第二十一話 積み荷の真相
光に輝く海が美しい。
日はまだ真上に差し掛かってはいないが、その輝きは美しい海を良く照らしていた。
この街の名に、相応しい光景だ。
港へと到着した僕らは、商業ギルドの受付の者と同じ服装をした男性が、積み荷を運ぶ者達へ指示をしているのが見えた。
やはり運んでいる者達は、僕らと同じ冒険者なのだろう。
統一性のない服装をしていた。
魔術師は僕以外、見当たらない。
「こんにちはー、依頼を受けて来たんですけど!」
ヴァルハイトが元気良く担当の者に挨拶をする。
「あぁ、冒険者か。助かるよ、……毎日様々な荷が来るんだが、ここ最近は特に荷受けが多くてね」
「そんなに多いのー?」
「そうなんだ、特にルーシェントからの荷がとても多くなってね。王都で大きい商談があったのかな?」
「へぇ……」
ヴァルハイトの眼が変わる。
「まぁ、僕達には関係ないけど。外国から輸入した一部の物は、一旦ギルドで預かって検品をするんだ。だから、ルーシェントの荷が増えたことで他の物に手が回ってなくてね」
「なるほど……」
そもそも荷受けして、倉庫へと納品するのが職員の仕事というのが不思議だった。
仕入れた者が、人員を雇い自社の倉庫へと保管すれば良い。
つまり僕たちは今、外国ーー特にルーシェントからの輸入品の一部を、検品するための倉庫へ運ぶ人員として駆り出されているらしい。
「後でそこの船着き場に一隻、到着予定なんだ。そこから降ろされた荷を、あそこの倉庫まで運んで行ってくれるかい?」
そう言いながら指さされたのは、船着き場であるここから階段を少し上がり、道に沿って並んでいる幾つかの倉庫の内の一つだった。
「りょーかーい」
「……そちらの方は、魔術師様かな? 大丈夫だろうか」
「鍛えている、問題ない」
「そ、それなら良いのですが」
回復術師の者の中には、冒険者としてではなく、街の治療院に勤務し、市民の怪我を治すことに専念する者も居る。
そのため、『魔術師様』と呼ばれる事は多いのだが。
僕は如何せんそのような高尚な魔術師でもないため、どうしてもむずがゆい。
魔術師が力仕事を行うイメージがないのだろう。
職員は僕を心配してくれた。
「中に検品を行ってくださる魔術師様がいらっしゃいます。その方に見て頂いてから、指定された位置へ運んでください」
「ほう、商業ギルド専属の魔術師なのか?」
「え? いえいえ、最近ルーシェントから大量に仕入れているのはクレーマー男爵のクレーマー商会ですので。何でも中身がポーション関連だそうですから、検品が必要なので派遣して頂いてるのですよ」
「「クレーマー男爵!」」
思わず、ヴァルハイトと言葉が被って顔を見合わせた。
この国の男爵であるから、僕が反応するのは極自然な事であるが、なぜ彼が……。
「そういう事なので、船が到着したら船員がここに荷を降ろしてくれます。それを、倉庫まで運んでくださいね」
「はーい♪」
商業ギルドの職員はそう言い残すと、別のグループへの指導へ向かった。
「……で?」
「あははー」
へらへらと笑うヴァルハイトだが、僕の意図は分かっているのだろう。
「ルカちゃんには誤魔化しても仕方ないから言うけど。そもそもオレは正にその商会が、ルーシェントから大量にポーションを仕入れているという情報を得て、メーレンスに来たんだ。冒険者登録したのは旅をするのに都合良かったから。世界を見たいってのは本当」
「なるほど。だからプラハトではポーションに見向きもしなかったのか」
これがもしハイ・ポーションとして売られていたならヴァルハイトも薬屋で真剣に見入ったのであろうが。プラハトにはハイ・ポーションは無かった。
ヴァルハイトはやはり、高位の貴族。もしくは騎士なのだろうか。
「うん、ギルドでプラハトにはハイ・ポーションの販売はないって聞いてたからね」
治療院に行けば在庫次第で処方してもらえるが、もちろん高価だ。
パーティーを組んだ冒険者がわざわざ治療院に行くことは少ないので、薬屋に販売してあれば、相当品揃えが良いと言える。
「なるほどな……。ここで受けた荷は、そのまま王都へ運ばれるのだろうか?」
「そうだね、プラハトもダンジョンが周辺にある中々大きい街だし。そこに卸して無いなら、そうかも」
「だが、わざわざ人気のカフェとやらで使用する意図が分からないな。僕ら以外の冒険者にハイ・ポーションではないと見抜かれるだろう。リスクが高すぎる」
「本当に微量しか入ってないと思ってるのか……。それか、判別出来るような魔術師が街に訪れてないのかも?」
「どうしてそう言える」
「ここって街に入る時、検問があるから。ランクの高いパーティーが来たら分かるだろうし」
「そうか、なら検問に協力しているのは街の人間では無く男爵に雇われた者か?」
「雇われた人が、検問の職に就いてたら……可能性はあるね」
ギルドで確認したが、この街の治療院に属している回復術師は光魔法を覚えていないらしい。
つまり、外から入ってこなければ、見抜ける力量がある魔術師は街に居ない。
「ランクDで良かった……ね?」
「まさかこんな所で役立つとは思わなかったが」
ランクが低いことが功を成すとは誤算だが、結果オーライだ。
