魔術師の場合
僕はルカ・アステル・グランツ。魔術師だ。
少し前にたまたま出会ったパーティーメンバーと、継続して同じ街で依頼を受けている。
それは居心地が良いからだとか、運命的なものを感じただとか、そういった類のものではない。
この街は比較的大きい方であるから、依頼もより難易度が高めのものが多く、人数が多ければ個々の実力より少し上のものを受けることも出来る。
そのため、今回のメンバーは全員継続してパーティー維持を希望した。
そして僕の場合は、それすら理由ではない。
再度パーティーを探すことが面倒、それに尽きる。
声高らかに言えたことではないが、僕は人付き合いが得意な方ではない。
一度築いた人脈をすぐに移り、新たな関係をまた一から築くよりは、楽だし、まぁ……お互いにとっても意志の疎通がとりやすく依頼も達成しやすいだろうからだ。
「ルカ、準備出来たら行くぞぉ?」
「あぁ、準備は済んだ。……、セネル。その格好で行くのか?」
今回受けた依頼は、湿原地帯にある薬草の群生地。
その近くに魔物が出たというので、駆除の依頼だ。
湿地で足が取られることから、対象はそこまで強くないが三人以上のパーティー限定依頼になっていた。
「あぁ!? セネルさん、だろ? 年下のくせに、随分生意気だな」
「それは失礼した、セネルさん。もう一度いうが、その格好で行くのか」
僕はといえば、フードの付いたローブを上から羽織り、下の白いズボンを中に入れる形で革のブーツを履いている。
湿原で濡れることを想定してローブは上半身を覆う程度の短いもの、ブーツは少し長めに脚を覆う造りの物に履き替えた。
簡素かつ機能的な装備だ。
正直魔法を使えばどうにでもなるが、ソロではない分他のメンバーに対しての支援。
効率の良い魔法の使い方をしなければならない場合に備え、魔力を温存出来るよう装備にも余念はない。
対してセネルはといえば、おしゃれに気を遣っているのかは知らないが、良く分からない飾りがゴテゴテについた革製のブーツを履いている。
それはいいのだが、如何せん長さが短く、簡単に水が中に入り込んで剣士職であるセネルが足元を取られてしまうのでは……と心配だ。
そうなれば、後衛の僕や他のメンバーに敵が簡単に突破してくることになる。
軽量化のために鉄製でないのは個人の好みに分かれるであろうが、リーダーであればそういったことにも考えが及んで欲しいところだ。
「ああ!? 何だ、文句あるのか!」
「いや、明確に何かあるのならいいのだが。次の目的地では足元に水場があることも予想される。ブーツの中に水が入り込めば、いざと言う時動けなくなるのでは、と考えただけだ……。先日雨が降ったという情報もあるしな」
「うるせぇな、俺の勝手だろ。小僧は黙ってろ!」
良く吼えるのは一体何なんだ。
体力の無駄だし、自分の考えがあるならそれを言えばすむ話だが。
よほど僕が気に入らないと見える。
「まぁまぁ、セネルなら大丈夫よ~。何たってリーダーだもの!」
主に支援を担当する魔術師、回復術師であるリーベが言う。
セネルとは同じ街の出身のようで、幼馴染とのことだ。
まぁ、十中八九恋人同士のような節もある。
それはいいが、どうもセネルには甘いらしい。
前回の依頼では、討伐対象の詳細や、僕の得意な魔法や属性を確かめる間もなくさっさと出発しようとした。
何かあればリーベも「回復頑張るから!」とお気楽な発言をしていたが、案の定僕の得意な魔法が通らない相手で狼狽していた。
嫌な予感は的中というやつだ。
事なきを得たからいいが、どうもこの二人は依頼に対しての準備、魔物や仲間に対しての理解が足りないように感じる。
それでも、リーダーには従う。
僕も依頼は遂行したいし、助言だけはさせてもらうが。
「それならば良いが。食料や水は?」
「あん? こんな依頼場所もそんなに遠くねぇし、パパッと行って、サクッと倒しゃいいだろ」
だ か ら。
どこからその自信が湧いてくるんだ。
僕の頭がおかしいのか?
