第十六話 それぞれの師
あの後、本当に夕食まで食べ歩いた。
それはもう、しばらくご飯は要らないんじゃないかとでもいうくらい。
だが、人は良く出来た生き物で、翌朝になれば難なく朝食を平らげた。不思議だ。
荷物をまとめ、宿を後にする。
基本的に旅に必要な物は、僕が持ち運んでいる。
「おーーし! 快晴快晴! どっからでも掛かってこいやー」
「元気だな……」
これから、街道沿いに進んで大きな港町『シェーン・メレ』へと向かう。
少しだけ内陸に位置していたプラハトから、海へ向かいながら延びる街道を行く。
グリュンバードの生息していた川は、この街道と街を挟んで反対側だ。
だがその前に、魔物とやらに襲われに行く。
「脅しであればいいのだがな」
「えー。たまには体動かさないと、なまっちゃうよルカちゃん♪」
「はぁ」
この調子だ。
誰が好き好んで襲われたいとでも思うのか。
「行くか」
「おー!」
◇
途中、風待草や、ハーブ等を見掛けたのでそれらを採りながら進んだ。
自分の趣味として持ち歩くのもいいが、そろそろ調合用に道具を揃えてもいいかもしれない。
師匠の所にいた頃は、屋敷の道具を借りていたし、冒険者となってからは薬屋に持ち込んで調合してもらうか、そのままギルドで買い取ってもらうかだった。
プラハトで見繕っておけば良かったか。
いや、しかし先立つモノが……。
そう頭を捻っていると、ヴァルハイトが話しかけてきた。
「考えごとー?」
「そんなところだ」
「ふーん」
「そういえば、ヴァルハイト……。お前の剣術は誰かに習ったのか? とても冒険者になるために始めたようには見えないが」
魔法学校のように、一定の教育を終えた後、騎士や憲兵、はたまた冒険者として生きていくために主に武器の扱いを学ぶための学校もあった。
「あー……。まぁ、そんなところ!」
「真似するな」
「バレた?」
誤魔化すように、にしし、と笑う。
明朗な言動の目立つヴァルハイトだが、時々、はぐらかす様に答えを濁す場面もある。
それは彼の抱えているものに起因するのであろうが、それを知りたいと思うのは自分でも不可解だ。
「何ていうのかな、元々は義務? だったんだけど、今は、自分のためにも……他人を守れるようになるためにも、強くなりたいって。そう思う」
不意に見せる真面目な顔は、自分のためだけではなく他人を思いやる時に良く見せた。
「まぁ、教えてくれた人は剣だけじゃなくて、色々な武器扱えるんだよね~。その人超えるのがまず目標かな!」
「ほう、師匠のような存在か」
「そーそー♪ そういうルカちゃんの師匠さんは? どんな人?」
彼女のことを思い浮かべると、まず出てくる言葉がある。
「弟子バカだな」
「弟子ばか?」
「僕の育ての親にあたるのだが、薬草学の権威でもあり、魔術師としても有名だ。……だが、残念なことに僕のこととなると見境がなくてな。目も当てられない」
黙っていれば、美女と形容しても差し支えない容姿を持ち、その聡明さから憧れる者も少なくない。
そんな彼女は僕のことになると残念な女性になった。
「へぇ……! さすがルカちゃんの師匠、有名なんだ。でも、それだけ大事にしてくれたってコトは、良いことなんじゃない?」
「そう、だな」
そもそも彼女がいなかったら、僕は生きているかすら危うい。
引き取られた後も僕は魔法学校で、ひたすら魔法の修行に打ち込み、友と呼べるような者もいなかった。
黒持ちであることも原因だったが。
そんな僕を彼女は常に心配していた。
過保護ではあったが、間違いなく彼女からは愛されていた。
「僕には本当の親の記憶はない。僕にとっては、たった一人の家族で、大切な人だ」
「ルカちゃん……」
それに今は──。
ずっと孤独に修行をしてきたが、今は一人じゃない。
良く分からんチャラい剣士で最初はどうなるかと思ったが、案外。悪くはないと思えてきた。
大誤算だ。