第四十四話【別視点】剣士のさだめ
「兄上」
「──ヴァル! 驚いたよ、こちらに来ていたんだね」
「はい、王に……父上に無理を言いました。貴方の道に、影を落とす存在を知って……。大人しくしていることなど、出来ませんでした」
そういうと昔から良く見た、優しい表情をリヒト兄上はオレに向けてくれた。
「君の命を狙う者達だというのに……。無理をする。だが、他人に優しいのは変わらないね」
「無欲なくせに、自己犠牲が過ぎるんですよ。我が君は」
いつの間にやら傍に来ていたアコールには、小言を言われる。
「なーに言ってんの、オレが来なかったらアコール大変だったでしょ!」
「いえ? 私とヒルデガルド殿がいれば問題なかったですね」
「はいはい、どうせ余計なことしましたよーー!」
「ヴァル。本当に、良かったのかい?」
「?」
年下の弟をあやす兄の顔から、未来の君主として、国を憂う者としての表情へと変わる。
「これは私の予想だけどね。今回のことは、きっと……。父上なりに、君へ選択肢を与えたかったんだよ。君の母上が亡くなって、ずっと王家に縛られてきた君を。第二王子が光の魔法を覚えた途端、いなかった者として扱った。……父上は、王である前に、君の父だ。だから、君が望むなら、この場で雷の魔法を顕現させて、他国に君を王として認識させることも出来た」
「それは……」
「そうでなくとも、君がメーレンスを調査する旅に出るのを許してくれたのは、父上なりの愛情だったんだよ。王家の都合で君の人生を狂わせてしまった、……だから、君が王になったとしても、そうでなくても、どちらでも良かった。選んで、欲しかったんだと思うよ」
「選ぶ、自由。か」
「私もそう思います、貴方様がこの国でどう在ったとしても、助けてやって欲しいと。親書には、そのように書かれていたと思いますよ」
「父上……。あーあ、オレには何も言わないでさ~! 親子ってのは、……難しいな。分かりづれぇ」
確かに、自分の過去の生い立ちとその後について、王家に尽くしてきたといっても過言がない。
それがあの日、……一瞬にして覆ったことは今でも鮮明に覚えている。
父のせい、だったのかもしれない。
母のせい、だったのかもしれない。
でも、オレは、誰のことも憎んでいない。
もし、オレがほんとうに望まれてない者だったのだとしたら──。
「でも、父上も分かっていたんだと思うよ。腕のいい魔術師は勘が良いからね。母君がヴァルを身ごもった時、何かを感じとったんだと思うよ。でなきゃ、ヴァールハイト・ルースなんて、名付けないさ」
「──あぁ、そうだよなぁ」
きっと、光魔法の閃きと同じく、オレが宿った時に何かを感じたんだろう。
そこに、王の光をみたことだろう。
実際に生まれたオレは、母と同じ髪色をしていた。
王家の血筋は、みな輝く金色の髪。
普通であれば、今の立場ですらなかったはずだ。
紛い物なオレだけが、生まれながらに光の属性を宿してしまった。
でも。
王としての強制もせず、それを諦めもさせなかったのは、愛情以外の何物でもないはずだ。
「あー、兄上。父上に言っておいてくれないか?」
「ん?」
「オレにとっての光とは、『王』ではなく、『友』だったようです。ってな」
王になることは、オレにとって一種の希望だった。
それを生きる目的として、教養も身に着け、身を守る術を身に着け、国を治める術を学んだ。
それが無意味に終わった時、オレに残るものは果たして何だっただろう。
『自分』という存在が、王になるべくして生まれたのだとしたら。
人生とは、何だったのだろう。
きっと、メーレンスに来なければ。
これからも、虚無感と共に生きたことだろう。
だが、ルカと出会って。
統べる者としてではなく、純粋に一人の人間同士が対等に支え合うというのは、こんなに生きていることを実感出来るのかと。
素直に、驚いた。
身分も関係ない、火の魔法が使える、ただの魔法剣士。
オレは、オレでいいのだと。
「そうか……。戻らないのか?」
「んーー。兄上が王太子になられた暁には、お祝いに参上いたしますよ♪」
「ふふ。なら、しっかり励まないとだな」
「兄上に……、光あれ」
「えーー! 我が君ばっかり、ずるいですよ! 私とてルカ君と旅したいんですが!」
「アコールはまだまだ残務処理あるでしょー。まだ第二王子派だって、全員把握してる訳じゃないんだからさー」
「リヒャルト殿下、我が君がひどいです!」
「ほんとだね。そうそう、アコール。ヴァルがいない間は私の手伝いをしてもらうからね」
「似た者兄弟だ……」
「兄上の周りを固めたら、合流すりゃいいじゃん?」
「簡単に言うんだから……」
アコールには、相当苦労をかけたと思う。
オレの素性は、王家とごく一部の臣下にしか知らされていない。
見た目のこともあり、対外的には第三王子は居ない者とされている。
そのため、第二王子派と思われる者には何度か命の危険にあわされた。
そんな時、いつも助けてくれた存在だ。
彼にも、いずれ恩を返せると良いのだが。
「──それはそうと、兄上! 聞いてくださいよー。仲良しの子が、ヴァルって呼んでくれないんですけど。どうしたら良いですかね~」
「ん? そのままで、良いんじゃないかい?」
「えー? なんか、距離置かれてるのかなって。ちょっとは信頼されたかなぁって思ってたんですけど」
「それはヴァルの考えでしょ。きっと、その人にとっては、他のところで信頼の証となる表現をしてくれていると思うよ。何も、愛称で呼ぶだけが、友ではないでしょう」
「……そっか。なら、イイや♪」
「ルカ君大変だなぁ。この人友達いないからなぁ」