第二十話 二つのギルド
翌朝。
「ルカちゃーん、おはよー」
野営とは違い、寝心地の良いベッドを堪能しているとヴァルハイトが声を掛けてきた。
「……ん、おはよう」
僕は昨夜ヴァルハイトが寝るまで本を読んでいたので、目が疲れぐっすりと寝ていたようだ。
顔を洗い、身支度を整え、宿の食堂で朝食をとりながら、今日の予定を再確認していた。
「今日さ、ギルド行って依頼見てからでいいからさ~。もう一か所行きたいところあるんだ」
「ほう」
昨日、僕にやって欲しいことは直接言え、と言ったのが効いたらしい。
早速自分の行きたいところを提案してきた。
プラハトではそんな事は無かったので、新鮮だ。
「どこだ?」
「商業ギルド、どうかな?」
「あそこか……」
通常僕らの呼ぶギルドとは冒険者ギルド。
対して商人達にとってギルドと呼ぶのが商業ギルド。
流通する商品の価格が適正かどうか確認したり、新しい商品の販売を認可したり、商いを行う者達にとって必要な場所である。
「僕らが行って、構わない場所なのだろうか」
「それな! オレも詳しくはないから、良い依頼ないかなと思って」
「なるほど」
冒険者が商業ギルドへ訪れることが無い訳でもないが、今のところ僕たちが特別用事がある訳でもない。そんな手持無沙汰な状態で行っても、怪しまれるだけだ。
「商業ギルドが出している、納品依頼とか……、周辺で解放されてるダンジョンの護衛の依頼とかあればいいな~」
「そうだな」
普段、個人が冒険者ギルドへ依頼を出すと納品先もギルドで指定される事が多いが。
例えば定期的に冒険者に納品依頼を出している団体や、ダンジョンへの護衛の任を任せられれば商業ギルドへ直接行くこともある。
「参考がてら、道すがら水緑豆の値段も見てみるか」
「そうだねー。シェーン・メレの物価だけ異常なのかもしれないし」
僕らはひとまず、冒険者ギルドを目指した。
◇
「おお、大賑わいー」
ヴァルハイトの言う通り、プラハトの、更に倍ほど冒険者ギルドは大きく、活気に満ちていた。
依頼を張り出すボードも大きく、ランクの目安や納品、護衛など種類に応じて大まかに分別されていた。見やすくて何よりだ。
「んー」
今回僕らが重要視するのは、そこではなく。依頼主の欄だ。
もちろん個人の名が出ることを避けるため、受託しギルドで情報を得るまで依頼主は具体的に書かれていないのであるが。
稀に緊急のものや、定期的に行われるもの等、団体名義で依頼主の記載があるものもある。
例えば、今回のような。
「”急募! 港の倉庫整理。船の積み荷運びも含む。人数制限無し。繁忙期の為、冒険者の方にもお力添え願いたい。詳しくは受託後現地で説明有り。商業ギルド”……だって?」
「ほう」
正にうってつけ、と言ったやつだ。
「報酬も中々だな。力仕事だからか」
「ルカちゃん倒れないか心配~」
「誰がひ弱だ」
商業ギルドで説明を受け、そこで管理する商品があるであろう倉庫の整理。
はたまた港で流通する商品の積み荷も見れるともなれば、色々と今回の件の参考になるはずだ。
「受ける?」
「やるしかないだろう」
「おっけー。……一応、ルカちゃん名義で受けてもらえないかな?」
「? あぁ、いいぞ」
賑やかなギルドなため、受付も三人居た。
少し待つだけで、すぐ受託できる。
「お待たせしました、次の方どうぞ」
きっちりとした印象の受付の青年に促され、依頼書を手渡した。
「こちらを受託したい」
「ーーおお、助かります。最近、人手不足のようでして、何人居ても足りないと先方がおっしゃってましたので。ほぼ固定の依頼なのです」
「そうなのか」
団体名義での依頼であるから、常設依頼であることは予想出来た。
だが、そんなに忙しいなら冒険者では無く商業ギルドの職員をもっと雇えば安定しそうなものだが……。
「パーティーはお二人ですか? 受託名義は如何いたしましょう」
「あぁ、ルカ・アステル・グランツで頼む」
「かしこまりました」
