そろそろ退場願おうか
鄴に帰る前に曹操が陳留に着いてから数日後。
各地から入ってくる情報を纏めた曹昂はある考えを思いついていた。
曹操はまだ発つ様子を見せないので、曹昂は丁度いいと思い話す事にした。
部屋に入るなり、曹昂は話し出した。
「宋建を討つべきだと?」
「はい」
曹操がそう述べるのを聞きながら、曹昂は脇に挟んでいた巻物を広げて卓に置いた。
巻物に描かれているのは、雍州と涼州の地図であった。
「孫権は死に体ですし、士燮は我らに従属しております。劉備は先の戦に敗退して、何処かに攻め込む余裕はないでしょう。ですので、これを機に雍州と涼州を完全に支配下に収めましょう」
「ふむ。つまりお前は宋建と韓遂を討てというのだな」
「その通りです」
曹昂は指で雍州をある土地を指し示した。
「今年に入り、雍州刺史の邯鄲商を討った張猛は武威郡に跋扈しておりましたが、朝廷の命を受けた韓遂が攻勢に耐え切れず敗れたそうです」
「ふむ。そうか。確かその場合は韓遂に別の土地を与えて、今治めている土地から追い出すであったな」
「はい。と同時に隴西郡の枹罕県にいる宋建に兵を出して討ちましょう。韓遂も勢力を失い、宋建も討たれれば涼州と雍州を完全に支配下に収めましょう」
「確かに、今であれば宋建を討つのはたやすいな。出すとしたら夏侯淵か」
「長安に居るのですから妥当だと思います」
「独立こそしたが、勢力拡大もしておらんからな。兵力も知れているだろう。夏侯淵に任せれば一月もしない内に討ち取れるあろう」
「だと思います。宋建を討った後の韓遂はどうします?」
「領地が変わったのだ、統治が行き届く様になるまで時間が掛るであろうし、反乱を起こせば討たれると分かっているだろう。大人しくしているのであれば、何もしなくて良いだろう。変につつけば。自分を殺すつもりだと思い込んで反乱でも起こすかも知れんからな」
「父上がそう決めたのであれば従います。ただ一つだけ聞かせて下さい」
「何だ?」
「韓遂に対して、何か思う事はありますか?」
曹昂がそう尋ねるのは、韓遂の父親は曹操と同年の孝廉で朝廷に上がった仲であった。
同期と言っても良いので、顔ぐらいは見知っているので情はあるのかと思い訊ねたのだ。
「無いな。あやつの父親とは別段仲は良くしておらん。既に死んでおるし、韓遂に対しても特に何とも思っておらん」
曹操が淡々と語った。
全く感情らしい感情も無い声で言うので、本当に何とも思っていないという事が良く分かった。
なので、此度の裁定に不満を持ち反乱を起こしたとしても、容赦なく討ち取るだけという思いが伝わった。
「分かりました。では、妙才様にはこの事を記した文を届けます」
「任せる。儂が鄴に帰る頃には、宋建の首が届くと見ても良いか?」
「流石にそれは気が早いと思います」
「そうだな。涼州と雍州の仕置きが終われば、次は劉備だな」
「何時攻めるかは父上が決めてください」
「無論だ。あやつにはさんざん面倒を掛けられたからな。確実に討たねばならん」
曹操は拳を強く握りながら述べた。
ようやく、長年の決着に終止符を打てると言っている様であった。




