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第十七話 魔物とは名ばかりの

 途中途中で休憩を挟み、時刻は闇の(夜の)八時。

 簡単に食事も済ませ、二時間毎に見張りを代わり、翌朝八時まで休む予定だ。

 僕の収納魔法(マジック・バッグ)にしまっておいた、簡素な布団を敷いて休む。


風待草(かぜまちそう)を煎じて煮出した薬湯だ。疲れもとれる」


 先に見張りを務める、ヴァルハイトへと手渡す。

 彼の火の魔法で小枝を集めて火を起こし、そこで煮出したものだ。


「おお、さんきゅ~♪ いやー、ナニが起こるか楽しみだねぇ!」

「はぁ」


 ギルドで絡んできた男。

 そいつ曰く、僕らは道中魔物に襲われるらしい。


 預言者か? という冗談はさておき、恐らくは自分の誘いに乗らなかった僕と、それを助けたヴァルハイトへの嫌がらせだろう。

 嫌がらせの度合いがおかしいのは気のせいだろうか。


 まぁ、プラハトを根城にしているのであれば、面子を保つのに必要なのだと思う。

 バカにされたのでは、今後の仕事に支障をきたすのだろう。知らんが。


 より問題なのは、この状況をヴァルハイトが楽しみにしていることだ。

 どれだけ肝が据わっているのか……。

 謎なところが多い男ではあるが、益々謎は深まるばかりだ。


「二時間後くらいに起こすね~」


 懐に忍ばせた煌びやかな時計を見ながら言った。

 服装はそうでもないが、それを見る限り本当に名家の出身なのだろう。


「あぁ、頼む」


 地面の凸凹が感じられるほど、薄い布団で僕は休んだ。



 ◇



「ルカちゃん、おはよ~」


 時刻も早く、野営なことから熟睡は出来ていないが、体は休めている。

 ヴァルハイトが実力者のおかげで、余計な魔法を使わずに済んでいるからだ。

 これがソロなら色々と魔法を張って休むので、休んでいるが休んでいない。

 そんな状態だったはず。


「ん……おはよう」


 少しだけ寝ぼけた様子で応えると、ヴァルハイトは笑っていた。

 プラハトにいた時にはこんな姿見せていないからな。


「……代わろう」

「おうおう、頼んだ!」


 見張りの最中読む本を鞄から取り出し、ヴァルハイトと交代した。

 彼は見張りの間、武器の手入れをしているようであった。


「おやすみぃ」

「あぁ」


 ヴァルハイトが布団に包まったのを確認し、薬湯を飲みながら本を捲った。


 街道が出来ているルートは、魔物がいるにはいるが、一般の者でも対処出来るような弱い魔物。

 もしくは火や水など、苦手な何かを持っていれば逃げていく魔物。

 人間自体に興味がない魔物。

 人間を極度に怖がり襲ってこない魔物。


 そういった魔物しかいないルートを主に通っている。

 例外もあるが解放されたダンジョンと同じく、そういった所では冒険者の護衛を伴わないと渡れない。


 これが王族や貴族、国の重要人物であれば騎士団が護衛の任にあたる。

 報酬があるとはいえ、忠誠があるかも分からない人物に護衛を任せるわけにはいかないからだ。

 最悪、暗殺される可能性だってある。


 万が一危険な魔物が出た場合は、緊急の依頼として冒険者に討伐依頼がきたり、重要人物が通る予定のルートであれば騎士団が動く。

 それまでは一般の人が通れないよう付近を封鎖する。


 魔物の図鑑をギルドで閲覧し、このルートで遭遇しそうな魔物をメモしていた。

 食糧を持っていたり、寝込みであれば、普段は襲ってこない魔物が襲ってくる可能性もある。

 まして、魔物が活発化する夜だ。

 基本、野営では警戒を怠っていはいけない。


「特別、脅威となる魔物はいなそうか」


 グリュンバードの場合は、風の魔法が厄介ではあるが、襲ってくるとしても食糧を持っている時だ。

 彼らの水飲み場である川はルートの東側になる。

 恐らくはいないであろう。


 ヴァルハイトは寝息をたて、寝入った様子。

 魔物について懸念する必要はない。


 だが、ギルドの男は()()()()()()()と言った。