手続きのため青年は一旦別の机に書類を取りに行く。
ヴァルハイトはと言えば、先程から何か考えた様子で柱に背を預け真面目な顔をしていた。
「どうした?」
「……んー? いや、何で人手不足なのかなぁって」
「それは、本当にな」
先程僕も頭を過った、元々の商業ギルド職員の人員を増やせばいいのではないか。
その事を考えているのだろう。
「実際行けば分かるのではないか?」
「……それも、そうだね♪」
「ーーお待たせ致しました。受付は完了致しましたので、詳しい説明は商業ギルドの方が行ってくれます。専用の窓口があるので、完了報告もそちらでして頂ければこちらへの報告は不要です」
「あぁ、分かった」
常設依頼ともなると、商業ギルドと冒険者ギルドが上手く連携しているのだろう。
現地で報告が出来るのは便利で良い。
「港へ抜ける道の途中、左手に大きな建物が見えますのでそちらが商業ギルドです」
「ありがとー♪」
恐らくは積み荷を運んで、指定された場所へと置く作業なのだろうが、そんなに人員が必要な程流通があるのだろうか。全く謎であるが、とにかく行かねば分からない。
「ヴァルハイト、何かあればすぐ言えよ」
「……! うん、分かってるよ!」
商業ギルドへと向かう道中、ヴァルハイトに釘を刺す。
恐らく自分の目的のために、今回商業ギルドへ行きたいと言ったであろう。
もし目的に近付く何かを発見した時、恐らく彼は僕を巻き込まない為己の内に秘めておく。
そう思えた。
「今回は僕にだって関係がある。魔法に関することは、全て僕の興味の対象だ。……お前の事情とは関係ない」
「ルカちゃん……」
普通のポーションを、わざわざハイ・ポーションとして売り出すのは色んな意図があるであろう。
しかし、もしかすれば店は粗悪品を掴まされただけで、実際にはきちんとしたハイ・ポーションの入手ルートがあるかもしれない。
僕の目的である魔法の研究、その一環で光の魔法と関係あるハイ・ポーションにはもちろん多大な興味がある。
ヴァルハイトの目的が何にせよ、今回の件は僕と全く無関係でもないのだ。
何か気になる点があれば、すぐにでも情報共有して欲しいところだ。
「ここか?」
潮の香りが強くなる、港への道を歩いていると冒険者ギルドとほぼ同じ規模の建物が見えてきた。
「大きいねぇ」
「そうだな」
そう言いながらも特に臆すること無く、建物へと入った。
中へ入ると、人手不足なのは本当なのだろう。
職員がせわしなく働いている様子が見えた。
冒険者ギルドと違うのは、利用者のほとんどがこの街の商人や街道ルートで荷物を運んで来た者。
港から積み荷を運んできたであろう船の乗組員、極まれに冒険者を見掛ける……といった感じだ。
その一角に、”冒険者ギルドにて受付完了の方は、こちらへ”と書かれた窓口があった。
僕達が用のあるのは、恐らくここだろう。
「失礼する、冒険者ギルドにて依頼を受けてきた」
「ありがとうございます、書類をお持ちですか?」
先程受付が済んだ際に手渡された、受託を証明する書類だろう。
それを受付の女性に手渡した。
「----はい、確かに。それでは早速、ご説明致します。お二人には、指定の船より卸された積み荷を倉庫へと運んで頂き、出荷しやすい様仕分けして頂きます。具体的には現地に担当の者がおりますので、まずは港へ向かわれてください。--そちらに、私共と同じ制服を着た者がおりますので、お声掛けください」
「あぁ、承知した」
「はいはーい」
つまり、船から荷を受け取り、倉庫まで納品する。
一連の作業を冒険者へと委託しているという事だ。
それは、商人達の間では普通なのかもしれないが、僕にとっては異様に思えた。
「ご質問はございませんか?」
「いや、何かあれば現地で聞こう」
「行ってきま~す」
ふざけた様に言うヴァルハイトの眼が、どこか真剣な眼差しだった。
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