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第六十四話 王都を探索②~無自覚の魔術師~【別視点】

「はぁ……頭がいたい」

「え~っと」


 それは酔いが回った……わけではなさそうだ。


「何をやっているんだ、あいつは……」

「どうするー?」

「……ちょうどいい、僕がやろう」

「ん? ……えっ!?」


(ナニが、ちょうどいいの!?)


 珍しい。

 オレに行って来い! って言うのかと思えば。

 何だかんだいって、やはり彼女のことを気にかけているのだろうか。


「て、手加減してね……?」

「ふむ、善処しよう」

「こわー」



 ◇


 

 外へと出てみれば、石畳の上には野次馬がたくさん居た。


 ここの店は大通りではなく、二本ほど中に入った道沿いにある。

 そのため、集まった観客は主に酒場を目当てにこの場所を訪れた者となる。


「──んだぁ? もうオワリかよ!」

「くっ、くそ」


 円形に観客が囲う真ん中で、二人の男が対峙していた。


 身長もオレより高い、えらく鍛えられた筋肉が眩しい屈強そうな男。


 対して、もう一人は貴族のように裕福な者であると一目で分かるような上質な服装。

 中の白いシャツにはフリルもついており、茶色の髪が映える緑の服だ。


 それらは所々土に汚れ、彼の穏やかそうな顔にも傷がみられる。


「──何をしているんだ、ユージーン」

「……? る、ルカ!」


 観客の間から、ルカが割って入る。

 オレは、観客側だ。


「なんだ、お前?」

「やぁ、お初にお目にかかる。僕はルカ。魔術師だ」

「ハァ? 魔術師が、なんの用だ」

「いや、なに。シルヴェストゥリの令嬢をかけての決闘と聞いてな。僕も参戦しようかと」


(な、なんか……ルカちゃん。今日は良くしゃべるね!?)


 普段は黒持ちってのもあって、どこか静かに過ごすのがルカ。

 でも今は堂々としているというか。

 普段とは違う、貴族っぽいというのか。


「……ところで、彼女はどこだ?」

「そ、そいつらが連れ去ったんだ!」

「ほう?」

「なんだ、ニぃちゃん。こいつらの知り合いなのか?」

「知り合い……、というほどでもないが。無関係でもないな」

「ホゥ? 俺ぁ構わねぇぜ? やるってんなら相手になる」

「あぁ、それは感謝する」


 双方が決闘を承諾すると、周りからは歓声があがった。

 いけー! だの、潰せー! だの。

 気性の荒い者が多そうだ。


「魔法はアリなのか?」

「そりゃぁな! かわいそうだろ? 魔法がないなら……イジメになっちまう!」


 男が言うと、笑いが起こる。

 いや、……笑うところじゃないぞお前ら。


「気遣い感謝する、では始めようか」

「あぁ。手加減はしねぇぜ? 割って入ったんだ。どちらかが気絶するまで──」

「つべこべ言うな、かかってこい」

「──!? あぁ! そうか、よっ!!」


(る、ルカちゃん……ノリノリ!?)


 珍しい。あのルカが挑発。

 好戦的だ。


 挑発を受けた男は頭に血が昇ったようで。

 分かりやすい、大ぶりな拳でルカに殴り掛かる。


「──!」

「遅いな」

「おー」


 簡単に見切ったルカは、風の魔道具の力も借りて高く跳躍して避けた。

 そしてそのまま大男へと狙いを定め──


「──風の鉄槌(ヴィント・ハンマー)


 祈りを捧げるように両手を組み、上から真下。

 男へと風魔法を拳に纏わせ、振り下ろした。


「っ!!??」

「うわー、いたそ」


 土魔法じゃないだけ、マシだ。

 あんなの喰らったら、今頃血だらけだろう。


 想像以上に重いと思われる風圧。

 それに上から押しつぶされることとなった男は、そのまま訳も分からず前から倒れ、地に伏した。

 

「……???」

「はぁ」

「ルカちゃん、さっすがー」


 軽々と着地したルカを見て、誰かがボソリという。


「…………双黒のルカって」

「ヒルデガルド様の?」

「うわ、本当にいるんだな」


(珍獣みたいに言われてる……)


 ルカは、王都の情報に通じていないわけではないが……。

 この酒場にも、初めて訪れたような反応を見せた。


 引きこもり、というか。

 行動するにも一人で静かにしてたんだろうなぁ。

 護衛も必要なさそうだし。

 