「はぁ」


 非常に面倒だ。




 一時間ほど経過し、辺りの空気が変わった。

 時刻は闇の(夜の)十一時あたり。

 気配を隠しているつもりだろうが、あいにく見張りを代わった時点で仕込んでいるものがその存在を感知していた。


 わざわざ火も消さず待っといてやっているんだ。

 来るならさっさと来い。


「来ないなら……、こちらから行くぞ」


 ぼそっと呟くように言えば、謎の存在達は驚いたのかそれまで気を遣っていたであろう、茂みの音で存在を示した。

 

「そこか──」


 ヴァルハイトが寝ていることを確認し、仕込んでおいた()()()()を発動させた。

 存在を示した茂みは、途端、急に葉を散らせ霧散した。

 露わになったのは、予想通り魔物ではなく、……人だ。

 それも物騒な武器をお持ちの様子。


 どうやらギルドであれだけ盛大に声をあげていたのは、僕らがもしここで死に絶えた時、魔物に襲われたということで処理出来る様にだろう。


 何とも浅はかだ。


 散った葉は、刃となり襲撃者に襲いかかる。

 冒険者であれば金で雇われたであろうし、殺すつもりはない。

 なかば脅しの様に装備だけを徹底的に傷付けた。


「──くそっ!」


 襲撃者は恐らく、五人。

 土を介して魔力を込め、周辺の魔力を感知していた。

 ソロで野営する際は、土魔法を使って自衛している。

 その要領で見張りをしていた。


 僕の魔力が通う場所では、その存在を消すことは簡単には出来ない。

 身を潜めていた者達が一斉に、姿を現した。


「ふむ……」


 どんな装備をしているかまでは分かっていなかったが、先程脅しをかけた者が僕らに直接手を掛ける予定だったのだろう。短剣使い。

 存在を隠して仕留めるつもりだっただろうが、その存在はバレているので、こちらは問題ない。


 一番奥に控えている者の魔力が一番高いので、そいつは魔術師だろう。

 その間には援護の弓使い。


 そいつらと僕を挟んで反対側、ヴァルハイトが休んでいる側には大剣使いと双剣使い。

 物騒だ。


「ヴァルハイト、やれるな」

「やーん、カッコ良く登場しようと思ったのに~」

「~、うるさい!」


 剣を木に立てかけ寝入っていたはずのヴァルハイトは、敵の存在を感知したのか僕が緑の魔法を放っている隙に手元へ戻していた。


「そちらは頼んだ」

「あいよ~」


 命を狙われているはずの状況だが、相変わらず軽い。

 どこか楽しそうに大剣使いと双剣使いを相手にしていた。


 さて、こちらは三人だが。

 近接武器が一人のため、あちらを相手にするよりやり易い。


「どうした? かかってこい」


 さきほど緑の魔法を発動させたためか、相手は襲ってくる様子がない。

 じりじりと、どうすれば良いかを見極めているようだ。


「お前らの雇い主は分かっている。……、このまま手ぶらで帰って許されるとは思わないが?」


 あえて挑発するよう言い放つ。


「──っ! うるせぇ!」


 一番手前、短剣使いが突進してくる。

 後ろを見れば弓使いと魔術師が援護の体勢だ。


「足元注意だ」


 その突進の勢いを利用して、今度は土魔法を駆使する。

 いきなり足元につっかえる様突起した地面は、簡単に短剣使いを転ばせた。


「うおっ!?」


 そのまま地面に伏した者を組み敷くように、地面に触れた腕と脚を土が拘束した。


「な、何だこれは!? お、おいっ助けろ!」


 うしろの魔術師へ声を掛ける。

 恐らく土を濡らし、脆くすることで対処しようとしているのだろう。

 水魔法を拘束する土へ放った。

 さすがに殺傷能力のある魔法であると短剣使いを傷付けるためか、水を生み出すだけの魔法だ。


 その手前、弓使いは僕に向かって矢を放ってきた。


風の盾(ヴィント・シルト)


 魔力を伴わない矢の攻撃は、簡単に僕の風魔法によって弾かれた。

 僕の目の前を風が渦巻き、飛び道具を主に弾く魔法だ。


「くそっ!」


 矢が効かないと焦ったのか、今度は登っていた木から降りて、こちらへ駆けてきた。

 バカなのか?


