第十五話 忘れた頃に、やってくる
朝食は、朝から昼にかけてのみ営業している軽食の屋台を宿の主人に紹介してもらい、そこで済ませた。
朝食代込みとはいえ、たまには外で食べてみたかった。
パンケーキのような、ふんわりとしたナイフとフォークを使って食べるものだったが、ソースの甘さとは別に生地に渋みもあり、それがまた癖になった。
「ヴァルハイトは、どう動くつもりだったんだ?」
「んー?」
風の魔道具である腕輪は昼ごろ仕上がる。
少しだけ時間に余裕があったので、僕達はギルドに立ち寄った。
冒険者への情報提供として置いてある地図や、薬草図鑑、魔物図鑑などを眺めながら今後について話し合う。
「そーだなー。まぁ、ぶっちゃけルーシェントから来て、五日? 六日? くらいだからなぁ。ルカちゃんと一緒で南から道なりに今北上してるだけだな~」
この国──、メーレンスの北に位置するルーシェントとは、隣国ではなく間に小国が存在する。
その面積はメーレンスよりも遥かに小さく往来はそう難しくないが、一般的には国の形状もあり二国間は海路を使って行き来していた。
「ルカちゃんが来た街から見てちょうど西の港街から、そのままプラハトに来たんだよね~。そこで当面の旅銀稼いで、同じタイミングで来たの」
「次の街もまた、海に面しているな」
「そうだね~。一番ルーシェントに近い海路がある、大きい港町だから、色々と楽しみ!」
「はぁ」
ピクニックではないんだが。
まぁ、世界を見聞するために旅していると言っていた。
楽しいのは、まぁ……良いことだ。
「だってそうでしょ! 大きい街なら街に入るのにも色々あるだろうし、安全に観光出来る! ゴタゴタに巻き込まれる心配もなし! あー海の幸が食べたいな~」
ヴァルハイトは意味深に笑った。
そんなに海産物が食べたいのか。
「そうとも限らん。逆を言えば、何か企んでいる者が中にさえ入ってしまえば、取り締まりも難しくなるのではないか?」
「あー。……それも、そうだねぇ」
顔の良いヴァルハイトは、笑っているだけで絵になる。
だが、今の彼はいたずらっ子のような笑い方をしていた。
何か企んでいるのか?
「ふむ……。途中で野営して、一日あれば着くか?」
「風の魔道具があるし、睡眠時間確保するならそのくらいかな~」
普通であれば馬車を用いて、四、五時間程。
だが、僕らには風の支援魔法が常時発動する魔道具の当てがある。
通常よりも早く走れ、且つ風の抵抗がなくなる分疲れも感じにくくなる。
冒険者になるにあたって体は多少鍛えているし、休息も考えればそのくらいだろう。
お金もかかるし、急ぎでなければ交通手段は用いない予定だ。
「なら決まりだな。途中で採れる薬草や、遭遇しそうな魔物も見ておこう」
「決まり決まり~♪」
旅程もまとまった所で、調べものをしようとしている時だった。
「────随分楽しそうだなぁ?」
「あ?」
ヴァルハイト、口が悪い。
突然水を差してきたのは、ギルドに僕が初めて着いた際絡んできた茶髪の冒険者。
その後ろには子分二人だ。
「シェーン・メレに行くのか? 色男二人旅だと、色々大変だと思うが……まぁ、せいぜい気を付けな!」
「へぇ……?」
この二人は確実に相性が悪い。
僕はといえばこの男達に興味はないので、何か言ってるな。程度にしか思わない。
ヴァルハイトは普段他人には友好的だが、セネルといい、他人を見下すような奴には容赦ないようだ。
「Dランク二人連れってこたぁ、パーティーとしてもDランク……。そんな奴ら、途中で魔物に襲われて終わりだな!」
「ほう、魔物が出るのか。忠告痛み入る」
「けっ」
このままここにいても、一触即発なだけだ。
ヴァルハイトを宥めて、ギルドを後にした。
「あいつら、なんか企んでそうだな~」
「そうだろうな。僕らが気に入らなくて直接何か仕掛けてくるなら、何もわざわざ言ってくる必要はない。ご丁寧に挨拶をしてきたってことは……、直接手を下すことはしないんだろうが自分達の存在は仄めかしておきたい。……意気地のない奴らだ」
「言えてる!」
普通の冒険者であれば、ここで怯えても良さそうなものだが。
全く顔色一つ変えず、むしろ楽しそうにするヴァルハイトは、本当に大した精神の持ち主だ。
「道中狙ってくるとしたら、街道から少し逸れて野営する時だろうなぁ。ナニしてくれるんだろ♪」
「はぁ」
元々野営等の準備をして街を出る予定ではあったが、更に入念にしていく必要があるようだ。
「いいか、無理はするなよ。場合によっては引く」
「分かってるって♪」
本当に分かっているのか心配だ。
◇
風の魔道具を無事受け取り、代金を支払ってそれぞれ装備した。
僕は腕輪として、ヴァルハイトは首から魔石を下げれるよう首飾りに加工した。
「きれいだなー」
研磨された魔石は初めて手にした時とは違い、宝石のように綺麗な緑色に輝いていた。
「職人技ってやつだな」
「うんうん、感謝だねぇ」
「属性の宿る魔石が魔力切れになることはそうそうないだろうが、万が一魔力がなくなったら僕が補充する。もしくは風の魔石が手に入れば、付け替えれる」