「な、なっ……」

「悪いが遊んでいる暇はないんだ、彼女の場所を教えてくれ」


 やはりどこか挑発的だ。


「み、ミランダはどこなんだっ!」


 男は未だわけも分からず呆けているため、観客にユージーンとやらが問う。


「って言ってもなぁ」

「そもそも彼女が言い出したことだろ?」


「……?」

「はぁ……、そんなことだろうと思った」

「る、ルカ、どういう?」


 もしかして、……イヤな予感。


「早く彼女の元に行かないと。彼女に手を出そうとする邪な者がいれば、大変なことになるぞ」

「あ、そっちの心配なんだ~」


 ルカがそう言うくらいだ。

 魔法学校の次席ともなれば、やはり手練れなのだろう。


「……つまり?」

「僕がここに居ると知った彼女の、思い付きだろうな」

「! なんだ、わっ私は……てっきり……っ」

「ユージーン」

「な、なんだい?」

「……貴方は、そのままで居てやってくれ」

「ルカ──」

「行こう。彼女のことだ。分かりやすい痕跡を残しているだろう」

「おー」


 ミランダ嬢のことをなんだかんだ良く分かっている。

 きっと、ルカは彼女のことを良く思っていないんじゃなくて……。


(やさしさ、ねぇ)


 人はふつう。


 自分の優しさというものを、他人に理解してもらいたいはず。

 過度に分かり易すぎず、かといって分かりづらくてもダメだ。


 もちろん心からの思いやりからなる行動は、時としてそれを必要としないが。

 大半の人は、そうして自分への評価というものが、より良いものであるといいと願う。


 ルカの場合は、……まったくそれを必要としていないように思う。


 この場でミランダ嬢と一番親しい者が、ユージーンとやらであると知らしめるため名を呼ばない。

 そんな気遣いすらも、彼にとってはあくまで自分のためではない。


 正当な、評価……か。


 なんだか自分にも覚えのある、不器用な()()


 だから、ルカのことを放っておけないんだろうな。



 ◇



「あーら、ルカ。遅かったですわねぇ」

「はぁ」


 ルカの言う通り、土の属性も持つ彼女は酒樽を模した土魔法を所々に残していた。

 なんだか、発想が面白いご令嬢。


 それに沿って行くと、空の酒樽を保管するような場所に突き当たった。

 恐らく、人を使って酒場にも話を通していたんだろうな。


 彼女の周りには、邪な感情を抱いたであろう三人の男がぐったりと横たわる。


「み、ミランダ! 無事かい?」

「? ……っはぁ!? ユージーン、なーんであんたがいるのよ!?」

「シルヴェストゥリ侯爵令嬢」

「っ! ル、ルカ……」


(もしや……お怒り?)


 いつもより、凄みのある声でルカが呼びかける。

 その声は怒りなのか、それとも無事なことへの安堵なのか。

 ともかく、普段とは違う声色だ。


 ミランダ嬢も驚いたように、瞼をぎゅっと閉じて次の言葉を待つ。

 徐々に彼女へと近付くルカの顔は、険しい。


「──、っ僕なんかに。……これ以上、構うんじゃない。

 お前は、……この美しい髪と同じ、輝く世界で生きるんだ」


「「「!?」」」


(突き放したと見せ掛けて──、無自覚に口説いてません!?)


 まるで、大切なものに触れるかのようにミランダ嬢の髪を一束すくった。


 普段ならぜっっっったい聞けないような、ルカの言葉。

 それは魔法学校時代もそうだったのだろう。

 ミランダ嬢の顔は、真っ赤だ。


「る、るるるるルカ、ああな、あなたっ」

「…………はぁ、頭がいたい。……ユージーン。彼女のことは、頼んだぞ」

「ルカ……。もちろん、そのつもりさ」

「あぁ。任せたぞ。……ヴァルハイト、僕は先に戻っているからな。料理が冷える」

「んえ!? は、はーい」


 もしかして、酔ってる……?

 ルカは酔うと、素直というのか、羞恥心がなくなるというのか。

 はたまた気が強くなるというのか。

 それとも、好戦的になるのか。


(どれが酔ってて、どれが酔ってないか分かんねー)


 先に行く、というのはきっと酔いを醒ましたいのだろう。

 一人で行かせた。


「……ちょっと」

「ン?」


 ゆっくり歩いて行くかと振り返ろうとした……ところをミランダ嬢に呼び止められる。

 

「ヴァルハイト殿、とおっしゃるのですね?」

「まーねー。気軽にヴァルハイトって呼んで♪」

「そ、そうですか。その……礼を、申し上げますわ」

「礼?」


 礼を言われるようなこと……、したか?