「だから、足元注意と……」


 先程の短剣使いと全く同じ状態になった。


 そうこうしていると、短剣使いは濡れて脆くなった土をどうにか力技で取り除けそうだった。


「はぁ。そのままの方が良かったぞ」

「なにぃ!?」


 今度は水の掛かった土に向かって、魔法を放つ。


凍土と化せ(アイス・ボーデン)


 土に掛かった水を凍らせ、更に強固な拘束となった。


 土属性が緑の魔法を扱えるように、水属性を持つものは、氷の魔法を扱うことが出来る。


「くそっ、外れねぇ!!」


 仲間の様子を見ていた弓使いは、抵抗を止めたのか大人しくしていた。


 それはそうだ、氷が長時間肌に晒されるとどうなるか、分かっているのだろう。


「──っ水の槍(ヴァッサー・ランツェ)!」


 手前二人を相手にしていると、魔術師が仕掛けてきた。

 出来れば同業である冒険者には、これからも色々な依頼をこなして頂きたい。

 戦意を失わせるよう、あえて同じ魔法を使った。


「甘いな、水の槍(ヴァッサー・ランツェ)


 同じ魔法であれば、術者の魔力の違いで威力は異なる。

 相手よりも魔力には自信があったため、全く同じ魔法を撃つ。

 そして、簡単に相手の槍と化した水魔法は僕のものに突破され、なお相手へと向かう。


「くそ!!」


 次の魔法を撃たせる前に、勝負を決めたい。

 続けて、魔法を重ねた。


氷の槍(アイス・ランツェ)


 相手へと向かった水の槍は、勢いはそのままにみるみる凍り付き、鋭さを増した。


「うわああああ!」


 勢い良く到達した氷の槍は、目の前で分裂し、相手の衣服だけを背にした木に縫い付ける。

 狙いを定める操作は、風の魔法だ。


「く……くそ……」

「はぁ」


 対人は非常に面倒である。

 とりあえずこちらは片付いた。


「おー! ルカちゃん、さすがだね♪」


 振り向くと同時に、相手二人の首元を両手で引きずるヴァルハイトが見えた。

 戦いぶりは見ていないが、さすがと言ったところだ。

 二人も気を失っているだけの模様。


「お前も、中々やるな」

「る、ルカちゃんが褒めてくれた!? めずらしー!」

「うるさいぞ」


 普段と全く変わらない様子でヴァルハイトは答えた。

 その様子なら怪我もないだろう。


「ねーねー、こいつら、どうする?」


 意識のある、僕が相手をしていた三人は怯えた様子だ。


「ふむ……。このまま手ぶらで雇い主の元へ行かせるのもな」

「そっち!? ……ルカちゃん優しいな~」


 無論、襲われたことに対しては胸中穏やかではないが。

 それよりこのまま何の成果もなく帰らせたところで、あの絡んできた男が許すとは思えなかった。


「──あんたら、何でそんなに平気なんだ……?」


 短剣使いの男が、心底不思議そうに問い掛ける。

 普通であれば怯えるであろう対象が、淡々としていることに疑問を持つのも無理はない。


 僕はと言えば、他人をそれほど信じやすい性質でもないので、そういう事態になったんだな。

 運が悪かった。……とでも思うだけなのだが。


 確かにヴァルハイトは、僕とは性格が違う。

 いくら今回のことを楽しみにしていたとはいえ、普通ではない。

 それほど冒険者としての経験が長いのであろうか?


