今しかないとは言え
揚州丹陽郡宛陵県。
県内にある大広間にて、劉備は馬順と徐福の話を聞いていた。
「殿、今が好機にございます」
「曹操は許昌に撤退し、孫権は多くの戦力を失いました。今こそ領地を広げる時にございます」
二人は今こそ攻める好機だと進言した。
それを聞いて、劉備も確かにと頷いた。
「確かにその通りだ。曹操も許昌に撤退したのだ。その内、鄴に戻るであろう。であれば、今こそ孫権の領地を攻める好機だな」
劉備もそう言うのを述べた後、徐福を見た。
「攻めるのは良い。だが、何処を攻めるべきなのだ? 攻める所は決めるべきだ」
劉備の問いに、徐福は馬順を見た。
すると、馬順は手に持つ巻物を広げた。
巻物には、揚州の地図が描かれていた。
「我らが居るのは、此処丹陽郡です。九江郡と呉郡は曹操の支配下に入っております。残るは廬江郡、会稽郡、豫章郡の三つです」
「二人で話し合ったのですが。三つ策が浮かびましたが、どれを選ぶのか殿に選んで頂きたいと思います」
「三つの策か。聞こうか」
劉備はどのような策なのか考えながら訊ねた。
「一番の上策は孫権が居る柴桑に攻め込む事です。柴桑を落とし孫権を下せば揚州の統治は容易になります。二つ目の中策は廬江郡に攻め込む事です。孫権は戦力を失いましたので、領地を切り取り放題です。三つ目の下策は会稽郡に攻め込む事です。現地の山越と協力し会稽郡を攻めれば容易に支配できますが、僻地ですので支配下に入っても旨味が全くありません」
劉備の問いに徐福が指折りながら教えた。
策を教えられた劉備は考えた。
今後の事もあるので、熟慮していた。
徐福達も思考の邪魔をしてはならないと思い、黙って劉備が口を開くの待った。
やがて、劉備が口を開いた。
「敵の本拠地である柴桑を攻めるのは賭けの様なものだ。その様なものに命を掛ける事は出来ん。会稽郡を攻める時は、山越と協力できるが僻地を手に入れた所で、孫権や曹操と対抗できるとは思えん。此処は廬江郡に攻め込み領地を切り取るべきだ」
劉備の決断を聞いて、徐福達は頭を下げた。
「殿の決断に従います」
「念の為、山越を動かしましょう。そうすれば、孫権も容易に兵を送る事は出来ぬでしょう」
「うむ。頼んだぞ」
劉備は直ぐに他の家臣達を呼び、廬江郡に攻め込む事を宣言した。
それを聞いて、張飛を含めた家臣達は歓声をあげ、準備に取り掛かった。
数日後。
劉備軍が廬江郡に侵攻を始めた。
劉備が廬江郡に侵攻をしたという報は直ぐに曹昂の元に届けられた。
その報告を聞いた曹昂は曹操の元に赴き報告した。
「ふっ、いずれ動くと思っていたが動いたか」
曹操は不敵な笑みを浮かべていた。
座っている席の前に置かれている膳には、舒芙蕾が入った器があった。
丁度舒芙蕾を食べている所だったようだ。
「ぬぅ、この舒芙蕾という料理は凄いな。材料は卵だけなのだろう。だというのに、ふわふわとした食感の中に、甘味を感じる事が出来るな。まるで雲か霞を食べている気分だ。これはぷりんにも負けないな。もし、どちらかしか食べられないと言われれば、究極に悩むであろうな」
恍惚な表情を浮かべながら、曹操は舒芙蕾の味を批評していた。
曹昂に命じ舒芙蕾を作らせて食べると、その味と食感に気に入った様でよく食べる様になった。
「気に入った様で良かったです。それよりも、劉備にはどう対処させます?」
曹昂の問いに、曹操はすんなり答えた。
「放っておけ。孫権も兵を差し向けるだろう。二人が争えば、儂らとしては困る事はないのだからな」
「しいて言えば、二喬を送るのが遅れるぐらいですかね」
「ふんっ、許昌に来る事は決まっているのだ。遅れようと構わん」
曹操は不満そうな顔をしながら述べた。
自分の妾に出来ないので、もうどうでも良いと思ったようだ。
「はぁ、そうですか。分かりました。九江郡の劉馥叔父上にはそう伝えます。呉郡の方はどうしますか?」
「確か、今の呉郡は孫暠という者が支配していたな。別に報告せんでもいいだろう。所詮、状況に応じて寝返った小物であろう。勝手に攻め込むという事は出来んだろう」
大した事は出来ぬだろうと思ったのか、曹操は孫暠には別に何も伝えない事にした。
「分かりました。孫暠が丹陽郡に攻め込めばいいですね」
そう言いつつも曹昂も孫暠は何もしないだろうなと思った。
「しかし、劉備も中途半端な事をする。廬江郡に攻め込むとはな、領地を切り取り勢力を拡大させつつ、儂と孫権に対抗するつもりなのだろうな。勢力を拡大し体制を整えるのに時間が掛るであろうに。其処まで分かっていないのだろうな」
「わたしにはそこまでは分かりませんが、父上がそう言うのであればそうなのでしょうね」
曹昂は首を振りつつ述べた後、ふと思った。
「もし、父上が劉備と同じ立場であれば、どうします?」
曹昂の問いに、曹操は即答した。
「そんなもの決まっておる。全軍で孫権が居る柴桑に攻め込み、孫権を討ち取るのだ。そうすれば、孫権が支配下にある領地は混乱するであろう。その隙に領地に攻め込み体制を整える。これが一番の上策よ」
「成程。流石は父上です」
一見賭けの様だが、廬江郡に攻め込み領地を拡大させて体制を整えるよりも良いかもしれないなと思い曹昂は感心するのであった。
「まぁ、其処があやつの限界なのだろうな。・・・・・・むっ、お代わりだ。直ぐに作ってこいっ」
話しながら食べていた舒芙蕾が無くなると、曹操は近くに居た使用人に大声で命じるのであった。
命じられた使用人は一礼し厨房に向った。
「では、わたしはこれで」
「うむ。儂はもう暫く許昌にいるが、お前はどうするのだ?」
「後数日ほどすれば陳留に帰ります」
「そうか。鄴に帰る際、陳留に寄るぞ。孫の顔を見たいからな」
「承知しました」
これは、暗に歓迎の宴を開けと言っているのだと分かった曹昂は深く頭を下げるのであった。