討伐対象は群れを成しているとの報告がある。
一体倒してはい、終わりでもない。
もしかすれば、巣が近くにあるのかもしれない。
そうなれば全て討伐するのが依頼の条件だ。
体力回復のために、小休憩を何度か挟むかもしれない。
そういった考えを巡らせ、まずパーティーと相談して一緒に準備するのが冒険者の常じゃないのか?
「ルカ君、ごめんね。何かあったら僕もフォローするから、ここはセネルを信じてみよう?」
パーティーメンバー最後の一人、アコールが言った。
彼は途中からの合流組で僕よりはセネルとリーベとの付き合いは長いらしい……。
と言っても僕よりも二日前から、との事だが。
色々な得物を扱えるようで、今回は中距離で弓を使いながら近くに居る敵は短剣と格闘で対峙するらしい。
このパーティーの良心とも言える存在で、僕でも彼には頭が上がらない。
本来セネルよりも経験値が上なのが垣間見えるのだが、リーダーであるセネルを立てて振る舞っている。
良く出来た人だ。
「アコールがそう言うなら……」
「ああ!? なーんで俺の言うことは聞かねぇんだ!」
「セネル~ほら、ルカのことはいいから行きましょうよ~」
「ちっ……、行くぞおめーら!」
アコールが僕の方を見ながら目で「頑張ろう」と合図してくる。
本当、アコールがいなければさっさとパーティーは抜けてるのだが。
今回の依頼では、嫌な予感は当たらないで欲しいところだ。
◇
嫌な予感というのは、的中するためにあるらしい。
「どありゃあああああ! うぉっとっと……」
先日の雨で地面には、平常時よりも水が溜まっている。
いわんこっちゃない。
討伐対象は意外にも湿原に入ってすぐ見付かった。
餌を探していたのか、ウロウロと巡回しているようだ。
今回の討伐対象となったロックリザードは、本来この地域には存在しないはずだった。
元々住んでいる地域がどうやら砂地で乾燥している上乾季らしく、この時期だけ水場を求めてここまでやってきたようだ。
ロックリザードは名前の通り岩のような硬い皮膚に覆われており、武器の攻撃が通るお腹をどうにか晒させるか、魔法での攻撃が定石。
そういうわけで、普通であれば剣士のセネルは完全に囮に徹して敵意を集め、アコールがセネルのフォローをしつつ僕らに敵が突破しないよう、全方位に目を向け。
僕は固定砲台のように魔法を撃ち込む。
リーベは回復や魔法でのフォローに回る。
────というのが理想的な展開だった。
「何だこいつ、剣が通らねぇ! 弾かれるぞ!」
そらそうだろ、そういう魔物だ。
相変わらずだなと思いつつも、最前線で戦うセネルをリーベが援護し、僕が敵を屠る。
「蹴散らせ────、烈風!」
敢えてセネルが対峙している敵を狙わず、効率良く殲滅するため後ろに控える広範囲のロックリザードを、範囲の大きい風の魔法で一気に切り裂く。
僕の得意な風魔法は、外にいれば自然に在る風と相乗効果を発揮し、天候によって通常よりも効果が増して発動する。
案の定、一気に数が減らせ魔力の省エネになった。
どんどん魔法を撃てる。
「おい! ルカ、ばっかやろうが、俺の近くの敵を倒せ!!」
「はぁ?」
「ルカ! 早くセネルを助けてちょうだい!」
「ちょ、ちょっと二人共……数が多いんだから──」
もちろん後ろに控えるロックリザードの数を減らしたら、すぐセネルの援護をするつもりではあった。
僕の魔法がセネルに当たらないとも限らないし、威力の弱い魔法を狙い撃つなら数は粗方減らしておかねばならない。
冒険者としての心得があるアコールは困惑しながらも、僕とリーベの周りを駆け敵が通らないよう牽制しセネルに近付きそうなやつを相手にしている。
何でアコールがリーダーじゃないんだ。
「おい! ルカ、言う事が聞けねぇのか!?」
「ちっ……、分かった。リーベ、俺が攻撃の手を緩めることになる。自分の身も自分できちんと守れよ」
「えっ?」
こちらは四人。