「それで、お前の見立てでは商会がわざわざ大量にポーションを入荷しているのは何故だ?」
「うん、そこなんだよね。……これを言ってしまうと、ルカちゃんを巻き込んでしまうかもしれない。それでも?」
何を今更。
「魔法に関することは僕の興味の対象。そう言ったが、クレーマー商会が絡んでいるなら話は簡単だ。僕の師は王宮の筆頭魔術師で、クレーマー男爵が他の貴族に仕えていた魔術師を金で集めているという噂が立っていてな。それについて調査していた。ポーションについては知らないが、どうやら無関係ではなさそうだな」
「それは、また。何とも運命的というか」
全くだ。
偶然二度と組みたくない剣士と組んだかと思ったら、光の魔法に関する件を追っていて。それが師の調べている件と繋がるとは。
「……ルカちゃんは、聖王国ルーシェントの王家が光魔法の使い手であることは知ってる?」
「いや、初めて聞くな」
苦手な光の魔法よりは、闇の魔法について詳しく調べていたこともあり、他国の魔法事情にも明るくはなかった。
「代々、王位を継ぐ者は光の魔法が使えなければならない。それ故、無条件で単属性の者に王位継承の資格はなく、王の子達は勉学と共に魔法の修行も義務として課せられているんだ。それで、今。王位継承権に最も近いはずの第一王子は、まだ光の魔法を会得していない」
「そうなのか」
その情報はルーシェントの民にとっては、この上ない機密情報だろう。
ヴァルハイトが知っていることにも驚きだが、僕にその情報を教えるとは、何とも信頼されたものだ。
「それで。第二王子は、既に光の魔法を会得しているんだ。もちろんまだ王は健在だから、猶予はあるんだけど。まぁ、今の王は素晴らしい方でね。昔ながらの腐敗した貴族達には厳格な方なんだ。だから、王に反感を抱く貴族達の中には、第二王子派といって、第二王子を擁立することで次代の王を意のままに操ろうとしているんだ」
「ほう、そんなことが……」
だが、まだ王は健在なのだから貴族達の目論見は徒労となりそうではある。
「ルーシェントにとって、光の魔法が重要なのは理解した。だが、第一王子が光の魔法を覚えれば、それまでではないか?」
「うん……。ただ、光の魔法は三十歳の誕生日までに臣下へ示さないといけない。第一王子は、今二十九歳であと二か月後。三十歳となるんだ」
「それはーー」
第一王子に残された時間はあとわずか。
王にとって、次代の王が決まっていることには変わりないが、だがそれは、このままいけば再び腐敗した王政になるということ。
「第一王子は心優しく、民にも貴族にも分け隔てなく接することが出来るお方。彼が光の魔法を会得することが我々の悲願ではある。第二王子は苛烈な性格で、元々勉学では兄に敵わなかったが、剣の腕は第二王子の方が秀でていらっしゃる。ただ、女性を常に侍らせたり、給仕の者への厳しい物言いも相まって、民からの支持は薄いんだ」
まるでずっと、傍で見てきたかのような言い方だ。
やはりヴァルハイトは王宮の騎士なのだろう。
「そういう事情であれば、王の権限で国の決まりを変えることは出来ないのか?」
「聖王国と言われるほど、王家を神聖視している民は多い。元々王家の始まりは、光の女神より力を授かった時の勇者だと言われているんだ。だから、代々その血脈が薄れぬよう、今の王も王家の血筋であらせられた王妃と結婚している。それ程、我が国では王家は神聖なものとして長年崇められてきたんだ」
元来の騎士としてだろう、言葉も普段とは全く異なる丁寧な言い回しをしている。
「そうか……、一種の信仰の対象のようなものか。それを突然、今代の王の事情でしきたりを変えるのは、確かに反感を買うだろうな」
「そうなんだ。だから、仮に二か月後、どういった結果を迎えるにしろ。不穏分子はオレらが潰すしかない」
「つまり、今回ただのポーションを、ハイ・ポーションと偽っていることに関して。何らかの第二王子派の関与があるんだな?」
「クレーマー商会が、第二王子派の筆頭……財政を担当しているヘクトールという高官と繋がっていることは王も掴んでいる。だが、資金稼ぎにしては大々的に売り出している訳でもない。そこが引っ掛かるんだ」
「なるほどな」
ヘクトールという人物はどうか分からないが、クレーマー男爵は商売と金が全てとでも言う程、狡猾で金さえ払えば何でもするという人物だ。
他の貴族に使える魔術師を引き抜くなど、通常であれば考えられない。
ただ、クレーマー商会は元々ガラの悪い者達を多く従え、金で動かない者には暴力で解決するような噂もある。
「どこの貴族にも、腐ったやつは居るということか……」
「全く、その通りで」
いつもの調子を取り戻したヴァルハイトだが、目は笑っていない。
彼が、真剣な想いでメーレンスにやってきたことだけは分かる。
「とりあえず、まずはクレーマー商会の魔術師様とやらだな」
潮風に揺れる髪を払って前方を見遣れば、ルーシェントの国章が旗に印された船が見えた。
「……そうだね~、しっかり、仕事振り見ないとだね♪」
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