閑話 剣士の懸念【別視点】
夜。
センの森で見るよりも、輝きを潜めた夜空ではあるが。
やはり、空というものは偉大だ。
その下で生きる様々な生命を見守り、また把握する。
果ての見えないそれに期待と恐れを抱いたとしても、仕方のないこと。
「──まだいたのか」
女神の教会から出てきたあと、妙に視線を寄越されると思っていたが。
アコールと共に自国へ引き上げたと思っていた黒騎士が残っていたらしい。
「……ヴァルハイト様。ヘクトールの件……お手数をお掛け致しました」
「その顔……、ブリッツか。久しいな」
ギルドや教会の面した大通りは、夜すらも明るくする炎が道を照らすものの。
やはり、こうした道を逸れた場所には暗闇も存在し。
光の王家に仕える影──黒耀騎士団の名を冠する黒騎士たちは、うまく紛れるものだと度々感心する。
「気にするな。偶然の産物だ」
「はっ……」
「アコールはもう帰ったぞ?」
「存じております」
「……まだ、何かあるのか?」
今回、メーレンス側に父上が黒騎士たちを放ったのも、リヒト兄上のためだ。
もちろんオレへの助けという意味もあっただろうが……。
目的は同じ。
ヘクトールとクレーマー男爵との繋がりを調べ、次代の王へ仇なす者を排除すること。
ならば、この国に留まる理由はないはず。
「……噂に過ぎないのですが、お耳に入れたいことが」
「噂?」
自分の居ない間に、国内でなにか動きがあったのか?
「その、シュト──」
「あいつの名は出すな。リヒト兄上の御座が穢れる」
「……申し訳ございません」
「いい、続けろ」
「はっ。どうやら女神聖教の一部に、第二王子殿下に入れ知恵をする者がいるようで……。その、大変申し上げにくいのですが……」
「……なんだ?」
アコールほどの付き合いではないが、輝く金の髪が美しいブリッツとも付き合いは長い。
優秀な彼が言い淀むのも珍しい。
「その……、リヒャルト様が光の魔法を授かれないのは、弱き者であるがゆえだと。そう、知らしめるべく、第二王子殿下自らが……民衆の前で、魔族を打ち負かそうとお考えのようで」
「…………は?」
なんだ、それは?
「見えないモノに恐怖する時代は終わりを告げ、力ある者にこそ正義がある時代。
それが、シュ……第二王子殿下が目指す治世です。恐らくは、リヒャルト様の生誕祭の布告を出すタイミングで、そのような催しを執り行うのかと」
「……意味が分からん」
「しかし、人というものは見えない力を信じてこそいるものの。目に見える成果というものにも敏感なものです」
「……」
「求心力という意味では、……リヒャルト様のお立場が危ういかと」
「……父上は?」
「何も」
「そうか」
父上は言った。
オレの心配するようなことは、何もないと。
(それはつまり……、リヒト兄上が王位を継ぐということだと解釈したが)
実際のところは、あの野郎が王位を継いだとしても、この国は問題ない。という意味であったのか?
だが、翼の会という存在が露見した以上。
ルーシェントとは切っても切れない縁である、女神聖教に権力が集中するのはまずい。
あいつは腕っぷしは強いが、バカだ。
力を正義と成すなら、力なき者の居場所はどこだ?
恐らく、そこまで考えが及んだ結果ではない。
「……もし、ルーシェントへお連れ様をご案内するのでしたら、十分にお気を付けください」
「あぁ、そうだな」
一般的な女神の信徒の多くは、力を持たない者たち。
冒険者になれるほど魔力はなく、また魔法を具現化するのも一苦労だ。
彼らが、女神の教えを守っている以上……。
魔族に対する偏見はまだ少ないとは思うが。
恐怖、というものは時に思いもよらないことを引き起こす。
違うものを信仰する、強き種族。
それに対する恐怖が、遵守する教えを上回った時──
「……彼のことは、オレが守る。そう、……ヒルデガルド殿と約束したからな」
「はい。私共も、出来る限りのことは」
「あぁ。リヒト兄上のことを頼んだ」
「あなた様と、双黒の方に……光あれ」
そう言うと、ブリッツは闇に消えて行った。
「……」
リューゲンとやらのように、あのレベルの魔眼を使える者は……。
恐らく父上と、その周辺くらいだろう。
冒険者の中にもいるだろうが、彼らは基本的に国絡みの面倒事は避ける傾向にある。
それに、ルカ自身が凄腕の魔術師だ。
魔力量の大きい彼を暴くには、相応の実力者でないといけない。
だが……。双黒を持つ者という意味では、なかなかに珍しい存在だ。
それに対する畏怖の念も、他国より大きいはず。
金の髪を持つ一族が統べる国であれば、尚更。
「魔族……か」
打ち負かすとは、なんだ?
まさか、魔族領に侵攻するとかバカを言うんじゃないよな。
「彼らがオレたちに、何かしたのか……?」
やはり、あのバカのことは分からない。
だが、それ以上に……。
バカなことを良いことに、あいつを傀儡とする周りの者。
そいつらの考えが、分からない。