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第三十一話【別視点】ヒルデガルド様の見立て

 どう考えても、おかしい。


「この数日だけで、六件? 有り得ないわ」


 魔術師が貴族の雇用を、クレーマー男爵ないし冒険者として離れている。

 それ自体は珍しくないが、ペースが異常だ。


「それに、商売人であるクレーマー男爵がこんな分かりやすい事をするのかしら……?」


 目立ったことをすれば、それだけ怪しまれるリスクがある。

 商売人として、何かしらの見返りがあるからこそ取っている手段だろう。


 王宮で調べるには、いささか危険があるため自宅である屋敷にて待ち人を待っていた。


「────ヒルデガルド様。お見えです」


「お通しして」


 扉を叩かれ、応答する。待ち人、来たるだ。


「失礼する」


「ごきげんよう、シュナイダー伯爵。ご足労お掛けして、ごめんなさいね」


「いえ、こうなることは……覚悟しておりました。どうぞ、何なりと」


 以前見掛けた時より、かなりやつれた表情をしている。

 シュナイダー伯爵は慈善活動にもかなり力を入れており、以前から利益重視のクレーマー男爵とは折り合いが悪かった。


「どうぞ、お掛けになって。……(わたくし)の聞きたいことは、承知しているのでしょう?」


「えぇ……。クレーマー男爵、のことでしょうか」


「そう。以前貴方に仕えていたトリスタンという男が、クレーマー男爵の元で何らかの不正行為を行っていたの。まだ詳しくは聞けていないけれど、現場をおさえた私の弟子から身柄を引き受けた。……貴方とクレーマー男爵、トリスタンとの間に何があったの?」


 ゆっくりと、責める訳でもなく問い掛ければ覚悟を決めた面持ちで答えた。


「はい……。トリスタンは、非常に優秀な魔術師で、勤勉。何の不満なく、我が家に仕えてくれる、魔術師でした。護衛だけでなく、体の弱い妻への薬の調合など、色々と請け負ってくれました。……ですが、ある時から人が変わったかのように、魔術の研究に没頭していったのです」


「一体なにが……」


「クレーマー男爵に吹き込まれたのでしょうが、王が、単属性(シングル)であるというのを、どこからか聞いたようです。……トリスタンは魔術師として優秀な反面、魔法を修めていない者にはどこか冷めた目で見ておりました。つまりーー」


単属性(シングル)差別主義……、だったのね」


 単属性である者は、一番に魔力の期待値が低いということ。

 冒険者や戦いの術を身に着けず生活する者であれば、そもそも魔法が具現化できないほどの魔力。

 鍛錬を持ってしても、二属性(ダブル)三属性(トリプル)に勝ることはほとんどない。


「……はい。恐らくですが、魔術師の方というのは、魔術師であることを我々の想像以上に誇りに思っているかと。それが、トリスタンはより顕著だったのです。何より魔法について努力をする者でしたから。そこを、付けこまれたのでしょう。更に、私が寄付をしている孤児院出身の冒険者を、専属の護衛として雇ったことにも反感を持っていたはずです。彼らは皆単属性(シングル)で、一人だけ魔術師が居るパーティーですから。そこに、同じ意思を持ったクレーマー男爵が、よりお金を積んでトリスタンを迎え入れたと思われます」


「なるほどね……。クレーマー男爵がどう思ってるかは知らないけど、トリスタンは確かに真面目な学生だったわ。魔術師としてどれだけ研鑽しても、上を見れば国を治めるのが単属性(シングル)の者。言葉に出来ない、壁。彼なりの、……どうしようもない、葛藤があったのでしょうね。生まれ持ったモノで、人を推し量ることは出来ないけれど。自分の努力を、どこか否定された気持ちになったのかしらね……」


「ええ、彼も理解はしているんだと思います。表立って、我々に何か抗議してきたこともありません。ただ、静かに離れて行った……。それからです。妻に……呪術の兆候が見られたのは」


