ああ、忘れてた
許昌を発った曹昂軍は何処にも寄る事無く北上した。
数日掛ったが、無事に陳留に辿り着いた。
城内に入ると、軍の事は部下に任せて、曹昂はそのまま自分の屋敷へと向かった。
屋敷に着くと、使用人達に出迎えられた後、妻妾達と会い久しぶりに会える事について喜んでいた。
数日後。
政務を終えた曹昂が屋敷に帰り寛いでいた。
今日はする事がないので、妻と子供達の相手でもしようかと考えていると、使用人が入って来た。
「申し上げます。馮才という者がご主人様にお会いしたいと参っております」
「むぅ? 何かあったかな?」
曹昂が子供の頃から付き合いがあり、今日まで秘匿している技術の開発を手伝ってくれている者が来たと聞いて、何事かと首を傾げた。
何かあるのだろうと思い、部屋に通す様に命じた。
少しすると、使用人と共に馮才が部屋に来た。
馮才の手にそれなりに大きい箱を持っていた。
案内した使用人が一礼し、部屋を出て行くと馮才が口を開いた。
「曹兗州牧。赤壁の戦の結果は聞きました。ご戦勝お喜び申し上げます」
「ええ、無事に勝利できてうれしく思います」
曹昂が笑顔で答えると、馮才は手に持っている箱を床に置いた。
「勝利のお祝いの品としては少々侘しいと思いますが、前々から頼まれた事がようやく出来ましたのでお届けに参りました」
「頼まれた事?」
曹昂は馮才に何を頼んだかなと思いつつ、箱を見た。
箱に視線が行くのを見た馮才は箱の蓋を開けた。
すると、箱の中に入っていたのは乾いて固くなった三日月状の形をしていた。
色合いも金色であった。
「おお、これは」
「前々から頼まれていた鲨鱼の鰭を乾燥させた魚翅をお運びいたしました」
鲨鱼とは鮫の事で、魚翅とは鮫の鰭を乾燥させた物だ。
馮才がそう言うのを聞いて、曹昂は内心で頼んでいたかな?と思っていた。
(ああ、でも何かの折で馮才にフカヒレを作って欲しいと頼んだような気がする)
もう何年も前の事なので、曹昂はすっかり忘れていた。
「いやぁ、今日までお届けするのに時間を取らせた事をお許しを。何せ、天日乾燥させた後の処理が大変でしたので」
曹昂は鮫の鰭を乾燥させた後、お湯につけて柔らかくして皮を剥いで骨を取るぐらいしか分からなかったが、それでも臭みが残っていたり柔らかくならないので、其処から馮才達が試行錯誤を繰り返した。
「何度か茹でる事で臭みを取る事が出来ました。その後、柔らかくなるようした事で食べれる事になりましたが、少しだけ頂いたのですが、正直な話、何の味も香りもしませんでした」
馮才達はプリプリしてコリコリした部分もある食感であったが、淡白な味で香りも無かったので、これが曹昂が欲しいと言っていた物なのかと首を傾げていた。
「まぁ、これはこのまま食べるとそうなるよね。これは手を加える事で美味しくなるんだ」
「左様ですか」
馮才は不思議そうな顔をしていた。
「いや、届けてくれて感謝する。お礼にこの魚翅を使った料理を食べさせてあげよう」
「ありがとうございます」
馮才はどんな料理が出てくるのか楽しみにしていた。