 あれか。騒動に付き合ってやったことへの、か。


「ルカは……、あんなにきちんと向き合ってくださる方では、ありませんでしたから」

「……」


 どうやら、違うらしい。


「わたくしは、あなたが彼と知り合うより以前からの仲です。

 とは言え、それは時間を共に過ごしたとはいえないほどの。……本当に、ただ知っているだけの仲」

「ミランダ……」


 恐らく彼女の婚約者であろうユージーンは、事情を良く知っているらしい。

 他の男の話だというのに、むしろ彼女を気遣っている。


「それが?」

「あなたは、きっと違うのでしょう。お立場も、あなた自身のことも良く存じませんが。

 きっかけはどうあれ、ルカはあなたと時間を共にし、ほんの少しの何かを得た。

 わたくしには、出来なかったことです」

「きっかけ……、ねぇ?」


 冒険者ギルドでたまたま出会っただけの、……それだけの縁だったんだがなぁ。


「正直、あなたがとても羨ましい。……でも、それ以上に。

 彼が一人ではないということが、嬉しいのです」

「それには私も同意する。彼は、あんな風に……気さくに話しかけてくれるような者ではなかったんだ」

「へえ、そうなんだ」


 この二人には恐らくそういう気持ちはなかったかもしれない。

 けれど、ルカの境遇にどこか似ていたオレには分かる。


 はたして、彼を取り巻く何人の瞳に『恐れ』の色が宿り。

 はたして、何人の瞳に『打算』が込められ。


 ……彼が、自分に心を開こうとする者を、それらから守りたかったのか。


(きっと、優しいんだよな~)


 ルカは、傷付くことを恐れる。

 黒持ちで、高名な公爵家に突然養子入りし、膨大な魔力を抱え。

 様々な角度から、きっと悪意にも似たなにかを向けられてきたと思う。


 でも彼は、それ以上に恐れる。


 自分と関わってしまったがために、他人が傷付くということが。

 自分が傷付くよりも、他人が傷付くことの方が怖いんだろう。


 分かりづらい。

 彼が示そうともしないのだから、当然だ。

 そして、そうすることに慣れ過ぎた。


 ……でも、それに他人である自分が気付けた時。

 ほんの少し、彼の心の内を覗けた気がする。

 

「まぁ……、最強魔術師さまだからね~。オレらの知らないなんか、色々あるんでしょ!

 冒険者って意味では……、君の心配するようなことは、きっとナイよ。

 ……オレも、中々に強いからね♪」

「──っ。ルカを、よろしくお願いいたしますわ」

「任せといて~」


 だから、オレから言ってあげるのも……なんか違うよな。



 ◇



「もー、オレちょっとしか食べれなかったじゃーん」

「お前が遅いんだろう」

「ひどー」


 酒場に戻ると、まるで何事もなかったかのようだった。

 ケンカってのは、そんなに日常的にあるのか?


「てかさー、もうちょっと分かりやすい言葉で言ってあげたら?」

「? 何をだ」

「ミランダ嬢だよ! 君の名声に傷を付けたくない~とか! 言い方、色々あるじゃん?」

「はぁ? ……何だそれは」

「またまた~、テレちゃってぇ」

「照れてない!」


 素直じゃないなぁ。

 もう一杯、今度は強いお酒を飲ませるか……?


「僕は、魔族かもしれないからな」

「──!」


 そうか。

 魔法学校の時と状況が違うのは、それもあったか。


「……ユージーンだけは彼女を見捨てない。それが確信できただけで、十分だ」

「ルカちゃん」

「それに、僕は冒険者だ。例え僕が何者であっても、……それは揺るぎない。

 お前も、実際のところ。何者かは知らないが……今は冒険者なんだろう?」

「……まぁね~♪」


 ルカはルカで生まれを知らず。

 オレはオレで、大した過去も明かさず。


 でも、それでも成り立つ関係がある。

 過去を知る、彼女らにもできないもの。


 知らなかったからこそ、ルカも誰かと共にしてみようと思えたんだろうか?


 なんだか、信頼にも似たそれは


 ──お前だけ分かっていればいい。

 

 そう、言われているような気がした。




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