第三十九話【別視点】剣士の名
センの森は、水属性に長けた薬草が採れた場所。
であれば、その見た目からも、恐らくこの主は水属性に特化した魔物だろう。
「どうすっかなー」
すらり、と腰の剣を抜き対峙する。
本来であれば、土や風属性が望ましいが何分オレは持ち合わせていない。
体は鱗に覆われており、顔は何やらヌルヌルしている。
き、きもちわるい……。
「あーー、お前も自分の土地じゃないのにな。すぐ楽にしてやる、よ!」
言いながら駆け、以前挑んだ大蛇とおなじ要領で愛剣に火の魔法を付与した。
「おーらよっとお!」
風の魔道具のおかげで軽やかに飛び立つ体は、普段以上に舞った。
かたい鱗が水属性を帯びた素材であれば、不利。
オレは迷いなく頭へと、剣を振り下ろした。
「!」
かたい物同士がぶつかり合う音の後、弾かれる。
体勢を整えて、再度向き合う。
固いのは、骨か?
いや、だが焔の剣として振りかざせば、骨すら貫通するはずだ。
もしや、全身を水の魔力が帯び、火の魔力を無効化されたか?
それでも、オレの火は特別熱い。
ちょっとやそっとの、水の魔力なら抵抗はあれど貫くはずだ。
そんなことを考えていると、主がその大蛇のような体の先を打ち付けてくる。
「危ないなー!」
身軽に避ければ、主は怒ったように猛攻を仕掛けてくる。
「ちょっ、落ち着けっ、な!?」
しかし、これではいつまでたっても平行線。
基本だ! 戦いとは常に基本を修めて、そこからの発展だ。
「んーーー?」
冒険者の基本、まずは対象をよく観察すること。
避けながらも、状況をどうにかするより、まずは対象を観察をしてみる。
すると、気になったのは本体ではなく、その奥だ。
「あーーーー! てめぇら、ズルだろ!!」
森の主をよび出した者たちは、その後も主へと魔力を送っているようだった。
確かに……普通によび出しただけでは、ヒルデガルド殿らに通用しないはず。
用意周到、というやつだ。
供給されるは、数人分の魔力。
そのため、今の主の魔力量に対して、オレの魔法が通用しない。
「戦術、というのだよ。剣士殿」
「は、腹立つ~~~~!」
しかし、ルカはリューゲンってやつ。
アコールはヘクトールで、ヒルデガルド殿は他のヤバイ魔術師から王をお守りしている。
「……イチかバチか、ってね!」
広範囲に火の魔法を放ってしまうと、中庭とはいえマズい。
しかし、この直線上。
主とやつらだけ、何とか当てれれば──。
「突き抜けろ──! 焔の槍!」
焔の槍を、二本。直線的に並べて、放った。
このままでは、森の主に無効化されて終わりである……が。
一本目の狙いは、かなり上だ。
「さすがにそこは、防げないでしょ!」
森の主の頭部。
その中でも、特に守りがうすいであろう瞳を狙う。
そこがいくら魔力に帯びていても、物理的に攻撃されれば想像しただけで、痛い。
「──!!」
声を発さない主は、到達した一本目の焔の槍の攻撃に、激しく身悶えた。
「お、おい!」
「こちらへ来るな!」
主の体は、まるで大蛇。
で、あれば。その体が身悶えれば、しなやかで細長い体をくねらせ、後ろにいた魔術師たちを巻き込んだ。
「よそ見厳禁~♪」
更にもう一本。
放っていた、焔の槍が今度は悶えた主の合間をぬって魔術師たちへ到達する。
「く、くそ!」
さすがに陣形を維持していられない魔術師たちは、わらわらと散りながら攻撃を避けた。
「い・ま・の・う・ち!」
再度、いまだ身悶えている森の主の頭へと振りかざす。
だが。
「──! おー、なんだなんだ」
少しは傷を付けられた。そう思ったが……。
瞬きの間に、その傷が癒えてしまった。
「ふっ、バカめ。我々がなぜ、わざわざ森の主を選んだと思っている」
「うるせー知らねー」
「どうせ倒せないだろうから、教えてやろう。水属性と相性の良い主に、ポーションで呪術をかければどうなると思う?」
「!」
そうか。
あの時の馬車は襲われたのではなく、襲わせたのか。
呪術の掛けられたポーション。
それを森の主は暴れたはずみで、体にかけたか口にしたはずだ。
つまり森の主は、己の意志でここで暴れているのではなく、操られている。
それも、ポーションを大量に摂取した分だけ、何度傷付いても回復するおまけつきなのだろう。
