第二十二話 魔術師の誤算
「助かった、あとは任せろ」
「おぉ、魔術師様。重いから気を付けてなぁ!」
ルーシェントから来た船の船員が、積み荷を僕たちの目の前まで降ろしてくれた。
箱の中では確かに、小瓶が揺れる様な音が聞こえる。
「さて、運びますか?」
「そうだな、魔術師様のご尊顔を拝見しないとだな」
クレーマー商会から派遣された魔術師。
どれだけの実力者かは知らないが、少なくとも僕の魔眼で見る限り青々とした魔力を放つこのポーションを、どう評価するのか。
非常に楽しみである。
「ルカちゃん倒れそうになったら、ちゃんと言うんだよ?」
「誰がひ弱だ!!」
◇
階段を上り、指定された倉庫へと荷を運ぶ。
入り口は解放されており、中には魔術師が一人居た。
どうやら僕達以外の冒険者が指定されたのは、別の倉庫だったらしい。
思ったよりも人は居なかった。
僕はフードを改めて深く被りなおした。
「すみませーん! ルーシェントからの荷が届きましたー!」
ヴァルハイトが中の魔術師に元気よく挨拶する。
「おや、ありがとうございます。初めて見ますね。剣士さんに、----魔術師!?」
僕を姿を見た途端、妙にうろたえた。
どう考えても怪しい。
「どうかしたか?」
わざとらしく聞いてみる。
「い、いえ。こんな力仕事に、わざわざ魔術師の方がお見えとは……。意外だったもので」
「そうか、鍛えているから問題ない」
何せプラハトからここまで、走ってきたのだからな。
というのは言わないでおいた。
確かに魔術師はパーティーの後衛として、ダンジョンや依頼をこなすのに欠かせない存在だ。
それ故、こういった荷を運ぶだけのような依頼はソロの前衛や、魔術師が補充出来ない場合に受けることが多いだろう。
「に、荷はそちらへ置いておいてください。私が検品しますので」
「ほう」
「えーすごーい。魔眼使えるんだねー♪」
「え? えぇ、まぁ……」
しどろもどろに答える魔術師はどう考えても怪しかった。
「どうぞ、他の荷もお持ちください。こちらで、きちんと見ておきますので……」
「あぁ」
「りょーかーい」
倉庫の整理も、という話だったが魔術師はどうやら僕らを遠ざけたいらしい。
言われるがまま、他の荷も全て倉庫へと運び終える。
「魔術師様、どうでしたか?」
最初に僕達へ指示をしたギルドの職員が様子を見に来た。
「えぇ、さすが聖王国。ハイ・ポーションをこれだけ用意出来るとは……。素晴らしいです」
「へぇ、ハイ・ポーションだったのかコレ♪」
「さすが、クレーマー商会と言ったところですね!」
ギルドの職員も、なかなかお目に掛かれないハイ・ポーションの大量納品に浮足立っているようだ。
「他にまだ荷はあるのか?」
「いえ、今日は以上です。一応明日も入荷予定ですので、もしお時間合えばまたいらしてください!」
「あぁ、そうしよう」
明日も納品があるらしい。
また明日も来る可能性をほのめかせば、魔術師は焦ったように言った。
「ま、魔術師の方には大変でしょう? 良ければ違う依頼もご紹介しますが……」
「そうか? 普通だったが、なぁヴァルハイト」
「ん? うんー、まぁ。普通だね」
「そ、そうですか」
「では、今日の報酬は今日中に商業ギルド内で受け取ってくださいね」
「オッケー♪」
「わ、私もこれで……」
ギルドの職員と魔術師、それぞれ立ち去る。
「ヴァルハイト」
「分かってるって♪」
報酬は今日中で良いらしい。
なら、僕らがまずやる事はどう考えても怪しい魔術師の後を追うことだ。
「この街にクレーマー商会の別宅があるのかな?」
「さあな。商会自体は屋敷のある王都だろうが、これだけ大規模な商品の仕入れを行うくらいだ、支店くらいはあるだろう」
『魔術師』に対してやましい思いがあるということは、己が発したハイ・ポーションという見立てに対して、少なからず故意があるか、あるいは魔眼自体使えないかだ。
検品中とやらは僕らを追い出したため、実際魔眼が使えるかどうかは分からないが。
こっそりと魔術師の後を追う。
魔力も人ごみに紛れるよう、極力抑えて移動する。
視線も散乱させ、相手に気取られないよう気を付けた。
