剣士の場合【別視点】
やってらんないよなぁ。
「ねーねー、ヴァルハイト。あれは何ていうの?」
「んー? あぁ、アレはねぇ──」
さっきから、割と常識レベルの野草だの薬草だのでクイズをさせられている。
一応他に希少なものもあるはずだが、ナゼか一般的なものばかり出題される。
オレを試しているのか、何なのか。
ただ話したい、ってだけなんだろうか。
パーティーメンバーの女子二人はご機嫌だ。
「ちっ。ヴァルハイトの奴……調子に乗りやがって」
「アスト、あいつどうにかして追い出せないか?」
けっこう耳は良い方だと思うから、聞こえてるんだよなぁ。
やだやだ怖い。
ギルドで募集されていた、とあるダンジョンの攻略パーティーに参加している最中。
元々組んでいた四人の中に、オレが混ぜてもらった形だ。
このダンジョンの適正が五人相当とのことで、守りを固めるために前衛を募集していたパーティーに、たまたま参加した。
それがまぁ、こういう状況だ。
自分で言うのも何だか、見目は良い方だと思う。
明るく、割と社交的だからか、女子に気に入られたようだ。
それが他の男性メンバー二人の癪に障るらしい。
「ヴァルハイトの赤い髪って、綺麗だよね」
「本当、素敵~。長い髪遊ばせててさ、あんまり剣士には見えないよね!」
双剣をメインにしているキア、回復術師のアンジェは代わる代わる話を振ってきた。
あーーーー、この状況どうしようかな。
絶対後で他の二人が何かしてくるパターンだよなぁ。
「おいっ! あんまり遅いと置いて行くぞ!」
「へいへーーい」
時折釘は刺されているが、今のところ仕掛けてくる様子はない。
この手合いは自分で直接何かをする度胸はないと思うんだが……、さて。
鬱蒼とした森そのものがダンジョンと化したここには、森の主である巨大な魔物がいると聞いてやってきた。
ダンジョンだけあって、道中にはあまり街の近辺で見掛けないような植物、魔物、野生の動物がいて、森の主を倒す目的でなくても訪れる冒険者は多い。
正直オレも目的が森の主ってわけではないが、初めて訪れた土地のダンジョンは気になるからな。
募集があれば行くか、程度に考えていた。
それにしてもこのパーティーは本当に大丈夫なのか?
元々の知り合い同士かは知らないが、新入りのオレに他メンバーの得意な魔法の属性や役割を教えることもなく、さっさとダンジョンに向かい始めた。
準備はオレが入る前にやっていると言っていたが、光源を誰も持っていなく、魔術師であるアストが道中魔法で灯りを点けながら進んでいる。
魔力……大丈夫か?
戦闘中ちゃんと援護飛んでくるよな?
まぁ、オレ一人なら何とかなるが、後衛を守りながらというのがどうも不安だ。
やはり事前の説明は欲しかった。
リーダーであるクヴァルは守りに特化した重戦士で、今は斧をメインとしているようだ。
木が多いから何だか頼もしく見えるが、木々が邪魔で大きな得物は振りかぶれないんじゃないかと心配だ。
「はぁ……」
乗りかかった船だ、最後までやり通す。
しかし、ちょっとしたことですぐ機嫌を損ねたり、常識レベルの知識のないメンバーには不安が募る一方だ。
「キア、ちょっと来てくれ」
「ん? なに?」
駆け足でアストの所へキアが向かった。
「何かを引きずったような跡がある。あっちの方へ続いているんだが、キア。見てきてくれないか?」
もう少し何か、どのくらいの大きさが予想される跡なのか……とか。
周りの植物に異常はないか、とか。情報整理してから──。
「うん、分かった!」
行くんかーーい!