対する相手はセネルが完全に敵意をとる二体。
アコールが一体牽制しながら相手する別の一体、その四体の向こうにはさっきまで六体。
僕の魔法で三体倒したから、現在三体がフリー。
「風の槍!」
セネルが刃を交えていない方の、すぐ脇にいるロックリザードを標的にする。
先程よりも消費する魔力が少ない代わり、範囲は狭く威力が弱い魔法。
一撃では倒せない。
「もう一発で仕留めれるか……」
敵意は自分へと向き始めたため、早急に仕留めなければならない。
すぐ様次を撃とうとし、狙いを定めていた。
しかし──、その時アコールが叫んだ。
「リーベ!」
「──きゃああああ!!」
案の定アコールの牽制がフリーの三体に通用するはずもなく、二体こちらに駆けてきたようだ。
僕より二体の近くに位置していたリーべに、そのまま襲いかかろうとする。
「リーベ! 逃げ──うわあ!」
今度は何だと目を向ければ、案の定ブーツの中に水が溜まって重りと化し、セネルが体勢を崩していた。
「どいつもこいつも…………」
準備は怠る、パーティーと依頼の事前打ち合わせもしない。
おまけに横柄。
せめて冒険者としての実力──知識があればと思えば、ロックリザードの特徴を観察しようともせず即攻撃を仕掛け。あげく陣形を乱すような指示を飛ばす。
うんざりだ。
「全員伏せてろ」
どちらかだけに攻撃を集中すれば、どちらかは確実に負傷する。
それがリーベだとしたら、回復が追いつかない。
こちらに二体駆けてくるなら好都合。
自分を範囲の中心として、全体に、円形に放たれる魔法を撃つまでだ。
「──自分で避けろよ! 嵐を呼ぶ大旋風!」
唱えたと同時に、空にすら届くような旋風が自分を中心として巻き上がった。
それが一気に加速し、すぐ様四方へ拡散した。
「きゃあ!」
「うおっ危ねぇ!」
驚異的な風は平面方向に直撃したロックリザード達を一気に駆け抜け、切り裂いた。
事前に伏せていた三人は、風圧は受けたものの薄い面のような形で拡散させた魔法そのものには当たらず、体には無傷だ。服は知らんが。
「…………ルカ君、すごい。爆発的な局地の風魔法を、更に内側から拡散させるように解き放つ……。それをある一定の面として留めて、放出する。魔力の使い方が器用なんだね……!」
アコールがよいしょっ、と体勢を整えながら褒めてくれた。
正直、嬉しい。
自分なりにアレンジした魔法を、きちんと理解してくれている。
そんなこんなで計九体のロックリザードは倒せた。
その内一体はわざと生き残らせて、仲間の元へ逃げ帰らないか観察していた。
が、特にそういう素振りも見せず襲いかかってこようとしていたため、体勢を立て直したアコールが一撃で仕留めた。
本当に、何でリーダーじゃないんだ。
「怪我はないか」
事前に指示したとはいえ、万が一傷付いていては寝覚めがわるい。
リーべもそこまで魔力は消費していないはずだし、すぐ治せるだろうが。
「…………だ」
「なんだ?」
セネルがわなわなと身を震わせながら言う。
何だっていうんだ。
「────何勝手なことしてんだ!!!!」
「……はぁ?」
「お洋服……、汚れちゃった……」
嘘泣きバレバレの様子でリーべも言う。
「あのなぁ、セネル………………さん、が攻撃対象を変えろっていうからその通りにして、リーベには自衛をしろって事前に言ってただろ。それで二人同時に敵が向かってたんだから、一気に倒すしか方法がないじゃないか。むしろ何がいけないんだ」
文句を付けたいのはこちらの方であるが、とりあえず言い分を聞こうじゃないか。
「お前のせいでリーベは危険な目に合うし、服は汚れ。俺の獲物は横取りする、……自分の都合の良いように魔法を使うな!」
呆れてものも言えん。
「アコールもだ! リーベに敵が通る前に、盾になるのがお前の役割だろ!」
「えぇ……? ルカ君が元々のやり方でやってくれていたら、良かったんじゃ──」
「俺のせいだって言いたいのか!?」
