第六十九話 火のエクセリオン
ドワーフ。エルフ達と同じく、種族としての拠点はゾゾ共和国にある者たち。
エルフが土地全般に対しての信仰を持つなら、ドワーフ達は特に山や土そのもの。あるいは鉱石といった物へとその興味を寄せる。
目の前の言い争う人物は背丈は僕より小柄ながら、隆々とした筋骨は力に優れるのが見て取れる。
ヴァルハイトより幾分かくすんだ赤色の髭をゆるく三つ編みにし、その長さは後ろ髪を超える。
よほど納得のいかないことがあったのだろう。
その人物の顔は険しい。
「────ん? おっちゃん……?」
「やべ」
顔の皺や表情から、無骨な印象を持ったため男性だとばかり思ったが、もしや女性だったのだろうか。
それは申し訳ないことを思ってしまった。
「ぶぁっきゃもーーーーん! だーれがおっちゃんか! ワシぁまだ九六歳じゃ!」
「「!?」」
怒りの対象が受付の者から僕らへと変わったドワーフは、心外だとばかりに叫ぶ。
「ルカちゃん、どうしよう。どこからツッコミ入れたらイイ!?」
「……はぁ」
エルフほどではないというが、確かにドワーフも寿命は人間より長いと聞く。
九六歳が僕らにとってのどの程度を指すのかは分からないが、ここは詫びておいた方が良さそうだ。
「すまない。ドワーフの知り合いがいないものでな。非礼を詫びよう」
「ぬっ! なんじゃ、礼を弁えておるのか。……ぬぅ」
僕が謝罪をしたことで、少し彼も落ち着きを取り戻した。
聴衆が見守っていることに気付き、どこか気まずい様子。
「ぬぅ……その、なんじゃ。さっきは、大声ですまなんだ」
「え? あっ、いいえ。こちらこそ、お手数をお掛け致します」
どうやら自分も礼を欠いていたと感じたらしい。
受付の者に詫びた彼は、豪快ながらも心根は穏やかな人物だろう。
「よかったね」
「あぁ、ひとまず落ち着いたようだな」
「小僧!」
「うわっ」
カウンターに頭を下げたと思ったら、今度は勢いよく振り返られる。
この窓口には誰も並んでいなかったため、そのまま彼は話を続ける。
「いや、悪かった。どうも、ワシの目的と状況が上手いこと一致せんでの。苛立っておったわい」
「僕らに気を遣う必要はない。そういうことは誰にでもある。何があったかは知らないが、彼女に詫びたのなら今後は互いに気を付ければ良いだけだ」
話の断片を耳にした限り、ダンジョンに関することだったようだが。
受付の女性が言うことから、もしかすると──
「それに、もし『センの森』についてであれば、こいつがそのランクアップ待ちの者だ」
「!? な、なんじゃとぉ!?」
「どうもー! 待ち人、来たる?」
どうやらセンの森が目的で間違いないようだ。
「おお、……おお! ついぞやってきおった!」
「もしかして、けっこー待ったカンジ?」
「一度来た時は主の生息を確認中と言っておってな。そこから一度、近場のダンジョンで魔物の素材を獲って、また帰ってきたワケじゃが……。調査は終わっとるのに、入場は出来ないと言うからのぉ。ワシぁ、そろそろ別の場所に向かわねばならんかったのでな」
「へー? じゃぁ、結果オーライ!」
「じゃなぁ!」
声を上げて笑い合う二人は、どこか気の合うように思える。
「いやぁ、よかったわい。……そうじゃ!
ワシぁ、エンドカルヴァゴ・ウル・エクセリオンという者じゃ」
「え、エン……ご?」
「貴方が火のエクセリオンであったか」
「いかにも! 人間には呼びづらいじゃろうて、エドで良いぞ。皆そう呼ぶ」
どうやら彼が噂のエクセリオンらしい。
……というか、その者たちは全員エルフではないのか?
「エドか。よろしく頼む。僕はルカ。ルカ・アステル・グランツ」
「! グランツの所の坊主か!」
「オレはヴァルハイト・ルース!」
「うむうむ。ルカ坊にヴァルっ子じゃな!」
「「…………?」」
ヴァルハイトすら微妙な顔をする名付け方。
独特なセンスは、国が違うからか。はたまた種族の違いなのか。
しかし、満面の笑みをしたエドに辞退を申し入れるのは勇気が要る。
「そ、その」
「ん? あぁ、エルフじゃねぇのかって?」
「えーっと、そうなんだけど、そうじゃないというかー」
「まーなぁ。元はエルフのみで構成されてたらしいが……。今やぁ生活の基盤を共にする種族もかなり増えた。まぁ、同じコミュニティ内の者ってぇのか?」
どうやら、呼び名については諦める他ないらしい。
「へー、深い!」
「深くはないだろう……」
「じゃぁ、おっちゃ──じゃなくておニイさん? は、強いんだ?」
それは、確かに。
あのエリファスと肩を並べるのであれば、相当な実力者だろう。
もしくは、エルフでなければ優れた技能を持つ者だろうか?
そういえばライが、エリファスの剣を打っていると言っていたか。
「魔物相手ならぁ、ウデに覚えはあるぜ? なんてぇたって、わしにはヤツらの素材が必要だからなぁ!」
「おー!」
(本当に気が合いそうな二人だな……)
火の異名をとるくらいだ。彼も火の魔法を使うかもしれない。
そういう意味では、確かに気が合うのも納得がいく。
「……そういえば、どうしてセンの森に用事があるんだ?」
「おうおう、聞いてくれい」
エドは何やら、壮大な冒険譚の前触れのように話し出した。