「なっ!? 呪術、ですって!?」


 何年も存在が確認されていない、ほぼ失われたと言っても過言ではない術。

 明確に指定した他者を、魔力と繋ぐ媒介によって苦しめる、呪いだ。


「トリスタンが離れた後、当家では魔眼によるポーションの確認が出来なくなりました。……ただ、信頼のおける薬師より直接買い付けていたので、疑うことなく服用していたのですが。恐らく……、配達の者をクレーマー男爵が買収したのでしょう。呪術のかけられたものと、すり替えられていたのです」


「なんてことを……! それで、奥様の容体は──」


「ポーションを飲んだ後。普通であれば調子が良くなるはずが、どんどん弱っていく様子に違和感を覚えましたので、治療院の魔術師様に見て頂いたところ。体内に穢れが生じておりました。それ以来、服用を止めて治療院に直接出向いておりますので今のところは……。ただ、呪術の解呪は、相当に強い魔力の光魔法でないと不可能と言われまして……、恥をしのんで王へ相談させて頂いたところ、エリファス・ナヴ・ゼ・エクセリオンというエルフ族の魔術師様を紹介されました」


「──! エリファス! あいつが来るのね、なら安心だわ」


「お知り合いで……?」


「ええ、若い頃パーティーを組んでいたの。エルフ族の中でも、人に割と抵抗が少ない人物だったからね。魔力だけで言えば私も変わらないけれど、彼は水と光の魔法が得意な回復術師(ヒーラー)なの。私は色々と魔法は使えるけど、回復魔法はどうも昔から下手なのよね……」


 私の魔力はとてつもなく膨大で、加減を間違えると回復魔法ですら相手に悪影響を及ぼす危険があった。

 繊細な魔力の操作ができないうちは、ひたすらに回復以外の魔法を練習していって……。

 

 まぁ、そういうことだ。


「しかし、直接貴方を苦しめるのではなく、大事な者を苦しめて間接的に嫌がらせをするなんて……。根性叩き直さないとだわ!」


「私も、黙っている訳にはいかないのですが……、これは警告なのだと思います」


「警告?」


「えぇ、呪術が使える者……、恐らく並みの魔術師ではありません。トリスタンのことも考えると、クレーマー男爵には『翼の会』が関わっているのではないかと。何かすれば、黙ってない、そういう警告かと思うと。家族を傷付けられないためにも、動けなかったのです」


「そうだったのね……。だけどここ最近、呪術のことすら王宮魔術師で議題になってない。……まさか」


「恐らくは」


「なるほど、それでは貴方も動けないわね。王も、周辺に配慮して個人的にエリファスに頼んだんだわ。……辛かったわね」


 掛ける言葉が見付からず、ありきたりのことしか言えない自分が悔しい。

 だが、奴らの行っていることは、ただの八つ当たりだ。

 

 ルーシェントのように、メーレンスでは王家のしきたりに魔力の制約はない。

 それどころか、今の王の治世は見事なもので魔術師をないがしろにしているようなこともない。


 もし、王家からの寵愛を失ったと判断するなら、それは何代も前の王からになる。

 今代のエアバルド王が魔術師への対応を軽んじたことは、決してない。


「私は……、大切な者を守るために、そのために黙する事が最善なのだと思っておりました。ですが、それではこの先一生怯えてくらすことになるだけです。そう、思い直して、先日王へとご報告いたしました」


「勇気の要る決断だわ。安心して、エリファスの腕は確かよ。あとは…………、元凶だけね」


「はい、私に出来ることがあれば、何なりとお申し付けください。力及ぶか分かりませんが……」


「ええ、明日のパーティで貴方にも協力してもらいたい事があるの」


「? と、言いますと」


「ルーシェント王から親書が届いたの。それを受けて、王は私と信頼足る近衛の者にだけ、命を下した。……明日のパーティで起こるであろう状況に、貴方の進言をお願いしたいの」


「か、可能な限りは」


「頼んだわ……、明日は私の愛弟子も来る。危害は絶対に、加えさせない」


「??」


「明日のお楽しみ、ね♪」


 魔術師のみならず、下手すれば国家転覆に手を貸すクレーマー男爵。

 それを裏で操っているであろう、翼の会。


 ともども、覚えておくといい。

 私を怒らせると、どうなるかを。



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