違うんか。
「はぁ……。危険な魔法を使ったのは悪かったが、魔力の操作には自信もあるし、あの状況なら最善だと思ったからやったまでだ。それに一番最初に言ったが、そのブーツのせいで足を取られてなければリーベを守ることにも集中出来た。セネル…………さんにも一因があるのでは?」
なるべく下からのつもりで言ったが、今のセネルには何を言っても無駄のようだ。
「うるせぇ!! お前はこのパーティーのリーダーか? 違うだろ、偉そうに言うんじゃねぇ!」
今リーダーが誰かとか関係ないだろ……。
アコールをちらりと横目で見れば、やれやれと言った様子で首を振っていた。
「もともと魔物は仕留めた者が戦利品として持ち帰るという話だったが、僕だって一人の力で倒した訳じゃない。全てを持ち帰るような真似だってしないさ」
魔物の遺骸を依頼斡旋所──ギルドへ持ち帰れば、依頼達成の証拠になるだけではなく、解体して素材や極まれに取り出される魔石を、戦利品として貰うことが出来る。
もしくはそのまま買い取ってもらい報酬の上乗せになる。
その権利をこのパーティーでは仕留めた者にすると出発前に聞いていた。
リーベに行き渡る事はないから、これまでの依頼では恐らくセネルが独占していたんだろう。
色々と自分としては気に食わない状況が続いたらしい。
「うるせぇ、これはリーダー命令だ。ルカ、お前をこのパーティーから追放する!!」
「えぇ!?」
「そうよ、こんな危険な魔術師と一緒に組めないわ!」
「はぁ……」
こちらとしては願ったりなのだが。
しかし、この時点での追放となると、報酬は見込めそうになかった。
そこだけが、誤算だ。
◇
「ルカ君、気を付けてね」
あの後、アコールの取り計らいで依頼達成の報告まではパーティーから除名されることはなかった。
達成した瞬間、「さっさと消えろ!」とご丁寧に言われたわけだが。
取り分は皆平等に分け合った。
「あぁ、アコールも。あのパーティーのことは思い出したくもないが、貴方と出逢えたことだけは良かった」
次に組むなら、アコールのような人が良い。
断じて剣士職で考えが甘いような奴とは組みたくない。
「そう言ってもらえると嬉しいなぁ。僕もルカ君ほどの魔術師とは、滅多に会えないから嬉しかった!」
だから何でリーダーがこの人じゃなかったんだ。
本当にセネルは見る目がない。
ロックリザードを仕留めた最後の一撃、あれはその辺の冒険者には成せない技だ。
短剣を、的確に狙いの位置へ、狙った角度で余分な力もなく、水平に薙ぎ払った。
長剣であれば、薙ぎ払う力が剣の重さと速度を介し大きな力が共に加わるだろうが。彼の得物は短剣だ。
純粋な己の力で、一撃で仕留めた。
彼は、相当な手練れだろう。
「また、会えるといいな」
「うん! その時は、また組もうね」
アコールは一度装備を整えるために、王都セント・メーレンスへ行くらしい。
色々な得物が扱える、彼らしい旅路だ。
僕は今のところ国内を左回りの道なりに旅をしているため、目的地が異なった。
「もし固定パーティーが見付かったら、その時は僕も混ぜて欲しいな!」
「固定ねぇ……」
今回のように依頼毎や街毎にパーティーを見付ける場合もあれば、相性の良い者同士で固定のパーティーを組むこともある。
その際は便宜上パーティーを特定しやすいように、パーティー名が付けられる。
「まぁ、少なくともしばらくはソロだな」
「あはは! まぁ、それもまた一興ってやつだよね。誰か、相性の良い人と出逢えると良いね」
相性の良い、か。
今回の一件で剣士職と組むのはなるべく避けたくなったからなぁ。
やはり僕の魔法と組むなら、守りに特化した前衛がいるパーティーだと安定するか。
「そろそろ次の街へ行くよ、アコール。色々と、世話になった」
「寂しいねぇ。また絶対会おう!」
「あぁ、必ず」
大きく手を振るアコールに背を向け、次の街へ歩き出す。
目指すはプラハトの街──。