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戦利品の使い道

 戌三つ時(約午後8時半頃)。滎陽城。

 曹操から滎陽城を任された曹昂は落ち着かない気持ちで城壁の上に居た。

「異常ないか?」

「はっ。ありません。董白様」

 隣にいる董白は泰然としながら兵達に声を掛けている。

 二人を見ていると、これではどちらが城を預かったのか分からなかった。

 ソワソワしている曹昂の背中を董白はバシンっと叩いた。

「ちったぁ、落ち着けよ。お前、昔黄巾の奴等を籠城して撃退したんだろう。それに比べたら義父上が帰って来るまで城を守るくらい訳ないだろう」

「あの時は元譲達が居たけど、今は董白しかいないじゃん。だから、心配なんだけど」

「んだよ。それは何か、あたしの腕が信用できないって事か?」

 自尊心をいたく刺激する言葉に董白もムッとした声で曹昂に訊ねる。

「そうじゃないよ。ただ、董白一人だと負担が大きいから心配だって思っただけだよ」

 曹昂は董白の事が心配だと言うと、董白は鼻で笑った。

「はっ、今のところ、誰も攻めてこない城に負担も何もあったものじゃねえよ」

 そう言って董白は顔を背ける。

 気を悪くしたかなと思われたが。

「……ま、まぁ、心配してくれるのは悪くねえな。うん。その、気を遣ってくれて…………ありがとう」

 ボソボソと何を言ってるのか聞こえないが、耳が赤いので普段では言い辛い事を言っているのだろうと察した曹昂は何も言わないで温かい視線を送る。

「……何だよ?」

「別に何でもないよ」

 曹昂の生暖かい視線を感じたのか董白は訊ねたが、曹昂は内心で可愛いと思いつつも本心とは別の言葉を言う。

 董白は不満そうに目を細めるが、曹昂は知らないフリをした。

 そんな二人のやり取りを見て、兵士達は呆れつつも微笑ましいと思った。

 戦場になるかも知れない城で夫婦のやり取りを見ていると、良い意味で気が抜けたのだ。

 二人にバレない様に笑っていた兵士が前方から松明の灯りが見えた。

「前方より、複数の灯り‼」

 兵士の言葉に皆気を引き締めて警戒した。

「弓兵は矢を放つ準備をしろっ。敵かどうか分からないからな。一応、石とか落とせる物も準備しておけよ‼」

 董白の指示に兵達は文句なく従う。

 城壁の兵士達は矢を番える。

 その間にも松明の灯りは徐々に近付いてきた。

 その灯りの数だけで一万以上はあった。

 城を守っている兵士達は弓弦を引き絞り何時でも放てるようにしていた。

 後は攻撃の命令を何時出すかだけであった。

 夜も目が訊く董白が目を凝らして近付いて来る者達が誰なのか見る。

「……何だ。義父上の軍じゃねえか。攻撃中止。攻撃中止だっ」

 董白が曹の字が書かれた旗を掲げた軍団がこちらに向かって来るのを見て兵達に攻撃の中止を命じた。

 兵士達も弓弦を引き絞る手を止めて安堵の息を漏らした。

「本当に父上の軍なの?」

 それでも曹昂は心配になって訊ねた。

「間違いない。夏候惇。夏侯淵。曹洪。曹仁。史渙。楽進っていう部将達も居るぞ。あれ? 義父上は手で肩を抑えているけど大丈夫かな?」

 夜の帳の中でも董白の目はまるで梟の様にバッチリ見えている様だ。

「父上が肩を抑えている? もしかして怪我をされたのかな?」

「此処からじゃあ、分からねえな」

 梟の様な目を持っている董白でも流石にそこまでは分からない様であった。

「とりあえず、城内に通すか」

「そうだな」

 追撃して戦果はどうなったのか聞きたかったので、そこら辺は城の中に入ったら聞く事にした。


 城に帰還した曹操軍を城を守っていた兵の歓声と共に出迎える曹昂達。

 そして、戦果を訊ねると。

「結局、徐栄を討ち取り多数の財宝と兵糧物資に洛陽から落ちて来た民達と女官達数千人を手に入れたと?」

「うむ。それで我が軍の被害は死傷者合わせて六千なのだが、猛卓と允誠殿から借りた将の衛茲は重傷。鮑忠は華雄に討たれて戦死させてしまった。私も右肩に矢を貰った」

「傷は大丈夫なのですか?」

「そこら辺は問題ない。それよりも問題がある」

「鮑忠さんの事ですね? 借りた将が戦死ですからこれは兵を借りた手前、困った事になりますね」

「そこら辺は手に入れた財宝からいくらか渡せば良い。それよりも大きな問題がある」

「と言うと?」

「手に入れた馬車の中には女官も居たのだが、その中には唐姫と万年公主が居たのだ」

「ああ、少帝弁の妻と霊帝陛下の皇女ですか。……それは扱いに困りますね」

 名前を聞いて少し考えて思ったよりも大人物であったので、曹昂は唸りだした。

 二人共、漢室の一員だ。