いや、実力者なら心配は要らないだろうが、斥候にしては足音は殺せない歩き方してたし、離れれば離れるほど暗くなる。せめて誰かと組ませた方が……。
「オレも一緒に行こうか?」
「だめだ、お前はアストを守れ。俺はアンジェを守る」
こういった視界のわるい森では、聴力の発達した魔物が育ちそうでキアが心配ではあるが。
まぁ、それすらオレの憶測でしかないし、ここは従っておくか。
「りょーかい」
「ふんっ」
アストは気に入らない様子で鼻を鳴らした。
「ヴァルハイト、魔物が出たらすぐ応戦しろよ。間違っても魔術師の僕らに近寄らせるな」
「分かってますって、旦那」
随分上から目線でものを言うのは、この際気にしないことにした。
もしかしたら戦闘になると、相当なやり手なのかもしれない。
リーダーの采配も気になるし、まずは様子見だ。
「きゃあああああああああ!!!!」
◇
「キア! どうした!」
あぁ、やっぱり嫌な予感は当たるんだよな。
こちらも叫び声に呼応してしまったから、キアの恐怖の対象には場所はバレている。
どの道行くしかない。
「ヴァルハイト、先に行け!」
「あいよ~~」
全身をアーマーで固めている装備の重いクヴァルは、そう指示した。
さすがにアストは……着いて来てるよな?
「ヴァルっ、ハイト、はぁはぁ。ま、て……! はや、はぁ。い……!」
おっっっっそい。
こちとら全力じゃねぇぞ。
キアが心配だし一刻を争うんだが……仕方ない。
「──先、行くぞ」
アストはとりあえずクヴァル達もいるから心配はない。問題はキアだ。
多勢に無勢であったら命が危ない。
「こっちか……!」
謎の引きずり跡と、恐らくキアの踏み締めた草の跡をたどって追いつく。
「うぉ……、でけぇ」
森の主かは分からないが、大きな、それはもう大きな蛇がキアの前に立ちはだかっていた。
幸い他に魔物はいないようだが、いつ合流するとも限らない。さっさと叩くに限る。
大蛇は体勢はそのままに、こちらに気付いたかのようにペロリと細長い舌を出していた。
遅れて後ろから、足音が近づいてくる。
「アスト! 来てるか!」
「お、おう……はぁはぁ。──! キア!」
キアは恐怖のあまりか、木を背にして動けないでいる。
脚力自慢のキアなら、少し敵の注意を逸らせばこちらと合流出来るはず。
「俺が囮になる。キアがこちらに回れるように援護してやれ」
「う、うるせぇ、はぁ……。命令すんじゃ、はぁ、ねぇ!!」
(んなこと言ってる場合かよ!)
「行くぞっ!」
腰元から剣を抜いて、大蛇へと対峙する。
見るからにふつうの蛇よりも鱗が大きく、素材を加工すれば良いスケイルアーマーが出来そうだ、と剣士ならではの考えが頭を巡った。
これだけ大きい鱗なら、まぁ易々と剣は通らないか。
鱗がない場所を狙うのが良いだろうが、まずはキアが優先だ。
激高しないよう、魔物にとっては攻撃の通らないような自慢の箇所を狙う。
「おいおい、大蛇さんよ! お前の敵はこっちだ、ぜっ!」
ひとまず蜷局を巻く、胴体の尾に近い部分を剣で攻撃してはみた。
やはり、というかなかなか斬撃は通らなそうだ。
ビリビリと衝撃が跳ね返ってくる。
攻撃を受けた大蛇は、ギョロッと目をこちらに向け、オレと視線を合わせた。
よしよし、狙い通り。
「ひぃ!!」
後ろでは何やら情けない声が聞こえるが、無視だ。無視。
「アスト、俺がいるからって油断するなよ! こいつの体、相当長いぞ!」
蜷局を巻いた部分が一直線になれば、恐らくアストのいる方まで伸びる。
それほど巨大な蛇だ。
そしてキアは同じく恐怖にすくんで相変わらず動く気配がない。
あー、このパーティーは何でこのダンジョン選んだんだ。
「俺の攻撃はあまり通る気配がない! 魔法で援護、頼むぞ!」
何の属性が得意か聞く間もなかったが、さすがに森のど真ん中で火の高火力魔法は使わないだろう。
「くそぉ! 魔物がなんだ、くらえぇ!! ────炎の雨!」
「げ」
思いっきり、やりやがった。
火力こそ高くはないが、広範囲の火の魔法。
キアどころか、森に燃え広がったらまずい。
「アスト、止めろ! 森の中でそれ撃つなって習わなかったのか!」
魔術師を名乗っているのだから、魔法学校に通っているとばかり思っていたが。
自称魔術師なのか?
