第十話 幻惑の森 その二
目の前の道は、二つに分岐していた。
真ん中に立つ幹の太い木には、頑丈な何かで彫られた右矢印が描かれている。
「右が正規のルートかぁ。……ルカちゃん、どうする?」
「そうだな……」
こういった道案内があるのだ。
セネルとて冒険者。
ダンジョンの攻略が目的なら、奥へ奥へと進めるこの矢印を無視するとは限らない。
「奥に行って、帰ってくるだけなら大丈夫だよなぁ」
普通であればそうだ。
だが、今回はあのセネルだ。
「左に行くか」
とにかくセネルは、金目の物に目がなかった。
冒険者になったのも、こうしたダンジョンで財宝を見付けたり、富んだ者の護衛をし繋がりを得ることが目的のような節もある。
前々回、僕の魔法が効きづらい魔物の相手をした際も、依頼とは関係ないルートを外れた場所に行ったためであった。
セネル曰く、誰も開拓していない所に財宝あり! だそうだ。
「よしきた」
「良いのか?」
ヴァルハイトは特に僕の考えを疑いもせず了承する。
「ん? あのルカちゃんが考えもナシに言うとは思えないし、信じるよ~」
「そ、そうか」
まだ出会って二日目だというのに、随分と信頼を置かれているようだ。
自分の素性を明かせないのには、何か理由があるに違いない。
左の道は、まさしく獣道のようだった。
誰も進まないのだから仕方ないが、道を踏みしめた跡はあっても整備はされておらず、枝や草は伸び放題。
「ルカちゃん」
ヴァルハイトが真剣な面持ちで、地面を指差した。
「足跡か……」
争いの形跡はないが、人の足跡が三人分あった。
奥へと続いている。
「追われているのか?」
「人間の足跡とは別のものがあるな……。急いだ方がいい」
しばらく道なりに奥へ行くと、少し拓けた場所に出た。
「荒れてるな……」
恐らく細い道で戦うには不利と察知し、広い場所で魔物と交戦したようだ。
辺りは背の高い植物が刃物で切り裂かれたように折れていたり、リーべの土魔法で攻撃を防いだのだろうか。
隆起した土が見られた。
「道らしい道は、ここで終わりか」
どうやらこの場所が行き止まりだったらしい。
もし魔物と交戦したのであれば、この場所で勝利を収めなければ道はない。
「──ん? ルカちゃん、これ」
ヴァルハイトが発見したのは、木々が少しだけ同じ方向に倒れている場所だった。
それが先へ先へと続き、人が通れる程の簡易的な道を作り出している。
「リーべの緑の魔法か?」
土属性を持つものには、命を育む土に従い植物も力を貸す。
便宜上、緑の魔法とも呼ばれている。
「やっぱ知り合いなんだ」
「まぁな……。こっちに逃れたのか」
他に人が通れるような場所がない以上、緑の魔法の形跡があるところを辿る他ない。
「行くぞ」
「あいよ」
走るには少々キツい場所を急いで通り抜ける。
風の魔石が良く働いているので、疲れるには至っていないが体勢を崩しそうであった。
通り抜けた先には、小川が流れていた。
「あれは……!」
人がかろうじて渡れる小川の反対側に、洞窟のような窪みがあった。
それほど深くはなさそうであるが、その入り口には他者の侵入を拒む土壁が張ってある。
「さっきの場所にあったのと似てるね」
「リーべの魔法だ。あそこに避難しているのか?」
ギルドにダンジョン入場の申請をする際、帰還目安という項目がある。
それを超えると、ギルドから冒険者を募り捜索部隊を編制して救援に向かわせる。
今回セネルは、一日としていた。
大体は安全な場所で待機するのであるが、受付の女性曰く、この森には一夜を明かす場所もないとの事。
つまり、一日以上滞在すること自体が稀で、ギルドも困惑している様子だった。
確かにリーべの緑の魔法がなければ、こちら側に抜けることも出来なかったはず。
そうすれば安全な場所は道中たしかになかった。
「行ってみるか」
「おー」
たまたまリーべの事を知っていたから、辿り着けた。
これが他の冒険者であれば、見付けるのに時間が掛かったかもしれない。
パシャパシャとブーツの中程まで濡らす小川を渡り切る。
風の魔法のおかげか、水場を歩いてもすんなりと渡る事が出来た。
「この土壁どうする?」
「そうだな」
こうする、と言う前に土壁に手をかざした。
「突き抜けろ──、風の槍!」
いつもは遠くを狙い澄ませる魔法だが。
至近距離で撃てば狙いを定める手間が省け威力も増し、更に魔力を拡散させることで土壁くらいは貫通出来る。
「おーー、やっぱり器用だ」
「そうか?」
「うんうん、さすがルカちゃん♪」
外から見た時よりかは、幾分奥まっていた。
だが、少し歩けば灯りが見えた。
「────!? 誰だ!!」
久しぶりに聞いたその声は、相変わらず威圧的だ。
「久しぶりだなセネル…………さん」
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