表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

66/90

第六十話 旅の吟遊詩人


 東門から王都の中心部へと戻る。

 女神の教会は、冒険者ギルドとそう遠く離れていない位置にある。


「パパっとみて、ごはん~♪」

「はぁ」


 行く意味あるのか、それは。


 女神の教会が光の十二時を告げる鐘はとっくに鳴っていて。

 街行く人々は、おそらく昼食を済ませた後だろう。

 店が混んでいないと予想されるのは、いいことだ。


「──ん?」

「? どうした」

「なんか、音が……」

「! 確かに……。楽器、か?」


 街の中心にある広場。

 更にその中心には、レヴィ・ファーラントを模したと言われている像が立っている。


 そちらの方から、なにやら弦楽器の音が聴こえる。

 音色はこの辺りでは耳にしない独特なもので、同時に歌声も聴こえた。


「吟遊詩人……、風の民か?」

「おー」


 風の女神を信仰する国は、その女神の気風から自由を愛する民だと言われる。

 冒険者のように移動を伴う職に就いていない者以外でも、住まいを定期的に変えたり、放浪する者もいるという。


 ゆえに、情報の伝達という手段に吟遊詩人たちの『詩』を用いたのも、その国が最初だと言われている。


 自然と音の方へと吸い寄せられる。

 どこか、懐かしいという感覚にも似る。


「────おや?」


 不思議な雰囲気の御仁。


 六弦から成るリュートを爪弾く手をとめ、こちらを見つめる人物は……とても形容しがたい不思議な雰囲気を纏う。


 緑の外套の下には白い衣服を身に纏い、頭には……ターバンというのだろうか。

 緑のそれに覆われている。


 片側に寄せた長い髪は、毛先だけを見れば緑色なのだが、ターバンからのぞく根本に近い部分は銀。

 そして、一番特徴的なのは……。


「おー! エルフの……詩人さん?」

「珍しいな」


 エリファスと同じ耳の形をした人物はまさしく、エルフ。

 身長も高く、エリファスと同じように……どこか、優美さをもつ。


 しかし、エルフというのは本来土の女神を信仰するゾゾ共和国に集う種族。

 近年冒険者や他国への居住者が増えたとは聞くが……、それにしたって吟遊詩人というのは珍しい。

 僕も初めて遭遇した。


「……そこの双黒の坊ちゃん。あたしに興味がおありで?」


(誰が坊ちゃんだ……)


 その細められた翠の眼に見つめられると、どうもヴァルハイトのようには言いづらい。

 エリファス同様、こう……、逆らえないというか。

 雅さを持つ者へ、あまり事を荒立てたくないというか……。


「そうなんだよねー♪ エルフの吟遊詩人さん、珍しいなって!」

「そう言われると、そうですかねぇ。あたしはこれが仕事なもんで、疑問には思いませんが」

「へー。趣味じゃないんだ?」


(どんな会話だ……?)


「趣味? ふぅむ。そうですねぇ……。趣味といえば、趣味かもしれませんねぇ。なんせ、語り継ぐことの多さといったら、それはもう大変ですから」

「おー!」


(……なんなんだ!?)


「どうです? 一曲」

「ルカちゃん、聴いてみようよ!」

「ま、まぁ……お前がそこまで言うなら」

「どうも。……それじゃぁ、一曲」


 そう言うと、エルフの詩人はリュートを奏で始めた──




 ──朝の光があなたを迎える頃、

   わたしは夜の静寂と共にする


   夜の色があなたに近づく頃、

   わたしの一日が始まる


   この一日(いちじつ)の想いがどれほどの苦しみを抱いたら、

   未来(きぼう)という名に変わるのでしょう


  

   わたしを愛と呼ぶのなら

   あなたをなんと、呼べばいいのでしょう



   耐えうる強さの果てが怒りでも

   望まぬ清さが悲しみの入り口でも


   臨む羽ばたきが孤独を招いても

   母なる祈りが恐れの始まりでも


   七つの荒野をどれほどの想いが渡れば、

   やがて命となるのでしょう



   この六つの心が人を成すなら、

   あなたをなんと、呼べばいいのでしょう──

  



