脳裏に何かが光った
華容道を通り抜けた曹操軍は江陵に到達した。
その地で長く休憩を取った後、襄陽を経由して許昌に帰還すると事が決まっているので、将兵達も鎧を脱ぎ思い思いに休んでいた。
そんな折、曹昂は曹操と話していた。
「兵の様子はどうだ?」
「鎧を脱いで身体を休める事が出来るので、息抜きが出来ている様です。江陵に着くまでの間に疫病に罹った者達も出ましたが、直ぐに最後尾の馬車に乗り込ませましたので、罹る者達は多くありませんでした」
「ふぅ、陸路で進んでも疫病に罹った者が出たか。これはやはり風土が違うからか?」
「そうでしょうね。我が軍の殆どが北方の者ばかりですから。環境が違う事で、身体を壊したのでしょうね」
「むぅ。これでは揚州に攻め込むのも容易ではないな。荊州で訓練させて風土に慣れさせるしかないか」
曹操がそう述べるのを聞いて、曹昂は気になったのか尋ねた。
「揚州に攻め込むつもりで?」
「分からん。あるかも知れんしないかもしれん。あらゆる状況に対応するのが大将という者だ」
「卓見にございます。父上」
曹昂が感服していると、曹操は上機嫌な様子を見せていた。
「襄陽を経由して許昌に帰るが。孫権が息を吹き返して攻め込んで来るかもしれんからな。襄陽に曹仁を置くつもりだ」
「孫権と劉備が攻め込んで来る事はないかも知れませんが、襄陽に曹仁殿を置くのは賛成です」
襄陽に曹仁を置くと聞いて、曹昂はある事を思い出して尋ねた。
「荊州の南四郡はどうされているのです?」
曹昂が言う南四郡とは、桂陽郡、零陵郡、武陵郡、長沙郡の四つの事であった。
荊州が降伏した際、それらの四つの郡も降伏した。
その際に、曹操は郡の太守達は解任したりそのまま留任したりしていた。
「桂陽郡と零陵郡は元々の太守を留任させていたが、武陵郡と長沙郡の二つには別の者を赴任させた」
「桂陽郡は趙範。零陵郡は劉度でしたね。武陵郡と長沙郡には誰を赴任させたのですか?」
「武陵郡には中郎将の金旋に、長沙郡は韓浩の親戚の韓玄に任せた」
「金旋は確か金日磾の末裔でしたね。韓玄は韓浩の親戚なのですね」
てっきり、兄弟だと思っていたので親戚と聞いて、其処は知識と違うのだなと思う曹昂に、曹操は話した。
「韓玄の方は韓浩が推薦したから選んだのだ。これだけいれば十分であろう」
「だと思います」
この状況で、孫権や劉備に寝返るという事はしないだろうと思い曹昂は頷いた。
「ああ、曹仁は襄陽に置くが。お前はどうする? 儂らと共に許昌に帰り、その足で陳留に帰るか?」
「そうですね。わた」
わたしも共に行きますと言おうとした瞬間、曹昂の脳裏に何かが光った。
直感が、曹操と共に許昌に帰るのは止めた方が良いと言っていた。
「・・・・・・わたしは暫し襄陽に留まり、情勢が落ち着けば陳留に帰ります」
「そうか。では、好きにせよ」
曹昂がそう述べるのを聞いて、曹操は頷いた。
話す事を終えた曹昂はその場を後にすると、先ほどのあれは何だったのだろうと首を傾げていた。