 だからと言ってこのまま連合軍の下に連れて行っても恩賞になるかと言うとそうではなかった。

 何せ、恩賞を出す朝廷は董卓と共に長安に移ったのだ。

 董卓から連れ出して恩賞など出すなど有り得ない。むしろ、返還しろと言って来るだろう。

 かと言って連合軍が居る洛陽に連れて行っても権力闘争に巻き込まれるのは目に見えて分かっていた。

 董卓の慰み者にされていた者達をそんな権力闘争に巻き込むのは、流石の曹操も気が引けていた。

「息子よ。何か良い案は無いか?」

「……暫し、お待ちを」

 曹昂は少し考えこんだ。

 傍に居る董白は自分の祖父がした事なので流石に何も言えず黙っていた。

 だが、曹昂を見る目には何か良い考えがあるだろうという思いが込められていた。

「…………そうだっ」

 曹昂は目を瞑り考えていたが、何かを思いついたのか目を開けて声を上げた。

「何か思いついたのか?」

「はいっ。その前に父上。手に入れた財宝はどうするのですか?」

「財宝か? それなら猛卓と允誠殿に死んだ者達に払う弔慰金でそれなりに渡すぞ。残りは業腹だが本初達に分けないとな」

 幾ら追撃で自分達が頑張って財宝を手に入れたからと言って、それを全て自分の物にすれば恨まれる可能性があった。

 なので、此処は公平に分配する必要があった。

「僕達の手元には残りませんが。本初様方に渡らない方法がありますよ」

「ほぅっ、そんな方法があるのか⁉」

「ついでに唐姫と万年公主の方も何とか出来ます」

「本当か⁉」

「ええ、出来ます」

「良し。ならば、それで行くぞ」

「その前に御二人に話をしたいのですが。宜しいですか?」

「まぁ、別に良いが。間違っても口説くなよ」

「しませんっ」

 曹操が揶揄うので曹昂は語気を荒げる。それを聞いた董白は曹昂を訝し気に見ていた。


 そして、曹昂は一人で唐姫と万年公主の下に訪れた。

 董白は「二人に会わせる顔が無い」と言って何処かに行った。

 なので、曹昂は一人で会う事にした。

「唐姫は初めてですが。万年公主様には一度だけお目に掛かった事がありましたね」

 曹昂は一礼する。

「……貴方は曹昂だったわね。董卓が怒った時に庇ってくれた子ね」

「覚えていて下さいましたか。光栄です」

 曹昂は一度しか会ってないのに覚えていてくれて嬉しいと思った。

「それで、貴方が来たという事は、私達の処分がどうなるのか決まったの?」

 万年公主がジッと曹昂を見る。

 その目には嘘は許さないと言っている様であった。

「ええ、ある程度は」

「そう。では、私達はどうなるのかしら?」

「実はそれについて御二方に選んでもらいたいのです」

「私達に?」

「何を選ぶと言うの?」

 唐姫と万年公主は意味が分からず首を傾げた。

 それを曹昂が説明した。


 数日後。


 曹操軍は洛陽へと帰還した。

 財宝やら兵糧を大量に確保して戻って来たので凱旋と言っても良いだろう。

 連合軍の兵達は歓声で出迎えた。

 その歓声を受けながら曹操は連合軍の盟主の袁紹の下に行く。

 袁紹の陣地に入っても歓声は止まなかった。

 曹操が部下の将兵と共に袁紹が居る所に着くと連合軍の諸侯達も揃っていた。

 皆、喜んでいる顔をしている者も居れば苦々しい顔をする者と二通りに分かれていた。

 中でも袁紹は一番苦い顔をしていた。

 自分の決断で追撃をしなかったが、それに反対した曹操が戦果を手に入れて来たので良い顔をする訳が無い。

「……よくぞ、戦果を手に入れて戻って来たな。孟徳」

 本当は曹操が失敗した事をあげつらって宴の肴にするつもりだったのだが、そうならなかったので内心で悔しい気持ちで一杯であった。

 だが、それを表には出さないで曹操の成果を称賛した。

「はっ。董卓の首を獲る事も献帝陛下をお救いする事も出来ませんでした。僅かばかりの戦利品と共に戻って参りました」

 曹操は袁紹に一礼して董卓の首を獲る事も献帝を救う事が出来なかった事も報告する。

 それを訊いた袁紹は僅かばかりだが心が慰められた。

「いや、孟徳が手に入れた戦利品だけでも董卓を悔しがらせる事が出来ただろう。そうであろう。皆の者」

「ええ、本初殿の言う通りです」

「今頃、長安で財宝を奪われた事を悔しがっているでしょうな」

「全くです。はははは」

 袁紹達は気持ち良さそうに笑い出した。

 一頻り笑うと袁紹は曹操を見る。

「さて、孟徳。我等は逆賊董卓を討ち取る為に集まった連合軍である。つまりは此度の戦で手に入れた物は全て連合軍の物になる。でなければ、連合軍の大義を示せんからな。一人だけ財宝を独占する様な事をすれば大義で集まった我ら連合軍の結束にヒビが入る事になろう」