「チッ、ばかやろうが。キア! 今の内にこっちへ回ってこい!」
ハッとしたように、キアが炎の合間から駆けてきた。
恐怖さえなければ、優秀な脚力だ。
恐らく実力が出せないのは経験値不足からに違いない。
大蛇はといえば、炎を怖がってお互いの距離を縮めることなく、あちらこちらへ逃げ惑っている。
だが徐々に木々に火が移り始めそうで、大蛇にも逃げ場はない。
それに気づき始めたのか、こちらへ意識を戻しつつある。
「なんっだ、はぁはぁ……これは……!」
「キア! 無事だったのね!」
遅れてクヴァルとアンジェが到着した。
クヴァルは既に息があがっていて、膝を折って息をしている。
戦力として数えるのは早々に諦めた。
体力に自信があるから重戦士じゃないのか。
「アンジェ! 良かった、水魔法で消火してくれ。このままじゃ燃え広がっちまう!」
回復の魔法には、主に水の魔法と光の魔法が系統として使われるが、一般的な魔術師が修めているのは水魔法だ。
この程度の火元なら、まだ消せるはず。
「大変……、これ以上広がったらいけないわね。すぐに消すから、その間に怪我はしないで!」
良かった、アンジェはきちんと意図を汲んでくれている。
「アストォ、火の魔法以外には使えないのか!」
「う、う、うるさい! 悪いか!」
マジかよ。
単属性はともかく、やはり魔術師は自称だったか。
「っ、やるっきゃねぇな。キア! 動けるか?」
未だ怯えているであろうキアに、念のため問う。
「──ふぅ。…………大丈夫、ヴァルハイトが呼んでくれたおかげで目が覚めた」
ご婦人方は肝が据わっていて頼もしい限りだ。
「俺がトドメを刺す。キアは、攻撃しなくても良い。注意だけ引きつけてくれ。いけるな?」
「ヴァルハイト何を──。……注意だけで良いのね、それなら任せて」
「合図したらすぐ離れろ」
「分かった、……行くわよ!」
周りの火は徐々にアンジェが消してくれている。
そんなアンジェを護衛するかのようにクヴァルが大きく息をしながら付いている。
あちらは放っておいても心配無さそうだ。
アストは茫然としながら地面に尻を着いて動けそうにない。
まぁ、オレらがやるしかねぇわな。
「こっちよ!」
キアが石つぶてで大蛇の注意を引き始めた。
上手い具合に体が捩れない方向へ逃れつつ、自身へ注意を引いている。
観察眼はパーティー内では一番だろう。
その間、こちらは粛々とやるべきことを行う。
自身の剣に手をかざす。
逃げ惑う様子を見ると、大蛇は確かに火を苦手としているようだった。なら。
意識を集中して、自身の持つ火の属性を愛剣に持たせるイメージを練る。
火の魔法を放ってはいけない。
それでは、剣がたちまち形を失くす。
自身の中にある魔力を、貸し与えるように。付与するのだ。
「────焔の剣」
「……! 付与魔法、魔法剣士なのか……?」
「キア!! 退いてろ!」
キアが攻撃の手を緩め、退いたのを確認した。
「大蛇さんよぉ、さっきは愛剣研いでなくて、悪かったなぁ!!」
声を発したと同時にこちらを向いた大蛇、それよりも早く地面を蹴って大蛇の頭の少し上より、火の魔力を持った剣を振り下ろした。
先程まではさっさと弾かれてしまったが。
今度はスッと柔らかいお肉にナイフを通すかの如く、綺麗に刃が通った。
剣を通じて大蛇に放たれた己の火属性の魔力が、そのまま切り口にだけ力を及ぼし、すぐ消失した。
付与魔法の良い点は、自分で扱うように剣の魔力を調整出来るところだ。
