第四十二話 起源
「…………はぁ?」
リューゲンの驚きに満ちた眼差しが、僕に突き刺さる。
何をバカなことを。
こんな時に冗談など、よほど余裕があると見える。
僕はどこからどう見ても、人間だ。
特徴的な見た目もない。
第一、魔族など見たこともない。
いや。……見たことがないからこそ。
違いというのは、分からないのではある……が。
しかし──。
「黒を持てる者など魔族しか。いや、しかしどう見ても人間…………、そうか!!」
自己問答の終わったリューゲンは、一つの解を寄越した。
「お前、──ルミナスの子だな!?」
「ルミ、ナス……?」
初めて聞く名。
なにひとつ、聞き覚えのない響き。
だが……。
理由は分からないが、なぜか心が跳ねた気がした。
「そうか、そういうことか。確かに、……あの女はヒルデガルドのパーティーメンバーだったな」
(どういうことだ……?)
僕の知らない情報を、次々と披露していったリューゲンは、ずっと謎であった答えが分かった満足感にひたっている。
「危うく、魔族を見過ごすところだった。……まぁ、元々生かしてはおけなかったが、尚更……死ね!」
「──!」
追撃の火球を放たれる。
数は五つ。
奴の真上で扇状に展開されるそれは、ひとつひとつがまるで意思あるかのように僕へと迫る。
どうする。
水の魔法で消す、か?
いや、ここは水の盾で──。
「おらおら!! 休んでる暇はないぞ! 凍てつく雨!!」
次いで、氷の魔法を唱えられた。
刹那で真上を確認すれば、僕を捉えるには充分すぎる範囲に氷の刃。
水の盾を前方に展開すれば、火球は防げる。
だが、そちらにばかり気を取られると上空より来たる氷の刃を浴びることになる。
光の盾であれば、一度に全てを防ぎきれるだろう……が。
あいにく僕は使えない。
片方を別属性で防いだあと、すぐ様次の魔法を撃てるだろうか?
恐らく着弾はほぼ同時。間に合わない。
ならば、ここは──。
『我が名はルカ。闇を紡ぐ者。その漆黒にして深淵の闇をもって、我を守り彼の力を奪いたまえ』
「! 闇魔法か!」
反射と吸収の作用がある光の魔法と違い、闇の魔法は、奪う。そして排出するという特徴がある。
以前、師匠の元へとバカ共を送り届けた魔法は、空間魔法で今回とは少し別物だ。
収納魔法におさめたモノを、同じ魔力の元に届ける魔法。
魔道具を用いたから、魔術とも言えるかもしれない。
自分の魔力の痕跡を辿り、届ける。
その闇は完全に僕が掌握していて、傷を付けるでも、常闇に葬る訳でもない。
一度に大量のモノを空間転移したため、あの日はすぐに疲れてしまったが……。
本来。
純粋な闇の魔法で身を守り、そこへ魔法を放たれるとどうなるか──。
漆黒の闇が僕のまわりを覆い、放たれた魔法を全てのみ込んだ。
「ば、……バカな! やはり、貴様、魔族だな……! 人間には扱えない、マジック・ドレインか……!」
「──!?」
バカな。
人間には扱えない、だと?
普通の闇の魔法は、魔力を奪わないとでもいうのか?
「──っ、返すぞ」
闇によって奪われた相手の魔法は、そのまま対象を別へと向けられ、排出される。
「ぐわああああ!!!!」
火球は水の魔法で防いだが、火の属性を持っていないリューゲンは、火球以外の火の魔法が使えない。
そのまま、自身が具現化させたはずの氷の刃によって肩、脇腹、脚、いたるところを裂かれ血しぶきが走った。
「く、くそっ! 殺してやる!! 親子ともども、あの世へ送ってやる!!!!」
「────なっ!?」
──イマ、コイツハ、ナントイッタ?
「落ち着け……」
奴が聞き捨てならない言葉を放った瞬間。
僕の中の、ナニかがざわついた。
それは、心なのか?
魂なのか?
それとも、魔力なのか?
