閑話 沈んだ気分を紛らわせる為に
丁薔達の説得により、曹操は二喬を鄴に連れていく事を諦めた。
諦めはしたが、納得する事は出来なかった。
酒でも飲んで気を紛らわせようと思い、最近侍女にした王瑛を呼び酌をさせていた。
「全く、あの二人はどうして、儂が手に入れようとしている女に口を出すのだ。人妻であろうと何だろうと構わんだろうが」
曹操は酒を飲みながら、不満を零していた。
王瑛は不満を聞きながら、無言で酌をしていた。
ある程度、酔いが回りだすと、口を開いた。
「丞相。酒を飲んでいるだけでは気が滅入ります。此処は詩でも読んで気分を変えてはどうでしょうか?」
「むぅ? ・・・・・・そうだな。此処の所、吟じておらんしな。誰ぞ、筆と硯を持て」
頬をほんのりと赤くした曹操であったが、酒を飲んでも気分が良くならないので、詩でも書いて気分を変える事にした。
少しすると、膳が横に置かれ書几と、硯と筆がおかれた。
どれだけ書くか分からないので、大量の竹簡が置かれ誤字した時用に小刀も置かれた。
竹簡を前にした曹操は息を吐いて、竹簡と筆を持ち暫し考えた。
「・・・・・・出来た」
そう呟くなり、曹操は筆を躍らせる。
一度筆を動かすと、さらさらと書かれていった。
やがて、書き終えると筆を置き息を吐いた。
「出来た。これは良作と言えるであろう」
書き終えた曹操は自信満々に竹簡を見た。
「丞相。御聞かせ下さい」
「うむ」
王瑛に促された曹操は竹簡を持って読み上げた。
酒に対しては 当に歌ふべし
人生 幾何ぞ
譬へば朝露の如し
去日 苦だ多し
慨して当に以て慷すべし
憂思 忘れ難し
何を以てか 憂を解かん
惟だ杜康有るのみ
青青たる子が衿
悠悠たる我が心
但だ君が為故に
沈吟して今に至る
呦呦と鹿は鳴き
野の苹を食ふ
我に嘉賓有らば
瑟を鼓し笙を吹く
明明たること月の如きも
何れの時か採る可けんや
憂ひは中より來たる
断絶すべからず
陌を越へ阡を度り
枉げて用って相存せば
契闊して談讌し
心に旧恩を念はむ
月明らかに星稀に
烏鵲南に飛ぶ
樹を繞ること三匝
何れの枝にか依るべき
山は高きを厭はず
海は深きを厭はず
周公は哺を吐きて
天下 心を帰す
曹操は己が書いた詩を高らかに吟じる。
それを聞いた王瑛は感嘆の息を零した。
「・・・・・・うむ。良く出来たな。久しぶりに良作だ。短歌行と銘づけよう」
曹操は満足そうに頷いていた。
そして、この詩の写しを書いて家臣全員に送った。
揚州に居た劉馥はこの詩を読むなり「戦の時に読まなくて良かったな。後ろ向きな所があるから、不吉であった」と呟いていた。




