第五十七話 掃討作戦 その三
「ちょっ、数、多くない!?」
「ふむ、ランクが低いとはいえ……30よりも多く倒すことになりそうだな」
「れ、冷静ね……」
上級騎士の合図と共に、案内をしてくれたその部下から出立の合図をもらった。
森……ではあるが、幻惑の森やセンの森ほど仄暗くはない。
王都が近いためか、木々同士の間隔が離れていて、陽の光が入るからか。
わりと進みやすい森、とはいえるだろう。
……魔物をのぞけば。
「もしかして、ハズレの道引いちゃった?」
「あり得るな。魔物も群れを成すことはあるだろうし」
「はぁっ、はぁ」
「おい、アスト。息上がってるぞー!」
「う、うるさいっ」
魔物の図鑑をギルドで見てこなかったため、名前までは分からないが。
カニ。魚。はたまたトカゲ。
水辺にいそうな魔物と言われると納得。
ランクはDくらいだろうか。
出くわす度に、なんなく倒す。
亡骸は、収納魔法を持った騎士団の者が順次回収するそうだ。
ランクが低いと、その鱗や甲羅に水属性を纏う確率は低いようで。
アストの焔の矢も通ることが多い。
一応僕は、屋外であることと風属性が得意なため、主に風の魔法で迎撃する。
場合に応じて土属性。
(マジック・ドレイン……か)
闇の属性を会得した者が扱う、収納魔法。
それは、簡単にいえば出口のない閉じ込めるための魔法。
対して、僕が使った闇の魔法。
特にリューゲンへの、魔法──魔力を奪い、そして排出する。
そのイメージで繰り出した魔法。
入り口と出口が同時に開いていれば生物も送れたが、リューゲンの様子を見るに恐らくどちらかが閉じると死ぬ。
もし魔力を奪う、というのが魔族の特性ならば……。
(使わない方が無難だな)
事情を知らぬ者の前で、闇の魔法は使わない方がいいだろう。
そもそも、本来は二つの属性を練り上げて行う魔法というのは、消費が激しいからな。
「──!? みんな、伏せて!」
突然、周辺を探っていたキアが叫ぶ。
「アンジェ、俺の後ろに!」
「きゃああぁぁ!」
「っ、土の盾」
どうやら進行方向から、水の魔法が放たれた。
それを土壁で防ぐ。
「っぶねー」
「……お前は相変わらず身軽だな」
「ルカちゃんのおかげ~♪」
跳躍して近くの木へと避難したヴァルハイトが、僕の横に降り立つ。
そういえば、風の魔道具はずっと機能している。
案外、グリュンバードの魔石というのは魔力を保持しているんだな。
「お、おまえら……なんでそんなに、平気なんだよ!?」
「? 別に騒ぐほどのコトじゃないだろ」
「お前基準で話すんじゃない……」
アストは魔術師として、というよりは冒険者として体力がないように思う。
まだ目的地まで半分といったところだが、既に力を使い果たしている様子だ。
「な、なんだ……?」
「ふむ……、囲まれたか」
「はっ?」
「土を介して魔力を展開した。恐らく8体前後だな」
「す、すごいのね……」
アストは恐らく……、8体に撃ち込む余力はない。
アンジェはクヴァルがみているし、キアも安全圏に退いたようだ。
……ちょうどいいのではないか?
アストにああ言った手前、すこし違ったやり方を体現せねば。
「ヴァルハイト」
「んー?」
「理屈は知らんが……。お前の炎は普通とは違う。……そうだな?」
「さっすがルカちゃん♪ オレのこと、良くわかってるぅ~!」
「うるさいぞ。……なら、お膳立てはしてやる。……やれるな?」
「──お任せあれ」
これがヴァルハイトでなければ思いつかない方法なのだが。
しかし、こいつの炎はあらゆるものを断つ。
……現状、風の魔法を広範囲に展開したのでは木々が味方に倒れてしまうかもしれない。
緑の魔法をつかってもいいが、8体同時にとなると味方への被害が懸念される。
そのうえで、一網打尽にする方法。
(やはり、水属性か?)