 だが、ギルドへの登録はこちらで、と言っていた。

 つまり、ルーシェントで冒険者をしていた訳ではないようだ。


「うーーん……、慣れてるから?」


 何だそれは。

 一体どんな人生を歩んできたのだ。


「何だそりゃ……」


 男も理解できず、脱力したようだ。


「──俺たちのことは捨て置け。どうせ同業者狩りはギルドを通さない裏の仕事でご法度だ。どの道俺たちには逃げ場もない」

「へぇ? そういうもんなんだ」


 僕らはそういった依頼を出すことも、受けることもない。

 事情は知らないが、ギルドを通さない裏の仕事はそれ相応のリスクを伴うようだ。

 依頼としてではなく、単純に仲違いでそうなってしまった場合はどうなるのだろう。

 余計な事まで考えてしまった。


「こういうのは、どうだ?」

「?」

()()()()()()()、という事にすればいいんだ」

「ぶはっ! それ、サイコー」


「な……」


 あのギルドの男は、親切にも道中魔物が出ると教えてくれた。

 それは何も、僕らだけが危険な訳ではないだろう。

 あの場にいた、他のギルドの者はそう解釈しているはず。


「そのボロボロの装備や、折れた矢なんかを見せればいいだろう。証拠が弱いなら、どこか本当に魔物が出る所で襲われてくるといい。良くは知らないが、そんな危険な依頼、前金ももらっているのだろう? 魔物に襲われて僕らと会えなかったと言って返せばいいさ。依頼主は魔物の危険性を説いていたんだ。嘘は言っていない」


「あんたは……、それでいいのか?」


「さぁ。少なくともプラハトで幅をきかせる男に睨まれたのでは、お前らもやりづらい。別の街に行くしかないだろうし、それでいいんじゃないか?」


「…………、変わった魔術師だ」


「ほんとだよねー!」


「それはお前だろ」


 ヴァルハイトはうんうん、と力いっぱい同意していた。

 僕からすれば、こっちのセリフなのだが。


「どうしても、金が必要だった。…………この借りは、いつか必ず返す」

「そうか。どれだけ大金かは知らないが、せいぜい頑張って依頼をこなすんだな」


 いつの間にか目を覚ました二人と、拘束を解いてやった他の二人、それぞれを伴って襲撃者は去って行った。




「いやー、それにしても、予想通りすぎて笑っちゃったね!」

「はぁ」


 全然笑える状況ではなかったのだが。

 大の男二人を、簡単にあしらっていたヴァルハイトは想像以上の実力者だ。

 周りが木々で囲まれた場所で野営していたため、おいそれとは火の魔法も使えなかったはず。

 おまけに、こんな状況に慣れているときた。

 やはり、謎の男だ。


「襲撃者もだけどさ~。ルカちゃん、全属性(マスター)なんだもんなー」

「……! 良く、分かったな」


 緑の魔法を見られていたはずだから、これまでに風・水・土。三属性(トリプル)であるのは分かっているはずだ。

 だが、最後の火の魔法。

 それは一度も使っていない。


「あれっ、やっぱ当たってた? オレってすごいなー!」

「…………はぁ」


 ただの勘ではあったらしい。


「まぁ黒持ちだし、その可能性は全然あったからなぁ。驚きというよりは、さすがルカちゃん! って感じ?」

「そうか、それは良かったな」

「いやー頼もしい限り!」


 もともと出会った当初からその可能性は感じていたらしい。

 だからと言って、彼は僕の魔法に全てを頼り切りにはしていない。

 僕が自分から言うのを、待っていたのだろうか。


「オレが火の魔法は使えるし? その分魔力の節約になるっしょ!」

「それは……、まぁ、ありがたいが」


 実際、全ての属性の魔法が使えるのは便利ではあるが。

 魔力を配分するのには不得手の魔法に関して、魔道具を用いるのが好ましい。


 だが僕は魔法の研究がライフワークであるから、なるべく自身の魔力で魔法を使っている。

 剣士と組むからには、本来全ての属性を僕で対処するはずなのだが。


 たまたま組んだ相手が魔法剣士とは、なんとも出来過ぎた話だ。


「頼りにしてねー!」

「~、分かったから、早く休め」

 

 襲撃者のおかげで、僕の睡眠時間が減った。

 それだけは、確かに許しがたいことだ。




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