賞味する事に
数刻後。
馮才に魚翅を使った料理が出された。
膳に置かれたのは、底が深い器であった。
器の中には、薄い茶色の液体が入っていた。
その液体の中を泳いでいるのは、細かくした魚翅であった。
「一番味が分かりやすい湯にしてみたが、どうだろうか」
「ほぅ、湯の中に金糸の様に輝いておりますな」
馮才はとりあえず柔らかくして、塩などで味付けて食べただけなので、湯に入れるなどしなかった。
「では、まずは一口」
馮才は匙で魚翅を掬ってみた。
良く煮込まれている為か、持ち上げてフルフルと揺れた。
「・・・・・・これはっ⁉」
揺れる魚翅を口の中に入れて咀嚼するなり、馮才は目を見開く程に驚いていた。
自分達が食べた時は味も無かったと言うのに、湯で煮込まれた事で味を吸っていた。
コリコリとした食感の中に、煮込んだ事で滑らかになりするりと喉に飲み込めれた。
「これは驚きましたな。わたし共が食べた時は味など全くなかったというのに、湯で煮込んだけで此処まで深みがある味になるとは」
「湯の味を吸わせる様に煮込んだから、深みがある味になったのさ。食べる事があれば、味を含ませてから食べればいい」
「成程。しかし、これは美味しいですな」
馮才は想像以上に美味しい味を楽しもうと、曹昂と話しながら匙を動かし続けた。
曹昂も匙で掬い、フカヒレのスープを啜る。
「・・・うん。魚翅に味を染み込ませる為に、湯の味を少し濃い目にしたから、丁度いい味になっているな」
湯の味を吸ったフカヒレはしょっぱくもなく丁度いい味であった。
その味と共にとろける食感を楽しむ事が出来た。
これは絶品だなと味わっていると、共に食べていた孫礼が無言であった。
いつもなら咀嚼しながら、味の批評をしているのに珍しいなと思いながら曹昂は見ていた。
やがて、孫礼が食べ終わると匙を置くなり、息を吐くと目から涙が零れだした。
突然泣き出すのを見て、曹昂達はぎょっとしていた。
「・・・・・・ふぅ、この魚翅湯というのは初めて食べましたが。言葉にするのに大変な程の美味ですな。湯の味を吸った事で、柔らかくなった魚翅は滑らかな口当たりでありながら、コリコリとした食感を出していました。味の方は、天に登りそうな程に深い味を出しております。それでいて複雑な味をしております。これ程の美味に出会える事が出来た幸運に感動して、目から涙が出てまいりました」
涙を流しながら一気に言う孫礼に、曹昂達は凄い美味しかったという事が良く分かった。
「・・・父上が陳留に寄った時、この魚翅を使った料理を出すか」
如何に魚好きの曹操であろうと食べた事がないだろうと思い、曹昂はそう決めた。
フカヒレが食べられたのは、明の時代からと言われているが唐や宋の時代にも食べられていたという話がある。
どちらにしても、数百年先の話なので、曹操は食べる機会は無いと言えた。
なので、喜ぶと思われた。
「良し。これで出す料理が決まったから、いつ来ても問題ないな」
曹昂は料理の食材が決まった事に安堵していた。