 袁紹は直接的には言わないが言っている意味を要約すると『手に入れた財宝を独り占めしないで、皆に分けろ』と言っていた。

 曹操からしたら此度の追撃に参加していない者達に自分達が命がけで手に入れた財宝を分けるなどしたくなかった。

 しかし、そんな事をしたら袁紹が言う通り連合に参加した諸侯達から無用な妬みと恨みを買う事になる。

 本来であれば財宝を渡すのが良いのだろうが、曹操は別の手段を行った。

「兵糧を分けるのは問題無いが、財宝については別に使い道があるので分ける事は出来ない」

 曹操が財宝を渡せないと言うので、諸侯達はざわつきだす。

「何故だ?」

 袁紹達からしたら兵糧も欲しいが、どちらかと言えば財宝の方が欲しかった。

 今後の為には少しでも財があった方が良いからだ。

 袁紹は財宝を渡さないと言うので、少し語気を強めて曹操に訊ねた。

「何故ならば、その使い道は定まっているからだ。今回の追撃に参加して死んだ我が軍と猛卓、允誠殿の軍の者達の弔慰金。そして、この洛陽の復興に財宝を使うからだ」

 曹操が手に入れた財宝の使い道を教えられて袁紹達は何も言えなかった。

 弔慰金と洛陽の復興に使うと言われては、道理として反対する理由が無かったからだ。

 死んだ者達の遺族に弔慰金を払えば、今回の戦が大義の戦だという事を天下に知らしめる事が出来る。

 そして、洛陽の復興。

 今上陛下であられる献帝は董卓と共に長安に連れて行かれた。

 それで今は長安が都という事になっているが、それまでは洛陽が都であった。

 洛陽は歴史ある都だ。それを董卓は焼き払ったので復興するのは当然の事と言えた。

 それを董卓から奪った財宝で行ったとなれば、これこそ愉快な話はないと言えた。

「ぬぅ、確かにその通りだが」

 袁紹は手に入れた財宝を復興に当てるのは惜しいと思った。

 洛陽の復興など近くに居る豪族達にさせれば良いだろうと思ったが。

「うむ。確かに孟徳の言う通りだな」

「歴史ある都である洛陽を復興をしないのは漢の臣下としてあるまじき行為だ」

「私達も賛成だ」

 袁術が最初に賛同すると、その後に諸侯達が賛同の意を示した。

 袁術が曹操の提案に賛同したのは、もし財宝を手に入れたら袁紹が盟主という立場を利用して財宝を多く手に入れるかも知れないと邪推したからだ。

 他の諸侯達が賛同したので、袁紹も反論できなかった。

「……仕方がない。では、手に入れた財宝を洛陽の復興に当てるとしようではないか」

 袁紹は本心を隠し洛陽の復興に財宝を当てる事を承認した。

「それともう一つ報告が。手に入れた馬車の中には女官達が居たのだが、その中には唐姫と万年公主が居たのだ」

「なにっ。それは本当か⁉」

 その報告を聞くなり、先程までの鬱屈した気分が晴れた気になった袁紹。

 唐姫は漢室の一員ではあるが、正式に皇后になった訳ではない。

 だから、政略の価値は無かった。

 だが、万年公主の方は違った。

 漢室の一員で霊帝陛下の唯一の皇女で現皇帝の献帝陛下の姉であり正式に称号を貰っている女性だ。

 名声という点で言えば、こちらの方が価値があった。

 もし、一族に迎える事が出来れば皇帝の外戚になる事が出来る。

 幸い董卓が万年公主を側女にする時に公主の婚約者から奪った上に、後腐れ無い様にその婚約者を殺した。

 なので、公主は独り身だ。誰が娶っても問題無いと言えた。

 今だ漢帝国は健在である以上、外戚になるというのは十分に魅力があった。

 話を聞いた諸侯達は誰が『公主の御身を安全な所に送る』という名目で自分達が支配している領地に連れて行くと言うのか警戒した。

「いや、それが」

「どうかしたのか?」

