第三十七話 目論見
「リューゲン! 何を考えているの、バカな真似は止めなさい!!」
師匠は同僚である男に、呼びかける。
ヘクトールとクレーマー男爵、第二王子派と思われる一部のルーシェントの護衛達は、男の傍へと逃げた。
「……伯爵の奥方に呪術を仕掛けたのは、そなたか?」
エアバルド王は、確かめるように問い掛ける。
「なるほど……、単属性とはいえ頭は切れるらしい。次席が視察で居ない今がチャンスかと思ったが、手強いな。あれは実験だよ。……あんたの為のな」
「ふむ。私は法で定めることはしないが、呪術の研究を禁ずると。そなたが筆頭魔術師になった際、そう言ったな?」
「あぁ、言われたさ! だからなんだ、単属性風情が偉そうに。我ら魔術師は知識の探求が生きる喜び……、それを禁ずるのは我らへの冒涜である!!」
「魔物への対抗手段は、魔術でなくとも魔法で良い。それも、魔力の低い者へも還元できる魔術ならいざ知らず。そなたがやっていることは、人を脅かすものだ」
「我らは『魔術師』だ! そんな綺麗事を言って、我らの力を削ぐつもりだろう! 魔術師を御しやすくしようとでも思ったか!」
彼らの言う、魔術とは呪術のように属性の区分なく魔力を用い、魔法陣・道具・儀式などの媒介を経て行使する魔法のことだ。
まだ魔法が発達していなかった頃、大陸を統べる大国がまだ確立されていなかった頃。
そんな時に主に発達したものだ。
対して僕らがいつも使っている魔法は、僕らの内に備わる魔力と属性を自然の力に寄せて、発動するもの。
媒介を必要とせず、襲いくる魔物への対抗手段として僕らは学んできた。
「自分に誇りを持つことは、とても良いことだ。私はそれを否定しない。だが……、我らが戦うべきは魔物だ。問答無用で刃を向ける相手にこそ、対抗手段を持てば良い。……それをもってして、何と戦うつもりだ?」
「臆病な単属性なだけある。怖気づいたのか? まだ、我らの仇敵が、この世に存在するだろう!!!!」
「あなた、まさか……」
「この世で唯一、男神を信仰する種族。……魔族がな!」
「魔族……か」
魔物とも、人とも異なる種族。
この大陸の女神信仰の神話の中で、唯一の男神──闇黒神カオスを信仰する種族だ。
「──理解した。貴殿らは、ルーシェントとメーレンスを、統合するつもりだな」
それまで黙って聞いていたが、色々と話が繋がってきた。
ある程度、相手の思惑も読めたため、ついポロッと口を挟んでしまった。
「双黒……? あぁ、ヒルデガルドの弟子か。……何故、そう思う?」
「光の王家と手が組めれば、貴殿にとっても魔族領へ侵攻する際有利に働くだろう。貴殿の理想……、恐らくは魔力によって人の身分を決める国になったとしても、光の王家はそのまま残るからな。ヘクトール殿にとっては、第二王子が王位に就けば、第二王子派である以上、これまで通りの待遇も望めるだろう。……魔術師が貴族になれば、ポーションを作れる者を金銭で雇うことが難しくなる。クレーマー男爵に流した在庫を、高値で売りつけて互いに懐を潤すと……。幸いこの場には、第一王子とメーレンス王がいる。……こんなところか?」
これまでの情報から、恐らくはこんなところだろう。
僕なりの見解を示した。
つまり奴らは二人の王族を闇に葬るつもりだ。
「ほう……。ヒルデガルドの弟子なだけあるな。頭も良い。魔力も申し分ないだろうな。……どうだ? 一緒に理想の統一国を、築く気はないか? 良いポジションを用意しよう」
ふむ。言ってて思ったが、こいつはとんでもないバカだ。
生まれ持った個人の特性で人としての優劣を決めるなど、愚かだ。
この世には僕より魔力が低くとも、僕には出来ないことが出来る人だっている。
知識が豊富な者もいる。
僕が生きるために必要な、野菜や衣服を生産する者だっている。
魔力が高いからと言って、僕は一人の力で世界が成り立っている訳ではないと理解している。
支え合うそこに、優劣は存在しないはずだ。
「断る。全くもって、興味がない。第一、魔族が貴殿に何かをしたのか?」
魔族というのは、余り知られている存在ではない。
その力は強大という話だけ聞くが、詳しく分かっていない。
彼は、王に対して知識欲の抑制を批判したが、全く知りもしない種族に対してはいきなり暴力を持ち出すと。
そこは、まずは種族について歩み寄り『知る』ということが、大切なのではないか?
頭が良いのか悪いのか、良く分からないな。
「なるほど、相成れない、か。仕方あるまい」
リューゲンは後ろに控えている魔術師たちに目線を送った。
「まぁ、どの道我らの考えが分かったところで、……お前ら全員、消えてもらうさ!!!!」