ彼らは、狼というには少々大人しめな性格だ。
獲物を狩る以上に、水を良く飲む。
「どれ、ワシがいこう」
とはいえ、魔物ではあるので人を見付ければ襲ってくることもある。
逃げ場がなければ尚更。
エドが彼らの警戒域に足を踏み入れれば、二体揃って反応しこちら側へ威嚇を開始した。
「うわー、痛そう」
エドは、大きな鉄の槌をしっかりと握り構える。
鍛冶で使うハンマーは左の腰にある収納魔法に入れているだろうが。
背負っていたそれは純粋に武器として使うに違いない。
(肉弾戦が得意なのか)
体格を見る限り、力強い種族なのだろう。
火の魔法は見れないかもしれないな。
『グルル……』
「なんじゃ、ワシ一人じゃ役者不足と思われとるのかの?」
「いーや! おっちゃ……エドが恐いんだよきっと!」
中々襲ってこないメイルウルフはやはり、ヘレウルフほど好戦的ではなさそうだ。
「ふーむ……」
エドがどうしようかと迷い、その構えを解こうかと手を下した瞬間。
『──ガァッ!』
「!」
予想だにしなかった、右手の茂みからもう一体。別のメイルウルフが飛び掛かってきた。
(土魔法を展開しておけば良かったか)
だが、エドもヴァルハイトも一瞬目を見開いたものの、元々全方位に警戒していたのだろう。
そう慌てる様子もなかった。
「そぉー、れっ!」
右上から大口を開けて向かってきた一体を、その勢いのまま──打ち返した。
『ギャンッ!?』
重い一撃を喰らったメイルウルフは、吹っ飛ばされるがまま木に打ち付けられる。
「いってぇ……」
「魔物ながら……同情するな……」
そうこうしている間に、最初から居た二体がいつの間にかエドの元へ駆ける。
僕とヴァルハイトはいつでも手を出せるよう態勢だけは整えておく。
「っしゃぁ!」
更に一匹。
今度は、鈍い音と共に水を飲んでいた池に打ち返す。
エドは左に振り上げた鉄槌を、そのまま最後の一匹に打ち下ろそうとするが。
「っむ」
予想以上に素早かった。わずかに中らず空振り、メイルウルフの鋭い爪の一部が左腕をかすめた。
「回復は必要か?」
「いーや! このくらい!」
傷は深くはなさそうではあるが、痛みもそうないようだ。
軽々と鉄槌を構えなおした…………かと思いきや、エドはそれを背のホルダーにしまう。
「「?」」
「知っとるか? ルカ坊、ヴァルっ子」
今度は戦意を感じないエドに対して、メイルウルフが狼狽する。
だが、エドはどこか勝ちを確信した顔だ。
(なんだ……?)
「ドワーフの王の血はなぁ、────炎が宿るんじゃ!」