「御二人は『もう世間に関わりたくない』と言い出して出家すると言い出したのだ」

 曹操の口から出た出家という言葉の意味が分からず袁紹達は首をひねった。

「孟徳。その出家?とはどういう意味だ?」

「うむ。本人達から聞いた話なのだが、この洛陽には浮屠教という宗教があって、其処では俗世を離れて寺に入り一生を過ごす事を出家というそうだ」

「つまり、御二人は寺に入って一生を過ごすという事か?」

「うむ。一度寺に入ったら婚姻もしないし、実家とのやり取りも絶たれるそうだ」

 それを訊いた袁紹達は出家とはどういう事なのか分かった。

 要は俗世と交わらないという事だ。

「皇女様にその様な事をさせられる訳が無かろうっ」

「そうだ。幾らなんでもそれは無理というものだ!」

 諸侯達はそんな事をさせないと言うと。

「それが御二人共。『聞き届けられないのならば、穢された身である自分達は自害する』と言ってこちらの話を頑として聞いてくれないのだ」

 自害すると言われて袁紹達は唸りだした。

「……孟徳。その出家というのは一度すると二度と俗世に出る事は出来ないのか?」

「いや、そんな事は無い。還俗と言って一度出家した者が俗世に還る事もあるそうだ」

 それを訊いた袁紹達は顔色を変えた。

 今は董卓の慰み者になった事で心に傷を負っているのだ。

 そんな者に無理に婚姻を結ばせようとしたら自害するかも知れなかった。

 ならば、一度寺で過ごしてもらいほとぼりが冷めたのを見て、その還俗をさせて自分の親戚と婚姻させれば良いと考えたのだ。

 それに正直に言えば婚姻を結ばせたいのは唐姫ではなく万年公主の方であった。

 万年公主は今年で二十一歳。

 この時代の結婚適齢期で言えば年増に入るが、年齢的に言えばまだまだ若い方だ。

 無理に婚姻を勧めるよりも時間を置いて気持ちが落ち着いてからでも良いと計算したようだ。

「うむ。公主様方の心情を察してあまりあらん」

「此処は時間を置いて心を休ませる方が良いであろう」

 還俗させる事が出来るというのを聞いて袁紹達はそう急がなくても良いだろうと判断した。

「では、御二人を出家させるという事でよろしいか?」

 曹操がそう訊ねると、袁紹達は異論無く受け入れられた。


 洛陽の白馬寺。


 此処は洛陽における浮屠教の拠点でもあった。

 洛陽市内の至る所は燃えはしたが、寺は何とか火災から免れた。

 と言っても建物の一部は燃えたりしていた。

「何から何までありがとうございます」

「助かりました。ありがとう」

 万年公主と唐姫は寺の正門の前で見送りに来た曹昂に挨拶をした。

「いえ、別に大した事はしていません」

 曹昂が二人に出した選択は「故郷に帰るか。寺に入って出家するか。もしくは、誰かの妻になるか」という事であった。

 唐姫は故郷があるので、故郷に帰ると言うと思ったが、二人共出家とは何なのか訊ねた。

 曹昂が出家とは何なのか教えると、二人は出家する事を選んだ。

「そうでもないでしょう。貴方のお蔭で私達は誰にも嫁がなくても良くなったわ。感謝するわ」

「私も夫との遺言を守る事が出来ます」

 そう言った唐姫は遠い目をした。

 何と約束したのか知らないが、少帝弁との間は悪くはなかったんだなと思う曹昂。

「僕も漢室の臣下ですから。これぐらいは」

 三人が話していると、寺の門が開いた。

 其処からこの寺の住職と思われる人と尼が二人程出て来た。

「準備は出来ました。どうぞ。お入り下さい」

「「はい」」

 住職が寺に入るように言うと万年公主達は返事をして門の中に入って行った。

 二人は一度も振り返る事なく寺に入った。

 曹昂は寺の門が閉まるまでその場に留まった。


