苦渋の末に
曹操が烏林の陣地を後にし、江陵に到達している頃。
揚州豫章郡柴桑。
孫権は幽閉中という事で、残っている文官達が諸務を行っていた。
其処に赤壁の戦いの経緯を伝える為に、兵が駆け込んできた。
兵の報告を聞いた文官達は直ぐに孫権の下に訪ねた。
「なにっ、周瑜が敗れただと⁉」
「はっ。周将軍が金蝉脱穀の計を用いて、将兵を無事に離脱させました」
「では、周瑜はどうなったのか分かるか?」
「率いた船団は火に包まれたそうですので、恐らくは」
文官はそれ以上告げなかった。
だが、浮かべている顔からどうなっているのか予想できた。
「分かった。報告ご苦労であった。下がって休め」
文官が一礼しその場を離れると、部屋には孫権だけになった。
「周瑜・・・・・・お主まで逝くとは」
兄孫策亡き後、臣下の礼を取り規範を示した為、周りの者達もそれに従ってくれた。
お陰で、孫家は孫権の下で纏まる事が出来た。
兄の親友で義兄弟という事と、母から兄の様に仕える様に命じられ親しくしていた。
考え方の相違により幽閉される事にはなったが、それでも信頼できる家臣で親族と言えた。
その周瑜が死んだと思い、孫権は涙を隠さず号泣していた。
一頻り泣いた後、袖で涙を拭うと、その場を後にした。
周瑜が生死不明という事で、孫権が部屋を出ても誰も何も言わなかった。
孫権はその足で魯粛の下に訪れた。
魯粛は屋敷の門を閉じていたが、孫権が門を開ける様に声を掛けると、直ぐに門が開かれた。
門を開けたのは魯粛本人であった。
屋敷から一歩も出ない割に、身なりが整っていた。
「殿。突然どうされたのですかっ?」
「話したい事がある。中に入れてくれ」
「・・・分かりました。どうぞ」
孫権の真剣な顔を見るなり、ただ事ではないと分かった魯粛は直ぐに屋敷に通した。
屋敷に入り、部屋に通されると孫権は座席に座る事無く、赤壁の戦いがどうなったのか自らの口で語った。
「な、何と言う事だ。まさか、周瑜殿が敗れるとは・・・・・・」
孫権の話を聞くなり、魯粛はその場に膝をついた。
「水上戦が得意な周瑜殿が敗れ、生き残った将兵達を助ける為、金蝉脱穀の計を用いて自ら囮となるとは。将として立派な最期です・・・・・・」
魯粛も周瑜に対しては思う所はあるのだが、それでも長年苦楽を共にした戦友であった。
その死を悲しむ程の情はあった。
魯粛の目から涙が溢れ出したが、直ぐに袖で拭い気を引き締めた。
「殿自ら教えて頂きありがとうございます。生き残った将兵は柴桑に帰還しているそうですが、最早曹操に対して戦おうという気持ちを持っている者は居ないでしょう」
「では、降伏するしかないな」
「はい。臣従の礼を取るしかありません。その際に・・・・・・」
魯粛は言いよどみだすと、孫権は分かっているとばかりに頷いた。
「分かっている。大喬義姉上と小喬を送るのだな」
「はい。それしか、我らが生き残る方法はありません。後、家臣達が引き抜かれる事もあるでしょう」
「むぅ、それは仕方がない。お主はどうだ? 朝廷に仕えるように命じられた場合、朝廷に行くのか?」
「その様な気持ちは、周瑜殿が殿に仕えるように説得する際に捨てました。わたしは最後まで殿にお仕えいたします」
「済まぬ。魯粛」
魯粛の忠節に孫権はただ頭を下げて感謝の意を示した。
そして、孫権は魯粛を連れて諸務を行っている政庁に向い、諸務を行った。
その数日後。
周瑜が敗れたという報を聞いたのか、海昬に居た程普が一万の兵を連れて董襲達と合流した。
そして、柴桑に赴き孫権と久しぶりの対面を果たし、今後の方針を話し合った。
数刻に及ぶ話し合いにより、二喬を許昌に送り朝廷に臣従を示すという事が決まった。