徐々に近づいてきた魔物らは、魚のような風貌でありながらも、二足歩行をする魔物。
足の先には水かきがあり、独特の進化を遂げたようだ。
「……動きは止める。あとは任せたぞ」
「りょーかい♪」
「な、なにをする気だ……?」
「──恵みの雨」
「ばっ! 水魔法、だと!? 水の魔物にか!?」
僕は、あえて水の魔法を放つ。
ゆっくりと迫りくる魔物と、僕。そしてヴァルハイトがその身に恵みを受けた。
「アスト。戦いとは確かに力のぶつかり合いだが……、『状況をつくる』ことこそ、魔術師の真価が問われるものだ」
僕の魔力が展開されるこの土壌に、降り注ぐ雨。
それすら僕の魔力。
……ここは既に、僕の領域だ。
迫りくる魔物は、前に出、敵意をとったヴァルハイトに一斉に牙をむく。
「──凍土と化せ」
「……!」
「魔物が!」
駆けだそうとした魔物は、ヴァルハイトへと、一か所へと集約される。
で、あれば。
そこを一気に叩くのが、筋というものだ。
僕の思い通りに、濡れた土から足元、徐々に胴体へと凍り付く魔物は状況を理解できずもたついた。
「行ってこい、ヴァルハイト」
「──焔の剣」
やはり、彼の。
まるで、炎を従えるというよりは、炎が喜んで手を貸しているような。
そんな印象を受けるほどの、綺麗な火属性の付与。
魔術師としては悔しいはずだが、どこか……目を離せないものだ。
◇
「ヴァルハイト、すっごーい!」
「相変わらず、強いわね」
「いや、ルカの機転も見事だった」
「……ふんっ」
分かってはいたが、ヴァルハイトは魔物たちを文字通り一網打尽にした。
やはりというか……、剣士とこうも相乗効果を成せるのはなんだか不思議なものだ。
「──!」
「? どうした」
味方の感嘆を浴びていたヴァルハイトは、なにかに気付いた様子だ。
まさか、魔物か?
気配は……、今のところないが──
「水もしたたるイーィ男……。そう、──オレ!」
「「「「「…………」」」」」
……、バカか?
魔物を倒したばかりでのその余裕さも相まって、驚きのあまり言葉を失った。
「ちょっとちょっとー! 反応! ムシはよくないよー」
「そのまま風邪をひけ」
「ルカちゃん、シンラツゥ!」
「…………はぁ」
せっかく見直したと思ったら、これだ。
やはりこいつの付与魔法が、個人の才であるという説には納得がいかない。
「その、……あいつがバカで……すまない」
自分でもなにを言っているかは分からないが、そう表現するほかない。
「ううん! なんか……ヴァルハイトって、気さくなんだけどさ。前はもっと、壁があったというか……」
「そうね。言動は砕けてるけど……、本心は見せないって感じだったわね」
「やっぱりそう思う!? うまく言えないんだけど……。今は、心から楽しいんだろーね!」
「そ、そうなのか……?」
「うんうん、ご婦人方はやはり鋭い」
「……?」
よく分からないが、どうやら良いことではあるらしい。
「ふ、ふんっ。な、なかなか、……やるじゃないか」
「! それは──」
意外な人物から、褒め言葉を授かる。
……褒めてる、……と解釈していいのだろうか?
「アスト、相変わらず素直じゃねぇなー」
「う、うるさい」
「いや、本当にルカの魔法の使い方は参考になるな。アスト、教えてもらったらどうだ?」
「ぐっ」
「ふむ……」
なるほど助言、か。
確かにこれまで、支援職ではない魔術師と組む機会はあまりなかったな。
「焔の矢は誘導性に優れる……が、外すと隙が大きい魔法だ。アストの魔力だと連発はできないだろうし……そうだな。僕ならまず──」
「ルカちゃんて、ふだんは考え事が多くて静かなのに、魔法のことになると口数増えるんだよね~」
「あら、いいじゃない。いつもはヴァルハイトが賑やかなんでしょ? あなたたち二人でちょうどバランスとれてるじゃない」
「……なるほど? そういう考えも……まぁ、アリ!」
「ほんと、楽しそうで何よりだわ」