 万年公主達が寺に入った事を確認した曹昂は洛陽にある曹操軍の陣地に戻った。出迎えた董白と一緒に曹操に報告に向かった。

「そうか。御二人は寺に入ったか」

「これで暫くは二人は寺で安全に過ごす事が出来ます」

「そうなるな。まぁ、唐姫に関してはこのまま出家したままであろうが、万年公主の方は時期を見て還俗されるだろうな」

「将来的にはそうなるでしょうね。先の事なので、どうなるかは僕も分かりませんが」

「まぁ、今はこれが妥当だろう。私としても本初達に財宝を渡す理由が無くなって十分だがな」

 曹操は命懸けで手に入れた財宝を手伝っていない本初達に渡さないで洛陽の復興に役立てるのだ。名声を得るという意味では十分であろう。

「しかし、息子よ。私は腑に落ちない事がある」

「何でしょうか?」

「どうして、諸侯達の前で公主達が出家する事を言う必要があったのだ? 別に言わなくても良いと思ったが」

「ああ、それはあたしも思った」

 董白も疑問に思ったのか訊ねた。

「女官達の中に万年公主達が居たが私達は知らなかった事にして、その女官達は董卓に穢された事で世を儚んで、寺に入り出家したという事にすれば。あの二人も静かに寺で暮らせたかもしれんぞ」

「父上。口に戸は立てられないと言うでしょう。秘密はいずれバレますよ。その時、諸侯達が抗議して来ても知らなかったと言われても、皆何かあると疑いますよ。それだったら、最初から諸侯達にこの寺で出家した事を教えた方が皆、特に思う事はないですよ。それに」

「それに?」

「漢室の皇女が出家する程に信仰している宗教という事で浮屠の名が我が国に広がります。それで、浮屠教の信者が増えますよ」

「……お前、皇女様を利用したな?」

 曹昂が言う通り、漢帝国の皇女が出家したという話は直ぐに広まるだろう。

 それにより浮屠教の信者が増えるのも予想できた。

「その増えた信者を『三毒』に組み込んで部隊の増強を図るか。……時々、お前の方が奸雄という呼び名が相応しいのではと思うぞ」

「父上。それは考え過ぎです。まぁ、僕としても其処まで上手くいくとは思いませんけどね」

 曹昂は曹操の推察を否定しなかった。それはつまり、其処までいく事も想定したという事だ。

 曹昂の腹黒さに董白は呆れた様に息を吐いた。

「お前、本当に悪知恵が働くよな」

「其処はほら。父上の息子だから。まぁ、それよりも董白」

「何だよ?」

「こんな僕は嫌いかな?」

「何だよ。突然? 別にそういう事は言ってないだろう」

「じゃあ、好き?」

「おまっ、…………別に嫌いじゃない」

 董白は顔を背けながら言う。

「じゃあ、好きと言う事か」

「いや、だからっ」

「じゃあ嫌い?」

「別に、そういう訳じゃあ」

 好きと言うのが恥ずかしくて言えない董白はもじもじしていた。

 そんな董白を見て曹昂は密かに笑っていた。

「お前達、私の前でじゃれ合うとは良い度胸だな?」

 曹操は仕事をしたいのに、こんな茶番を見せられたので少し怒っていた。

 曹操の様子からこれは怒っていると察した曹昂は一礼して「では、報告を終えましたので失礼します」と言ってさっさと天幕から出て行った。

 董白は曹昂のあまりの早い動きに付いて行けず、ポカンとしたが。直ぐに気を取り直して曹昂の後を追いかけた。

 二人が天幕から出て行くのを見送った曹操は息を吐いた。

「顔は死んだあいつ似だが、性格は私似だな」

 ポツリとこぼして今は亡き劉夫人の事を思い出し、あいつが生きていたら今の曹昂を見てどう思うだろうなと思った。

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