「クズが……」
「なんとでも言え。魔術師が、我々が世界を統べるんだ。そのためには必要な犠牲なのだよ」
「あんたら、それ。シュナイダー伯爵の奥方にも同じこと言えんのかよ?」
「当然だろう。奴らは、魔法の才のない孤児たちに、あろうことか貴重なポーションを融通しようとしていた。我々のような、崇高な目的の者にこそ必要な物なのに、だ」
「崇高~~? てめぇらのこと棚にあげて、他人には痛みをもって押し付ける。そんな奴らの、どこが崇高なんだよ!」
「しかしそれが、女神の思し召しというやつなのだよ。剣士殿」
この世に生きる者が、仮に女神によって魔力が与えられたとしてもだ。
その違いを利用して他者を貶めることなど、女神が望んでいるのだろうか。
「都合のいい御使いだこと~~」
「何とでも言え、そして……死ね!!!!」
傷の癒えた主が、再び襲いかかる。
「っ、埒があかねぇな」
このままでは、どう考えてもあちらに分があがる。
やるしか、ないか。
シェーン・メレで使わずに済んだ、とっておき。
「ふーーーー」
一呼吸おく。
自身の存在を、改めて己に問う。
魔力の顕現とは、己を理解し、己を認識し、己と共にある魔力、それを外へ発動することだ。
オレは、誰だ?
ヴァルハイト?
ヴァルハイト・ルース?
そうだ、きっとそれは、やっと掴めたオレの自由の名だ。
まがい者のオレが、敬愛する彼にしてあげれること。
『仮面』を被ること。
道化を演じ、生きる意味だったはずのそれに相応しくないのだと。
そう、知らしめる名。
でも今は、違うんだ。
オレは……。
ヴァールハイト・ルース・フォン・ルーシェント。
光を纏いし者──!!!!
「────、行くぜ!」
再び地を蹴り、主へと駆けた。
「だからその手は通用せんと……」
うるせえな。
戦いってのは、最後まで分からないんだぜ?
さきほどとおなじ要領で跳躍し、主の頭目掛け……振り下ろす。
……オマケつきで、な!
「来たれ────、雷神の怒り!!」
振り下ろした先の、まだ癒えぬ傷。
そこを目掛けて、雷の魔法を発動した。
轟音を響かせ傷へと侵攻したその一撃は、確実に森の主を仕留めた。
内側からの、徹底的な破壊。
水魔法では再生できない、体の内からの深い傷だろう。
「な、なんだ!?」
「今のは……?」
大きな音をたて、頭から崩れ落ちるように主は地に伏した。
「バカな……!? 有り得ない。光の眷属魔法、雷の魔法だと!? それが使えるのはこの世で唯一……、光の先天属性を持つメルヒオール王だけ……!」
「あーーーーーーー、今の、内緒な?」
「そうか、ヘクトール殿が言っていたのはそういう事か! 光の先天属性を持つ者は、何よりも王位継承権が優先される。……こいつ、生かしておけないぞ!」
わらわら、わらわらと。
「はーーーーめんど」
「助太刀しましょうか? ヴァルハイト」
鈴の音のような、凛としていて美しい声。
美しいの代名詞、エリファスが、いつの間にか傍まで来ていた。
「あ、相変わらず気配ねぇな……」
「ふふ。伯爵の奥方は解呪しましたよ。そこに、護衛らしい五人組の冒険者がいらしたので、交代してこちらに参りました」
「へえ?」
「何でも、孤児院でお世話になった奥方のために屋敷を飛び出して、高価なハイ・ポーションを求めていたんだとか。……クレーマー男爵のせいで、高騰していますから。そう簡単には手に入らなかったみたいですよ。帰ってきたところに解呪が成功しましたので、とても感謝されました」
「ん? 五人組……どっかで聞いたな」
「どこかで会っているかもしれませんね」
「ごちゃごちゃうるさいぞ! 二人まとめて、死ね!!!!」
「──なるほど」
その解呪すらも行える、相当な実力の魔術師からは想像できない、素早い動きで相手に到達し。
喉元に、刃を当てた。
「私たちの組んでいたパーティーは少し変わっておりましてね。前衛職が回復魔法に特化していたんですよ。……ご自身の国を治める者の実力、もう少し知っておいた方がよろしいですよ?」
そう言いながら、エリファスはエアバルド王の方を見遣った。
「く、くそ……」
「ここは私に任せて、ルカの方へ行ってください」
「エリファス……、頼んだ!」