「ほーう」
魔道具は魔力ある全ての人に扱うことが出来るが、消費した魔力を供給せねばならない。
その役割が担えるのは先天属性に応じた魔法をきちんと扱える者だけだ。
人は生まれながらに先天属性に応じた魔力を持つとはいえ、魔力量がほぼゼロに近い者だっている。
そして多少ある程度では、まず魔法を具現化するだけでも難しい。
仮に魔法を扱えても、自分の魔力を操作するというのは思っている以上に精密さが必要になる。
つまり、魔術師のように魔法を専門的に修めている者にしか、魔力の供給は出来ない。
魔石に魔力を注ぐ、専門の魔術師もいるほどだ。
「効果がなくなってきたら、また言ってくれ」
「りょーかーい」
あとは何かあった時用のポーション類と、食料に水。
寝るために簡易的な布団。
お金に余裕があれば魔道具の備わった防具も見ておきたかったが、仕方ない。
あれは非常に高価だ。
「そういえば、ヴァルハイト。ダンジョンの攻略は良かったのか?」
先日の幻惑の森。
その深部へは足を踏み入れておらず、主と呼ばれる魔物とも出会っていない。
「そうだなぁ~。余裕があったら見てみたい気もするけど、ダンジョンがっつり攻略したい派! でもないしなぁ」
ダンジョンの主を倒し、ギルドへ報告するとダンジョンを解放したことによる報酬と称号がもらえる。
場所によっては資源が豊富で、今後を見越して高額な報酬が出るところもあるそうだ。
主が判明していないダンジョンもあり、そこは正に未開の地。
僕はどちらかと言うと魔法の研究に力を入れているため、冒険者が熱望するダンジョンの攻略は最優先という程でもなかった。
「それもそうだな。僕もダンジョンを優先している冒険者ではないし、ヴァルハイトの気が向いたら言ってくれればいい」
「おっけー。……ルカちゃんの魔法の研究って、具体的にどうしてるの?」
「そうだな。初歩の魔法は学校で修めたし、旅をする中である程度自分なりにアレンジの効くよう色々と試しているな。例えば魔法の重ね掛けであったり、隠すことでもないが、光と闇の魔法の研究が一番だな」
「……! へぇ」
「お前にはバレていると思うが、僕は闇魔法が扱える。四属性以外は学校で深く習わないから、これでも修行した方だ……。だが、光の魔法は、不得手なんだ」
「その収納魔法、容量すごいもんね~」
収納魔法の付与された魔石を持つ鞄は、その魔石に込められた闇魔法の質に応じて容量が変わってくる。
この魔法は特殊で、闇がそこに在る。
そういう観点からか魔力が消費されることなく、込められた際の魔力が全てだ。
半永続的に使用出来るが、扱うことの難しい闇魔法を容量が無限になるまで込めることは出来ない。
内容量に応じて鞄の値段も変わるのだが、僕の容量でいくとふつうは相当高価だ。
それを冒険者として駆け出しのEやDランクが持つのは珍しいと言える。
つまり、僕は魔石に魔法を込めた訳ではなく。
常時鞄を開く際、魔法を使用しているのだ。
そのため、無限ではないが自分の魔法の調子によって容量が変動する。
まぁ、わざわざ鞄にする必要もないのだが。
魔道具は高価なため、闇魔法が扱える者を荷物持ちとして採用するパーティーもあると聞く。
僕は一人の方が気楽で良い。
依頼以外でパーティーを組む気がなかった。
カモフラージュというやつだ。
「光の魔法は水属性と相性がいいと聞くが、なかなか閃かないな」
魔術師が修行を経て、本当に突然。
体の内の二つ以上の属性が混ざり合った時に、光と闇の魔法は閃く。
その中でも恵みをもたらす水と土の属性は、光の魔法を閃く確率も上がるそうだ。
「うーん、まぁルカちゃん黒持ちだしねぇ」
「白持ちには適わないな」
僕の闇を連想する黒い見た目は、どちらかと言うと畏怖の対象であるが。
白や金、銀の髪や瞳を持つものは、癒しの上級魔法である光の魔法と連想するため、人々からは畏敬の念を込められている。
「あのリーべって子も、いつかは光の魔法覚えるんだろうな~」
セネルのパーティーメンバーである回復術師のリーべは、金の髪を持つ者だ。
水と土の属性を持つ二属性なので、僕よりセンスがありそうである。
……まぁ、あんな性格なので中々尊ばれる機会はないのだろうが。
「そうだな。筋は悪くない。驕らず修行していればいいが」
「へぇ。意外と評価してるんだね♪」
「まぁな」
さすがに一度ブチギレて、俺。という言葉を使ってしまったが。
元々の素質は申し分ないはず。
「あーー、ルカちゃんの魔法見るためにダンジョン行くのもいいけどなー。明日の道中に備えて体力温存しとこうかなぁ!」
「それが賢明だ」
「じゃぁさ、この街の他の料理、食べつくしちゃおう!」
「お前は食べることしか頭にないのか……」
確かに良い時間ではあるが、まさか連続して食べ歩くわけじゃないよな?
呆れ顔でヴァルハイトを見れば、本当に楽しみにしているようだった。
ルーシェントか。
一体、どんな国なのだろうか。