第五十話 昨日の敵は、
大きなギルドだけあって、建物内でいくつか区画が分かれている。
その内の一つに食堂があり、各々好きなものを頼んで席についた。
五人組のうち四人は別の席。
僕ら二人の目の前には、リーダー格の短剣使いだけが座る。
「今更だが、俺の名前はラディーレン。……ラディと呼んでくれ」
「ルカだ」
「ヴァルハイト~♪」
「ルカにヴァルハイト……、前にお前達を襲撃したのは、本当に、申し訳ないことをしたと思っている」
改めて、僕らが初めて顔を合わせたあの時のことを詫びられた。
僕らは事情を少しは理解したので、彼が思っているほど気にしてはないのだが。
……というか、むしろ彼らのその後の方が気になる。
「いや、少しは把握しているつもりだ。クレーマー男爵のせいで確保できなかったハイ・ポーションを求めていたのだろう? プラハトにはあいにく無かったが。金を稼いで、他の街で確保するつもりだったのか?」
「知ってたのか……? ああ、そうだ。王都では伯爵の身内には売らないよう手を回されていた。さすがに治療院には処方してもらったが、そもそも買占められていたから数もなくてな。伯爵……旦那様や奥様にはずっと世話になってきた。……だから居ても立ってもいられず、王都以外でハイ・ポーションを確保しようとしていたんだ」
「それが、王都以外でも高騰していて金が必要だったと。シェーン・メレには行ったか?」
「いや」
「それは良かった。男爵が普通のポーションをハイ・ポーションと偽っていてな。それを安価で提供するカフェがあったんだ。行っていたら魔眼がなければ危うかったぞ」
「バカが勝手にやってたことだから、もう大丈夫とは思うけどね──」
「そうだったのか。それは危なかったな。あいにく魔眼は誰も使えないんだ……。エリファス殿がいらしてくれて、本当に助かった。……お前たちの仲間なのだろう?」
どちらかと言えば、師匠や王の仲間なのだが。
「まぁ……、知り合い? にはなるな」
「エアバルド王から頼まれたらしいよ♪」
「王が!? 一体、どう恩を返せば……」
「ラディといったか。随分と義理堅いのだな」
彼は人からの好意をとても真摯に受け取り、それを必ず返さねばならないという使命感があるように思えた。
もちろん、返せるに越したことはないだろうが。
今回の件についていえば伯爵はただの被害者。
忠臣を想うエアバルド王の、含みのない温情だ。
「今回のことは、個人間のことだけではなく、国家間にも発展する事件の一端だ。お前たちがどうこう出来る範囲ではない。素直に受け取るだけでいいと思うが」
「オレたちにも別に、恩返す必要ないよ~? 気にしてないし!」
命を狙われたことに関しては、まぁ穏やかではないが。
事情が分かったところで、一つの区切りはついた。
今更恩を返す、と言われたところで、だ。
それよりは伯爵らへ立派に仕えてくれればそれでいい。
「そうか……、感謝する」
「いえいえ~♪ それで、なんか頼みごと?」
「ああ、本当に申し訳ないのだが。一つ、頼まれてくれないか?」
頼まれごとに心当たりのない僕らは、今一つ要領を得ていない。
彼の言葉を待つ他なかった。
「実は、俺には妹がいるんだ。俺たちとは違い、パーティーを組んでいるわけではない。だが、奥様の容体がわるくなる一方で、……俺たちと同じく王都以外で冒険者として活躍し、ハイ・ポーションを集めようと屋敷を飛び出した。その妹をもし見掛けることがあれば、この手紙を渡してはくれないか?」
言うと、机の上で手を添え静かに差し出した。
「今回の件と、奥様が呪術に関しては全快し、容体も安定したことが書かれている。このまま冒険者を続けるなら止めるつもりはないが、一応こちらのことを伝えておく必要があってな」
「ほう。お前たちは王都に留まるということか?」
「ああ、元々伯爵家の護衛だからな。屋敷から出るご予定がない時に、王都のギルドで依頼を受けるという日々を送っている。俺たちにとっては、育ての親も同然なんだ。あんなこともあって、御側を離れたくない……頼めるか?」
「……それは承知した。だが、僕らにその妹とやらが探せるだろうか?」
正直僕は、他人と積極的に関わるタイプでもない。
おまけに黒持ちも手伝って、他人からも構われるタイプでもない。
「特徴さえ教えてもらえれば、冒険者なら見逃さないかもなぁ。女の子ならトクに♪」
そうだ、こいつがいた。
女性なら、むしろヴァルハイトに積極的に接触してくれるかもしれない。
「お前たちの旅路を邪魔したくない、どこかで見掛けたらで構わない。俺も今どこにいるかすら分からないからな。特徴は……、そうだな。俺と同じ青みがかった緑色の髪で」
「ほうほう」
「俺と同じ短剣使い。性格は……まぁ、控えめであまり口数も多くないから。パーティーのリーダーをすることはないと、思う」
「ほう……ほう?」
「見た目はとにかく、天使。美少女。かわいすぎる。冒険者なんて危ない目に本当は合わせたくない。ずっと俺の近くで守ってやりたい」
「ほ……う……」
「はぁ」
途中から、特徴と言うよりは自分がどう思っているかを語りだした。
妹のことになると、周りが見えないタイプか。
溺愛、というやつだ。
「それで、その妹の名前は?」
「あ、あぁ。すまない。妹の天使具合は語り尽くせないんだ。名前は、イレーズ。かわいいだろう?」
「「イレーズ!?」」
「……え?」