「──とまぁ、こんなところでしょうかねぇ」


 息をのむ、というのはこのことを指すのだろう。

 楽器の音色に乗せた彼の言葉たちは、まるで目の前に物語の主人公が現れたように感じる。

 その妙なる声色も相まって、僕らを別の空間へと誘うかのようだ。


「……不思議な唄だな。どこか、心地よくもあり、……悲しくもある」


 彼らの発祥が情報の伝達であるなら、これも史実。

 あるいは伝承を詠んだものだろうか。


「それがあたしの売り、ですからねぇ」

「な、なんか……、こう。心がザワッとするというか。なんというか!」

「そう感じていただけたなら、あたしの仕事も大したもんだ」

「ふむ。魔法の詠唱とはまた違うが……、旋律に乗せた唄というのは祝詞のようだな」

「魔術師様でしたか。あたしも詠唱は好きですよ」

「そうか。本職にそう言われると、な」

「ふふ、興が乗りましたので……短めのをもう一曲」


 そう言うと、今度は先程よりもどこか不安定な調べに変わる。




 ──愛があなたを救うなら、

   愛があなたを探すはず


   あなたがそれを望むなら、

   愛があなたを望むはず


   一つが別たれ、二つと成りて

   二つの心が一つと成る

  

   愛がすべてを愛するなら、

   あなたはすべてを壊すだろう──




「えーーーーーっと、……嫉妬深い貴族の話!」

「なるほどなるほど。人はそう、詠み解くんですねぇ」

「あるいは伝承の類い、か?」

「さぁ、どうでしょうねぇ」


 どこかはぐらかすような。

 もしくは、聴き手の想像に任せるのが吟遊詩人の流儀なのだろうか。


「不思議なエルフさん!」

「あたしのことは、ライゼンデとでも」

旅人(ライゼンデ)?」

「えぇ、なにせエルフはあまり出歩かないですから」

「変わったエルフさん!」

「はぁ」


 旅人……か。

 おそらく、本来の名ではないだろう。


 なら、僕らも名乗らないでおく方が無難であろうか。


「うーん。なら、ライって呼ばせてもらおうかな♪」

「かまいませんよ」

「それにしても、情報……。というよりは、愛、というのか。こう、情熱的な詩なんだな」


 吟遊詩人の役割も時代と共に変わってきたというが。

 それにしても、彼の詩は『愛』というものに重きを置いているように思える。


「そうですねぇ。なにせ、文や本のおかげで昔ほど()()()()()の苦労はないですからねぇ。娯楽なりに寄っているのでしょう」

「へぇ。愛……かぁ。やっぱり、貴族が禁断の恋とかを詩にしてんのかなぁ?」

「なるほどな。言葉にできない想い、というやつか」


 表沙汰になると困るようなことを、詩にして吟遊詩人が届けるのだろうか。

 あまり芸術的な話は専門外だ。事情はよく分からない。


「そうですねぇ。それに……特別な事情がなければ、『愛する』ということは、『愛してほしい』とほぼ同義でしょうからねぇ」

「「?」」

「伝えることの、むずかしさ。というやつです」

「なるほどな……」


 ただ伝えるだけでいい。

 そうではない場合もあるということか。


 言葉の真意。

 立場からなる想いと言葉の相違。


 心というのは……、想像以上に難解なものなのだろう。


「──では、あたしはそろそろ」

「あ、お代はー!?」

「あたしは気分屋なもので」

「えー! あ、ありがとー!」

「いい時間だった、礼を言う」

「いえいえ。では、()()


 そう言い残し、ライことライゼンデは去って行った。


「ライって不思議なエルフさんだったねー」

「あぁ、それに──」


 エリファスとはまた違う。

 感じたことのない、魔力の質だった。

 ……どうも、その存在自体が掴めないような。


「オレももっと、こう……詩的な会話? しないとな~」

「お前には無理だろう」

「ひどー!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