第二十九話 センの森 その二
全く他の人の気配など感じなかった。
まるで、森に住まう精霊のような雰囲気の人物が、気付けば目の前に現れた。
一言でいえば、美しい。
性別など存在しないような、清廉された美しさ。
背の高いヴァルハイトより、更に背が高く、白持ちとも言われる銀の美しい長い髪を片方だけ耳に掛けている。
澄んだ魔力を感じるため、魔術師のようにも思えるが。
腰には両側それぞれに剣を携え、僕よりも幾分動きやすそうな服装をしている。
ヴァルハイトはその性格も手伝って、異性にモテる美しさ。
対して目の前の人物は、見る者全てを魅了する。そんな美しさだ。
「貴方は……? まさか、ここに居るはずが……」
「?」
琴の音のような、たおやかな声から想像するのは恐らく男性であろう。
彼は僕を見るなり、何やら驚いた顔をしてみせた。
「いえ、見知った顔に似ていたもので。失礼。私はエリファス、貴方がたは?」
「……ルカだ」
「オレはヴァルハイト! エリファスさん? って、エルフの方~?」
そうなのだ。
露わになっている片耳を見れば、僕らとは少し違った形状をしている。
「……いかにも。人が、ここで何をしているのです? ダンジョンを攻略しに来たのなら止めておきなさい。この馬車もそうですが、森の主は目覚めが悪い。丁度起きた時に人間と鉢合わせて、不機嫌です。問答無用で襲いかかってくるでしょうから、引き返した方が賢明です」
「なるほど、主にやられたのか……」
「道理で馬車が粉々だねぇ」
「だが、僕達は森を突っ切って王都へ向かっているんだ。引き返す訳にはいかない」
「王都へ? 何故わざわざこちらを通るのです」
元々の性格だろうか、それとも人間を苦手としているエルフの者の性だろうか。
淡々としつつも少し苛立ちが感じられる物言いは、僕らをどこか怪しんでいる。
「王都へ急ぎの用事があるんだ。街道を行ったのでは間に合わないのでな。ダンジョンの攻略が目的ではないから、主に気を付けて進もうと思う。それではダメか?」
「急ぎですか。それは、----この馬車と同じ理由ですか?」
そう言うと、わずかながらに殺気を感じた。
「いや、逆だな。この馬車が急ぐ理由を阻止するため、とでも言おうか」
「あんまり詳しくは言えないけどねー。わざわざダンジョンを突っ切って荷物を届けるような商売はしてないよー」
「ほう」
「そういう貴方はどうなんだ? 御一人でダンジョンを攻略されているのか? それともーー」
「いや」
先程のわずかな殺気は消え失せ、少しだけ笑んだように話す。
「実は私も王都へ向かっている最中でね。ここには水属性と相性が良い薬草が生えている、それを摘んで行こうかと思って来たのだ」
「なーんだ、目的大体一緒じゃん!」
「薬草か。急いで出てきたから、ギルドで図鑑を見て来なかったが……気にはなるな」
「魔術師? でソロなんて、ルカちゃんと一緒だねぇ」
「ん……? 魔術師、双黒、ルカ。どこかで」
はて、と腕を組んで思考に沈んだエリファス。
「智の宝と謳われるエルフ族に覚えられているとは、光栄だな」
「あれかなー、薬草に詳しいならヒルデガルド殿絡みで知られてるんじゃない?」
確かに、長寿のエルフ族が師匠に習う……ということはないだろうが。
人の中ではエルフと比肩する薬草や魔法の知識を持つであろう師匠を知っており、その流れで弟子である僕のことを知っていても不思議ではない。
「そうか、ヒルダの……! 弟子と言っていたのは、君のことか」
「師匠の知り合い、か?」
「彼女とは昔、一緒に旅をしたことがある。そうか、君がーーーー」
そう言うと、何やら懐かしむような。
どこか遠くを見ているような眼で見つめられた。
師匠だけを通して見ているのではなく、遠い日の旅を思い起こしているのだろうか。
彼にとって、それが大切な日々だったのは、何となくうかがい知れた。
「っと、立話もいいけどさ! 急いでるんだよね~」
「そうだな、そろそろ行かないと」
「ならば、私も共に王都まで行こう。ここで出逢ったのも何かの縁だ」
「おー! 心強い♪」
「あぁ、薬草も採っておいて損はない。場所は分かっているのか?」
問えば、エリファスは元々の進行方向を指差した。
「もうすぐ一つ目の湖が見えるはずです、薬草は湖のそばに生えています。そちらになくとも、道なりに行けば別の湖があります。道すがら、採れるでしょう」
「おー、一石二鳥♪」
「良いことを聞いた、礼を言う」
「いえ。主に見付からないよう、注意していきましょう」
ヴァルハイトに手渡された小瓶を収納魔法にしまって、再び先を急いだ。
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