倉庫のあった港付近を大通りへ抜け、街を出る方角へと進んでいる。
「外へ出るのかな……?」
「いや」
しばらく進むと、僕らも見知った大きい壁が見えてきた。
すると、その壁に空いた空間ーー検問所で働いていた人物と接触した。
僕らは南からやってきたが、こちらは東の検問所。
見たことのない人物だ。
「移動するようだな」
「怪しい……!」
二人は検問の脇にある建物と建物の隙間、怪しい路地に入って行った。
「どうする?」
あまり人の出入りのない路地へ行くというのも、逆に目立つものだ。
「奴らの反対側に回るか」
彼らが入った路地の先は、建物と建物の間を仕切る石壁で突き当たっている。
その突き当りの石壁の反対側なら、会話くらい盗み聞けるだろう。
急いで反対側の路地へ回り、二人の居る壁へと近づく。
ヴァルハイトは何を言うでもなく、自然と足音を殺した歩き方になっていた。
僕よりも、気配を消すのが上手い。
やはり、ただの冒険者とは思えない。
声で存在がバレるといけないので、なるべく簡単な身振り手振りで意志の疎通を図る。
彼らの声が聴けるギリギリまで近づき、そして耳を澄ませた。
「ーーいですよ!」
「いや、高ランクの……は……してない」
「……、あの魔術師はCランク以下……か?」
「少なくとも最近Cランクより上の……が通過……はないな」
「そう……、なら……バレてはない……」
「あぁ、仮に……しても、……だろ?」
「まぁそうですね、……ても……から」
「なら、そう……なって」
「すみません、……は性分なもの……」
「ホムート様……、王都に……か?」
「いえ、Cランク以下……こともないでしょう。それに三日後……に、間に合う……」
「あぁ、なら……しよう」
「えぇ、……では」
途切れ途切れに聞こえた会話の中に、しっかりと怪しいワードが入っていた。
相手の気配が消えたことを確認し、僕らも路地を後にした。
「いや、ルカちゃんめっちゃ警戒されてたね!」
「まだ大丈夫と判断されたらしいが……フードをしていたのが幸いしたな」
二人の会話によれば、僕らのように外から来る冒険者のランクを検問で把握し、それをクレーマー商会で雇われた者に伝えていることになる。
単独での判断なのか、そもそも検問の者全員が商会から雇われているのかは不明だが、ここ最近Cランクより上の魔術師が訪れていないことを確認していたようだ。
Cランクといえば、大体がダンジョンに挑戦するような、複数名推奨の依頼をどんどんこなす頃なので、魔眼が使える魔術師が居るとすれば、確かに場数を踏んだであろうCランクより上の者だ。
あいにく、僕は違う訳だが。
「それにホムート……ホムート・クレーマー男爵のことだな。王都がどうとか言っていたが、やはり男爵自体は王都か? 港町にまで魔術師を配するとは、よほど魔術師を多く雇っているんだな」
「何か三日後に間に合うとか何とか……、あれ」
「どうした?」
ヴァルハイトが何かに気付く。
「三日後、王都……?」
「あぁ、即位記念パーティのことか?」
三日後に王都セント・メーレンスで行われるのは、現王であるエアバルド・フォン・メーレンス王の即位二十周年記念パーティだ。
国民総出の祝い事で、パーティ自体は王都であるが、各地方から様々な献上品も届けられる。
国の一大イベントだ。
「それに間に合うって、何だ……?」
「そう言われれば、師匠がクレーマー男爵を警戒するようになったのも、パーティ前という時期があるのかもな」
「ルカちゃん、もしかしてだけど、クレーマー男爵が王に献上するのってーー」
「ポーションか? だがあれはルーシェント産だが……」
「そのパーティには、もうじき誕生日を迎える第一王子がルーシェント王の名代として参加される!」
「! 第一王子が? だが、その場には師匠を含めた王宮魔術師も居るはず。わざわざハイ・ポーションと偽って出したところで……。待てよ、そういうことか?」
可能性は低いが、ゼロではない。最悪の予想。
「ルーシェントからメーレンスの王へ贈られるのは、毎年王家の威光を示すためでもあるハイ・ポーションと決まっている。だが、今年出席されるご予定の第一王子はまだ光の魔法を会得していない。それでーー」