「お料理完了、ってかぁ?」
◇
結果的には、アストに大蛇が向かっていくだとか、耳のいい獣の魔物が襲ってくるだとか。
はたまた、男二人が何かしてくるだとか。
懸念していたことは起こらなかった。
ただ、あまりのパーティーメンバーの経験不足や知識不足には恐れ入った。
特に魔術師に関しては、自分を援護するどころか逃げ場を炎で塞がれ丸焦げにされるところであった。
下手すりゃ全滅。
二度と魔術師とは組みたくないと思わせる逸材であった。
経験不足は仕方ない、誰しも通る道だ。
これから成長していけば良い。
だが、あまりにも身の丈にあったダンジョンではなかったのは事実。
四人の内、誰か一人でも手練れがいれば教えを乞えるのであろうが……皆等しく不足していた。
「わりぃけど、オレ抜けるわ」
「えーー! せっかく仲良くなれたのに~~!」
アンジェよ、いつ仲良くなったんだ。
少なくても男性陣からは嫌われてるぞ。
「今後固定でパーティーやるなら、せめてあと一人か、上限になるが二人。実力者を伴って旅すればいい。センスが良いところもあったし、鍛えれば問題ない」
それは事実、特に女性陣に垣間見えた部分だ。
クヴァルもアストも今回見せ場はなかったものの、役割としてはバランスの取れたパーティーであるし、今後に期待ってやつだ。
「ただ、また今回のように別のメンバー入れて少し背伸びしたダンジョン攻略しようとしても、上手くいくとは限らんぞ」
話を聞けば、本格的なダンジョン攻略をしたことはなく、主に素材集めや簡単な依頼で旅銀を稼いできてたらしい。
経験不足なのも致し方ない。
「色んな依頼を受けて、色んな経験をして、色んな物を見て、皆成長していく。……それをせずにただ強くなったつもりだけで実力以上の依頼を受けるのは、ただの無謀だ。勇気でも美談でもなんでもない。自分の命を預けれないような奴とは、オレは組めない」
「ちっ……」
アストはといえば、大蛇が倒れた途端に我に返ってオレに問い詰めてきた。「なぜ最初から付与魔法を使ってさっさと倒さなかったのか」と。
もちろん、キアが万全で、誰かさんが魔物が出たらさっさと行けと命令せずに少しだけでも前線を張ってくれて、リーダーがメンバーの役割や得意な魔法を事前に教えてくれていたら、また違っていたかもな。と言っておいた。
まぁ、今回はこのパーティーにとって、良い経験になったんではないだろうか。
別のメンバーが入った時に、態度を改めてくれていればいいが。
とりあえず、オレはもう良いかな。
「正直、今回は助かった。……俺達も、至らない点はあったと思うが。許して欲しい」
「イイってイイって、オレもちゃんとしてるわけじゃないし」
クヴァルにはリーダーとしての資質はあるようで安心した。
自分達の非を真っ先に認める潔さ。
パーティーメンバーの情報は道すがら聞けば良いかという、自分のテキトーな性格も一因であったわけだし全部が全部責任を負う必要はない。
そうそう、大蛇が森の主ではなかったようだが名のある魔物だったようで、ギルドからは魔物を倒したことに対する報酬が出た。
それもきちんと平等に分けてくれた。
「じゃ、そろそろ行くわ。お前らも、元気でな!」
「ヴァルハイト、またねーー!」
「元気でね」
「…………」
「また会おう」
世界が見たくて冒険者になったわけだし、そろそろ次の街に行くとするか。
ここよりは多少大きい街と聞く、プラハトへ向けてオレは歩き出した。