形容しがたいざわめきが、次第に抑えきれないほどに膨れ上がった。
まるで僕を取り込まんとするように。
まるで、僕の心を深淵に誘わんとするように。
「や、めろ……」
自身のコントロールを失った魔力は、勝手に動きだす。
「ひっ!?」
リューゲンの背後。
白日にさらされたその身の後ろには、しっかりと影が出来ていた。
そして、不可思議な魔力によって、他人のものであるはずのそれが動いた。
「ゃ、やめろっ! は、離せっ!」
しゅるしゅると、元の形から次第に手を伸ばす様に数多の影が身を拘束する。
それは、闇の魔法であるから。
恐らく、魔力を存分に奪われているであろう。
抵抗する力もないほど、リューゲンは弱り切っていく。
さきほどの威勢は見る影もない。
「や、やはり……。ナハト・レイ……!!」
──この際、訳の分からないことはどうでもいい。
ただ、間違いなくこいつは、僕のことをルミナスという者の子だと言った。
そして、親子共々、あの世へ送ると言った。
つまり。
「く、来るな……」
一歩ずつ、死の音が近づく様に、確実に奴へと近付く。
ローブの片側に刺した、短剣を手にとる。
「……お前が、殺したのか?」
もはやこの眼に、奴など映らない。
この声には、もはや慈悲などない。
「お、俺じゃない!! 同胞だっ!! 俺を殺せばっ、同胞のことも、お前のっ親のことも、何も──!!」
「死ね」
そんなことはどうでもいい。
僕は、ずっと自分は双黒がゆえ、……親に気味悪がられて捨てられたと思っていた。
だから、一人で生きていくのは当然のことだと。
生まれながらに『異質』とみなされた僕は、自分を自分で生かさねばと。
誰にも頼らず、一人で生きていければ、誰にも捨てられない。
そんな、屁理屈にも似た生き方をしてきた。
だが。……本当は、そうではなかった。
この感情は、──何だ?
──僕の中は、真っ黒だ。
無慈悲な刃を、迷いなく振り下ろした。
「………………その手を離せ、ヴァルハイト」
いつの間にやら、傍に来ていた剣士に手を止められる。
「やだよ。……友達が悲しんでるのに、何もしないなんて、出来ない」
「悲しんでなど──!」
「じゃあ、その涙は、なに?」
「……!」
僕は言われて、初めて気付いた。
真っ黒な体から出るにしては温かい、雫。
涙など、この頬を伝ったことが今まであっただろうか。
「……ルカちゃんが感情を表すようになったのは、嬉しいよ。でもそれが、一人ではどうにもならない悲しみや苦しみなら、人を頼ることで乗り越えたって、良いんだよ? 何も遠慮することはない。……この手を離せば、ルカちゃんはもっと、苦しむことになる」
誰にも言われたことのない、優しい言葉。
それを、わずらわしいと思わないのは、僕らしくもない。
「多分ルカちゃんは、頭が良いから分かってるんだ。……こいつを殺したところで、大事な人が戻らないことを。……でも、それでも。心が、ついてきてないんだよ」
「こころ……」
「だったら、こんなクズのために、ルカちゃんが苦しんでまで手を汚すことはない。……それを止めるのは、オレの役目だ」
言う通りだ。
自分では気付いていない、感情の働きかけがあったにせよ。
こんな奴を殺したところで、母と言われたルミナスという者は還ってこない。
それどころか、今貴重な翼の会の情報を持っているのは、今回の首謀者であろうこいつだけだ。
だが、これまでずっと律してきた己の心とやらは、怒りや悲しみ、苦しみについてきていない。
頭では理解していても、体が勝手に動いてしまった。
──目の前のこいつを殺せ。
それを止めるのが、ヴァルハイトの役目なのだと。
……果たしてそういう存在を、普通は何と表すのだろう。
「ヴァルハイト…………、すまない」
「ちがーーーーーーう!!!!」
「……は?」
「そういう時は、ありがとう。だよ♪」
「そ、そうか。あっ、ありが……とう」
「いえいえー♪」
僕一人では、きっと感情の整理をつけることなど出来ないだろう。
衝動に身を任せ、それすらも呑み込めないほどの、深い慟哭の中に居たことだろう。
……こいつの明るさと誠実さに、助けられた……か。
「まーそれはそれとして? てめぇはマジで許さん」
再びリューゲンへと向き合えば、魔力を吸われ続けぐったりとしていた。
マジック・ドレイン……初めて聞いたが……、しかし。
「アコーーーール!!!!」
「──我が君、お呼びで…………、ってルカ君!!??」
「久しぶりだな、アコール」
「え、え? なに、知り合い!?」
「また後で、な」
「ちぇー。ヘクトールと一緒に繋いでおけ」
「はっ」