閑話 節義には叛けない
赤壁にて周瑜率いる水軍が曹操軍と争い敗れるという報は、劉備に耳にも入った。
その報を聞いた劉備は手を組まなくて良かったが、状況で言えば自分の状況が良くないと思った。
(兵を退いた以上、曹操は直ぐに丹陽郡に攻め込んでくるという事はないだろう。だが、負けた孫権が自分の勢力の立て直しの為に、攻め込んで来るという事は考えられるな)
曹操と孫権と争う事になるなと分かったが、今さら孫権か曹操に降伏したとしても、助かるとは思えなかった。
馬順や徐福に相談する前に、どの様な方針を取るべきか。
劉備は暫し一人で熟考していた。
同じ頃。
劉備が聞いた報を徐福は自分が使っている部屋で聞いていた。
「ぬぅ、周瑜が敗れたか。水上戦では敵無しと言われた水軍ですら、曹操には勝てぬか」
これで天下の情勢が一気に曹操に傾いたと分かった徐福はどうやって挽回するべきか考えていた。
思考を巡らせている所に、兵が部屋に入って来た。
「申し上げます。徐福殿にお会いしたい者が参っております」
「名は何と申していた?」
「崔州平と名乗りました」
「なに? 崔州平だと。それはわたしの友人だ。通すがいい」
兵の報告を聞いて、徐福は驚きつつその者を部屋に通す様に命じた。
兵が一礼し暫くすると、兵が男性を連れて来た。
男性の年齢は二十代後半であった。
口元にドジョウ髭を生やし、顎にあまり整えていない髭を生やしていた。
着ている服も裾などが切れて汚れていた。
陰影が乏しい顔立ちで、その大きな目には厭世を宿していた。
「友よ。久しいな」
「お主も元気そうで何よりだ。徐福」
二人が挨拶を終えると、兵は一礼し部屋を出て行った。
徐福は崔州平を部屋に入れると、直ぐに茶の用意をした。
そして、用意した茶を啜り喉を潤すと、徐福が口を開いた。
「友よ。お主は隠者のようなものだから、何処に居てもおかしくはない。だが、お主は今荊州に居るのではなかったか?」
「荊州は良い所であったが、今は騒がしいのでな。静かになるまで、離れる事にしたのだ」
「成程な。荊州はどうなっている?」
「曹操の思うがままに、統治している。劉表の統治が良いと思う者もいれば、曹操の統治を諸手をあげて喜んでいる者もいるといった所だ」
崔州平の話を聞いた徐福は荊州は完全に曹操の支配下に入っていないのだと分かった。
何かに使えるかもしれないと思ったが、今は友人と話している時だと思い、直ぐにその考えを頭の隅にやった。
「それで、お主は今日は何の用で来たのだ?」
「友よ。お主に訊きたい事があって来たのだ」
「わたしに? 何を聞きたいのだ?」
「お主は何時まで、劉備に仕えるつもりだ?」
「どういう意味だ?」
崔州平の言葉を聞いた徐福はどういう意味なのか分からなかった。
「忠臣は二君に仕えずと言うであろう。一度仕えた主君だ。最後まで仕えるのが忠義というものだろう」
徐福は当然の事とばかりに言うが、 崔州平は首を横に振った。
「天下は既に定まったも当然。最早曹操から天下を奪い取るなど無理と言えるであろう。劉備はそんな事が分からぬ愚か者ぞ。その様な者に最後まで仕える事は無い」
「何を言うっ。劉皇叔様は天下に二人と居ない英傑ぞ。如何に友人の其方でも我が主君を侮辱する事は許さんぞ!」
崔州平の言葉を聞き捨てならないとばかりに、徐福は声を荒げた。
激昂する徐福に崔州平は平静に述べた。
「では、何故未だに碌な勢力を築く事が出来んのだ?」
「それは、天運が無かったからだ」
「単に劉備にどの様に情勢を対処するべきか分かる知恵を持っていないだけであろう。お主と馬家の長子が補佐しても、丹陽郡を手に入れるだけだぞ。このままでは、何処かの州を手に入れる前に討たれるだけぞ」
崔州平の指摘に、徐福は言い返す事が出来なかった。
「所詮、天下など誰が手に入れようと世は変わらん。古より殷が周に代わり、周が滅びると戦国時代を経て秦となり、其処から漢となった。滅んでは生まれるを繰り返しているにすぎん。歴史がそう証明しているであろう。最早、天下は漢から曹操の物になると決まった。お主がしている事は、所詮焼け石に水のようなものだ」
「・・・・・・」
崔州平の言葉に、徐福は無言であった。
「悪い事はいわん。今すぐに劉備に従うのを止めよ。お主の才であれば、何処でもやっていける。それが嫌であれば、わたしと共に世俗から離れるのもどうだ?」
崔州平が誘いの言葉を掛けるが、徐福は首を横に振った。
「たとえ、わたしの行いが無駄になろうとも、節義を曲げる事はできん」
「・・・・・・そうか」
徐福が断るのを聞いて、崔州平は長い溜息を吐いた後、そう呟いた。
その後、崔州平は席を立ちその場を後にした。
徐福は城外まで出て、見送りにした。
この話で第十九章は終わりです。
次の第二十章は来週の日曜日か月曜日に投稿します。