「本来の贈り物とクレーマー男爵の在庫をすり替えて、自身は本物のハイ・ポーションを献上。偽物になったルーシェントの贈り物を献上させ、王家へ責任を問うつもりか? あるいは、本物を目の前で精製させ、第一王子が光の魔法を使えないことを、各国の使者の前で見せつける気か?」
「どちらにしても、第二王子派にとっては好都合……!」
ヴァルハイトは、珍しく感情を露わにして怒った。
まるで自分がされているかのように怒りを感じる姿は、王家に対しての忠義が見てとれる。
「確実に裏が取れていない今の状況で、財政担当のヘクトールがハイ・ポーションを持って第一王子と共にメーレンスに来るのは何ら不思議ではない。……ルーシェントの第一王子派の見立てでは、三十歳の誕生日に何かを仕掛けてくると予想していたが。まさかこの国で」
「これでは、他の国を巻き込むのでは?」
「あぁ、最悪、メーレンス王のお怒りを買えば戦いが起きる可能性だってある。知性溢れる王と伺っているから、それはないと思いたいが……。クレーマーが何を考えているのか」
「……なるほど、戦いを視野に置いた計略であれば、ポーションを大量に保有するのも納得がいくな。戦いが始まれば必ずポーションは必要になる。クレーマー男爵に金が集まるのは目に見えている」
「だから、これほど輸入しているのか……!」
それを何故わざわざリスクを負ってカフェで提供しているかは謎だが。
少なくとも、戦になればポーションは必須。
商売人であるクレーマー男爵がポーションを大量に保有するのは、恐らくそういった理由に違いない。
仮に戦が起こらなくとも、必需品であるから在庫はいつかは捌ける。
おまけに魔術師を金で雇いまくっているときた。
戦いに備えているのは、ほぼ間違いないだろう。
「ーールカちゃん、ごめん」
「何だ?」
ヴァルハイトは、観念したような、どこか諦めたような表情をして力無く言う。
「オレ、王都に用事が出来た。…………ルカちゃんとの旅も、ここまでーー」
その言葉は予想していたが、あいにくとこれだけのことを聞いて他人事を貫く程、僕は弱くない。
「今更だ。僕は……のんびり魔法研究のために冒険者になったとはいえ、国の一大事を放っておけるほど軽薄でもないつもりだ。もっと理由が欲しいなら、そうだな。僕の師匠はグランツ公爵令嬢。王宮魔術師たる彼女の使命を助けるのは、グランツ家に拾われた者としての役目だ。僕も連れて行け」
「ルカちゃんの師匠って……! ヒルデガルド殿だったのか。巻き込んで、ごめん。でも……ありがとう」
「気にするな」
いくら他人に興味が持てないとはいえ、国の一大事を放っておけるような考えは持っていない。
戦が始まれば、真っ先に駆り出されるのは魔術師や冒険者だ。
この件に関わるのは、ひいてはのんびりと魔法研究を行うために繋がる。
ヴァルハイトだけの問題では決してない。
「だが、あれだな。今すぐここを発つのも懸命だが。ここに今日納品されたポーションも気がかりだな。かなりの量だろう」
「それは……、確かに。陸路で手配されているポーションは、ルーシェント王の采配で監視されているはず。海路のポーションは、検品があるから盲点だったなぁ」
「一応、正規で貴族に雇われた魔術師だからな。まさか虚偽の報告をするとは、商業ギルドも思うまい」
国内でも有数の商会、しかも貴族が不正を行うなど、商業ギルドの者もそう簡単には疑わないはずだ。
「僕に考えがある。明日、もう一度依頼を受けて、それでもダメなら王都へ行く。……どうだ?」
「ルカちゃんが言うなら……」
随分、信用されたものだ。
警戒されているルーシェントの高官が居るのであれば、少なくとも第一王子の周りには第一王子派の護衛も多いはず。
パーティ当日まで、何か事を起こせるとは思えない。
まずは今日と明日、納品されるポーションをどうにかして王都へ向かう。
僕なりに、考えがあった。
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